19 おちんぎんが欲しいの!
監視台から降りてきたミノタウロス教官は、右手に砂時計を持っていた。
パネルダンジョンは、訓練のたびに毎回ルートを組み替える。
そうして砂時計の砂が落ちきるまでの時間制限内に、どれだけのモンスターと小部屋に配置されたお宝を集めてくるかを各班で競うのだ。
「お前たちの班は、モンスター三匹討伐とお宝ふたつ獲得だな。宝箱の回収にかかった時間は短かったが、戦闘時間が相変わらず長い。もっと効率的に戦闘を行わないとこれ以上の短縮は難しいかもしれんなあ」
手に持ったボードに結果を書き込んでいく教官は、フンスと鼻を鳴らして気難しい顔をした。
「正面を担当しているのはシャブリナ訓練生だったな」
「わたしだ。今回は慎重にパーティーで進む様に心がけたので、時間がかかってしまったかもしれない……」
「先々に注意を払いながら進むのは間違いではない。モンスターのヘイト管理も上手くこなしていたと思うぞ」
それはよかったとシャブリナさんは手放しに喜んだ。
次にドイヒーさんに視線を送った教官は、こんな事を言う。
「今回は魔力切れを起こさずに攻撃参加ができた様だな」
「おーっほっほっほ! このアーナフランソワーズドイヒーさまにかかれば、何度も同じ失敗は繰り返しませんのよっ」
「ドイヒー訓練生は魔力の総数を増やす事ができれば、攻撃の参加機会も増えるだろう。鍛える様に」
きいいいっとドイヒーさんは悔しそうな顔をした。
今度は僕の番である。
何を言われるかわからないので覚悟を決めると、
「坊主もよく頑張ったな、勇気を出したのは一歩前進だ!」
「は、はい。え?」
他にアドバイスはないんですか?!
非力な荷物持ちには期待されていないのか、あっさりと終わってしまい僕は拍子抜けした。
次に野牛の教官が視線を向けたのは、モジモジ少女のティクンちゃんだ。
「ええと、ティクン訓練生だったな。そんなに怖がらなくてもいいぞ」
「ひゃ、ふぁい!」
「きみは戦闘中、毎回手持無沙汰にしている様だが、」
「……コクコク」
「戦闘時間の短縮を狙う場合は、きみも攻撃参加をした方がいいだろう。ただし剣を持って戦うのはあまりお勧めしない」
「……?」
「ティクン訓練生や坊主みたいに非力だと、短剣を使っての攻撃はイマイチだからな。相手に合わせて武器を変える工夫も必要だ」
僕の小さくて短くて奥まで届かない攻撃は非力で、テクニックもイマイチと言われてしまった。
とても悲しい気分になった僕はシュンとした。
「その点、鈍器はいいぞ。鈍器は遠心力で振り回せば、非力な女子供でも効果的に相手へ致命傷を与えられる。まだ体の小さいティクン訓練生にはピッタリだ」
「どんき……」
「たくましくて硬い鎧を着たモンスター相手にも、使い方によっては蓄積ダメージを与える事ができる。素人が剣を振り回すのは難しいが、鈍器で足の小指を叩き潰せば、モンスターだって痛いにきまってるだろう?」
教官本人はニッコリ笑ったつもりなのだろうけど、ミノタウロスが口元を広げると恐ろしいものがあった。
たまらずティクンちゃんはビクンと背筋を戦慄させて、咄嗟に僕にしがみついた。
ティクンちゃんに怖がられて悲しくなったのだろう。
教官はあわてて話をまとめにかかった。
「そ、そういう事だから、戦闘時間の短縮を図るのがお前たちの班の課題だ。そのためには攻撃の手段とチャンスを増やす事が大切だ。鈍器はいいぞ、わかったな?!」
「「「わかりました!」」」
鈍器はいいぞ、か。
確かに僕は非力だから、遠心力で振り回せる武器は魅力的かも知れない。
「そのう、鈍器はどこに行けば手に入りますか……?」
おずおずとそんな質問をティクンちゃんがしたところ。
大きな胸を抱きしめる様に腕組みしたシャブリナさんが反応した。
「武器屋に行けば色々なモノがあるだろうな。確か訓練学校の購買部にも、安物ならあったかも知れない」
「こうばいぶ……」
「騎士団でも厚い装甲に守られた敵の騎士を倒すときに、鈍器を使う事がある。馬上から使うものやら、取り回しのいい片手のモノもある。モジモジの体格に合わせるなら、片手のモノがいいだろう」
「フンフン」
戦闘のプロらしく解説を加えながらそんな提案をすると、ティクンちゃんは大きくうなずいてみせた。
「わたしもセイジくんを守ってあげたいから……」
「え、僕を守るの?! むしろ僕が大人の男としてみんなを守ってあげたいぐらいなのに」
「何を言っておりますのセイジさんは。セイジさんは荷物持ちなのだから、大人であるわたくしたちお姉さんが、むしろ守ってさしあげる方なのですわよっ」
「コクコク。セイジくん、年下だから」
ドイヒーさんに続いて、ティクンちゃんにまで年下扱いされた?!
