27 ここがダンジョンの最前線です!
ついに訪れた第五階層は、雰囲気そのものが違っていた。
緊張した顔の冒険者が、階段を降りてすぐの小部屋で警備に当たっていたぐらいだ。
階層そのものに血生臭い匂いが漂ってる。
その小部屋で丸まる様に休息をとっていた冒険者たちも、僕たちが姿を現した途端に警戒の表情で武器に手を伸ばしたぐらいだからね。
「お、何だギルマスか。脅かさないで下さいよ……」
全身甲冑姿の銀髪青年が、引き寄せた剣をふたたび壁に立てかけながらそんな事を言う。
立ち上がるのも億劫という様に「大丈夫だ」と寝ぼけた仲間たちに声をかけながら、彼はこちらに視線を向けたのだ。
疲労の影がその顔に色濃く出ているね。
「悪いわね、ちょっとした前線視察ってところよ。調子はどう?」
「あと何日でしたっけ、ダンジョンに籠りきりだと時間の感覚もなくなって……」
「そうね三日ってところかしら。行けそうなら、ルート保守パーティー以外の全戦力を第五階層に集めて、ボス部屋まで突破したいところなのだけれども」
インギンさんが銀髪青年を覗き込む様にしゃがむと、青年はバツの悪い顔をした。
「三日か、正直厳しいな。さっきもメインルート周辺のヤバそうな部屋を掃除しようと思ったら、定期的におかしなモンスターが湧き出て来る細工の部屋に当たっちゃって。解読する人間もうちのパーティーにはいないし、いても解読している最中にモンスターが湧いてくるからどうにもならない」
お手上げですと両手を広げて銀髪青年は力ない笑いを口にした。
すると死体の様に丸まっていたパーティーメンバーたちが、次々に口だけで陳情をはじめる。
「第五階層はホントに迷路みたいになってて、手が付けられないのよね」
「ヒーラーが俺しかいないんで、回復が追い付かないんだよ。援軍の募集かけてるんだろ? そろそろ第五階層の他の面子も交代させないと、どこかで下手うって大怪我するか最悪死人が出る」
「そも、第四階層はまだルートが安定してないんですかね……」
はじめに不満を口にしたのは女戦士さんだ。
それからベテランっぽい中年男性が、地面にうずくまった状態で顔だけこちらに向けてヒーラー不足を訴えた。
最後に魔法使いっぽい痩せたお兄さんが震えながら訴えた。
「お嬢ちゃんは回復職だったわよね、ちょっとみんなに聖なる癒しをかけてあげてちょうだい?」
「ヒンッ、わかったのです」
肩を叩かれたティクンちゃんは、ビクビクしながらも動かない最前線パーティーに近寄った。
さっそく魔導書を脇で挟みながら、手元をキラリと発光させて回復だ。
「応援パーティーか、ありがたい。女戦士と勇者を先に回復してやってくれ、それから魔法使いだ。俺の事は最後でいい」
「コクコク」
ティクンちゃんがベテランの中年回復職さんに指示を受けつつ回復をしている間、僕たちは総出で横たわったみんなを抱き起したりする。
代わりにヒゲ面おじさんが部屋の前に出て警戒にあたりながら、インギンさんと銀髪青年が会話を続けた。
「喜びなさい、各部屋の仕掛け解除ができる坊やを連れて来たわよ。彼なら戦闘中に隙を付いてギミックを解除する事も可能だから、これからますます攻略が捗るわねえっ!」
「戦闘しながら解読するなんて滅茶苦茶な、死人が出たらどうするんですか。死んだら死んじゃうんですよ……」
「大丈夫、死にそうになったら回復すればまだいけるわ。疲労がポンと飛ぶポーションも用意させるからね。正念場よ、この三日でどれだけボス部屋に近づけるか」
「地獄に向かって行進するつもりですか……」
絶句した銀髪青年に妖艶な微笑を浮かべたインギンさんは、こう言葉を紡いだのだ。
「あなたも勇者なら最高の栄誉を手に入れたいと思わない? ダンジョンの初踏破を成し遂げて、ブンボンの若い街娘たちの熱い視線を一身に浴びるの。領主からも褒賞が出され、あなたは真の勇者となるのよ!!」
「……俺が、真の勇者。街娘の熱い視線を一身に。やりましょうギルマス、真の勇者に俺はなる!」
ムクリ、起きました。
ティクンちゃんの聖なる癒しでみるみる血色の良くなった銀髪青年は、立ち上がると拳をグっと握ってキラキラの視線をインギンさんに向けるのだった。
「あのひと勇者って呼ばれていたけど、勇者って何なのシャブリナさん」
僕がシャブリナさんにそんな質問をすると、
「銀髪の男が勇者だな」
「それは見ればわかるけど……」
「ご存じなかったんですの? 勇者とはダンジョン攻略の現場を率いるメインパーティーのリーダーに与えられる称号ですわ。攻略に成功すれば英雄として称えられるのですわ」
キラキラとした視線でドイヒーさんが熱く語ってくれた。
へえ、じゃあこの第一線で戦っていたメンバーが、冒険者ギルド《ビーストエンド》の勇者パーティーって事になるのか。
「これで算段ができたわね」
「本当にボス攻略諦めないんですか、インギンオブレイさん?」
「当然よ。最後にはアジトで待機している支援パーティーの連中も全員ボス部屋にかき集めて、絶対突破を狙うわよ。あたしは晴れてこのダンジョンを初踏破したギルドのマスターになるのよ!!」
パンチョさんの危惧をよそに、インギンさんの決意は硬い。
「顔はなかなかの男前だが、幼さが足りないな。三〇点だ」
「そうでわね。イケメンですけれども、もう少しキザっぽい仕草があった方がわたくし好みかも」
「そのう、鼻毛が出ていたのでちょっと減点かもです……」
もしもシャブリナさんがダンジョン攻略のメインパーティーを率いるなら、勇者騎士パーティーだな。
それがドイヒーさんなら勇者パン屋の看板娘パーティーか。
ふたりとも強いから女勇者の看板がとても様になっている気がするな。
ティクンちゃんならモジモジ勇者パーティーになるのかな?
班のみんなを見てそんな馬鹿な連想をしたところで、銀髪青年の勇者さんが激怒した。
「こっちはダンジョンに籠りっきりで、鼻毛の処理まで余裕がないんだよ!」
「ひっ、ごめんなさいッ」
ティクンちゃんの余計な一言で銀髪青年が激高した。
きっと回復魔法をかけるために近づいたとき、鼻毛が気になったんだよね。
ビクンビクンと背中を引きつらせた彼女は、僕の背中に逃げ込んで謝罪しながらたぶんジョビジョバした。
しょうがないよね。
「せっかくの勇者も鼻毛が出ていては台無しだ。やっぱりわたしのセイジが世界一だな。アッハッハ!」
「うるさいよっ」