確かにモジモジ少女はお股が大人顔負けのモジャモジャだけど……
「でもほら、荷物持ちだって攻撃参加した方が戦闘時間の短縮になるんでしょ?! ウチはタダでさえ班のメンバーが少ないから、僕も鈍器を買おうかな?」
「教官どののアドバイスもあるし、一度鈍器を見に武器屋にでも足を運んでみるか?」
そんな次第で僕たちは街の冒険者御用達という武器屋さんに向かった。
武器屋さんといっても様々なお店があるらしい。
通りがかりに覗いたお店なら、槍や槍の先に斧の付いたハルバートみたいな長柄の武器ばかりを揃えた専門店だった。
その隣は弓矢をいろいろ取り揃えていて、隣は何でも手に入る総合店といった具合だ。
僕たちがやって来たのはそのうちの鈍器専門店で《鈍器豊亭》という名前だった。
「……すごい、鈍器がいっぱいです」
「こっちは鉄球みたいなのにイボイボがついていますわよセイジさん。あら肩叩きに丁度いいですわ」
「セイジこいつを見てくれ、どう思う? んんッ?!」
「すごく大きいね……」
僕とティクンちゃんは顔を見合わせて、鈍器で明るい未来を脳裏に描いた。
体格や筋力の事を考えると、僕は刃渡りの短い剣を使うのがやっとだ。
けれども、切れ味の悪い短剣よりも役に立つのなら、目の前に陳列されている鈍器たちはとても魅力的に感じた。
問題は、僕はホームレスの保護施設でお世話になっていた様な人間だという事。
おちんぎんをもらわないうちから高価な買い物をするのは難しかった。
「早くおちんぎん欲しいなあ」
「おちんぎん、欲しいです……」
「わたしが貴様たちに金を貸してやってもいいが、条件がある。どうだわたしとけけケッコ――」
陳列棚からメイスをひとつ取り出して手に握っていると、シャブリナさんが顔を真っ赤にして何かを言いかけた。
だけどそれは最後まで言わせちゃいけない。
「それじゃ僕はいつまでたっても自立できないからいいよ」
「コクコク」
「おちんぎんもらうまで我慢するからさ」
「そのう、おちんぎん我慢します」
もうすぐ実際のダンジョンに入っておちんぎんの発生する訓練をする事になる。
そうすれば直ぐにも自分のおちんぎんで、この鈍器が手に入るんだ。
「し、しかしだなセイジ。訓練は毎日あるものだし、慣れるのは早い方がいいだろう?」
「そうだけど、先立つものがないからなあ」
「フンフン」
「おちんぎんがあれば解決するのに、おちんぎんが無い。嗚呼、わたしは嘆かわしいぞ何たることだっ!」
シャブリナさんは大袈裟すぎるよ。
おちんぎんをちょっとだけ辛抱すればいいのにね。
僕とティクンちゃんは顔を見合わせて苦笑した。
すると金髪縦ロールを揺らしながら、ポンと手を叩いたドイヒーさんがこんな提案をしたのである。
「……でしたら、アルバイトでおちんぎんを稼げばいいのですわ!」




