16 放課後は夕飯の買い出しです! ※
「今夜はセイジが好きなものを何でも作ってやるから言ってみろ。ん?」
冒険者と言えば野外生活、野外生活と言えば自炊だ。
ダンジョン攻略のパーティーが編成されると、長い遠征の旅になる。
冒険者たちはアタック中のダンジョン内外で自炊生活をするのだ。
だから冒険者訓練学校でも夜の食事は、自分たち新米訓練生が用意しなくちゃいけない。
「この前食べた野兎のシチューはとっても美味しかったけど、また体の暖まるものが食べたいな」
「そうか、セイジは体が暖まるものが食べたいのだな。わかった任せておけ、わたしが稼いだおちんぎんをフンパツして、いいものを作ってやろう!」
「いいよそんなの、訓練学校で支給される食材で作ってくれればっ」
夜は食堂が閉鎖される代わりに、それとは別の場所にある寄宿舎の台所が自由に使える。
冒険者訓練学校では様々な食材を支給してくれるけれど、それで足りない材料があった場合はブンボンの街に出て各自で購入する事になる。
だから僕たちも夕方を告げる教会堂の鐘がなると。
自分たちの夕飯に足りない食材を求めてブンボンの繁華街へとやって来たんだ。
「お惣菜を買って帰れば楽に済ませられるんだけど、そういうわけにはいかないの?」
「何を馬鹿な事を言っているんだ貴様は。食事のバランスは大事だぞ、煮豆や油で揚げた肉の塊ばかりを食べていては体に悪いからな。野菜に魚、肉と穀類をバランス良く摂取するのが健康のためだ!」
「そうだけどさ。訓練でヘトヘトだからたまには楽をしたいじゃない?」
シャブリナさんたちと雑談しながら賑やかな夕方の繁華を歩くのは楽しかった。
地元のパン屋の看板娘だったドイヒーさんを先頭に、僕たちは野菜や果物を並べた市場の通りを歩く。
まるでお貴族さまの令嬢みたいに歩くドイヒーさんを見ると、みんな怪訝な顔をしてそれを避ける。
だから僕とシャブリナさんはその後に続けば、ゆっくりと食材を物色する事ができるんだ。
「……あのう。セイジくんはお肉が好きなんですか?」
足を止めて、店先の軒につられたお肉を見ていると。
僕の後ろに隠れる様にしてついてきたティクンちゃんが質問した。
隠れた前髪の隙間から上目遣いを向けてくるのが、とてもかわいいね。
「うん好きだよ。むかしの記憶は曖昧だけれど、何か特別な日には牛のお肉を焼いてみんなで食べた気がするよ」
「そのう、わたしも好きです」
「へえ、意外だなあ。それから他に好きなものと言えば、お魚とお米で作った団子みたいな料理も、何か特別な日に食べていた気がするよ」
それこそ記憶があいまいなので、どういった調理方法をしていたのか覚えていない。
確か生魚とライスボールで作るんだけど、生の料理を口にする習慣なんて世の中にはないから、きっと何かの勘違いだと思う。
「ふむ。セイジは魚と肉が好きなんだな、覚えておこう。将来ふたりで幸せな家庭を築いたとき役に立つ事間違いなしだ!」
「シャブリナさん何か言った?」
「にゃにゃ、にゃんでもにゃいじょ!」
不思議な顔をしたシャブリナさんが全力否定をしたので、僕とティクンちゃんはたまらず顔を見合わせて苦笑した。
「しょ、しょうだ」
「「?」」
「せっかくだからセイジの食べたいという魚のライスボールを作ってやるからな!」
よし任せろ! と鼻息を荒くしたシャブリナさんだ。
肉屋でスープに使うベーコンを購入すると、隣の並びにある魚屋さんの方にやって来て物色しはじめた。
どうやら僕の記憶の断片から、むかしよく食べた魚のライスボールを再現してくれるらしい。
「僕、食べたことはあっても作ったことはないんだけど大丈夫?」
「任せておけ、ライスボールで包んで揚げるならやはり白身の方が美味いだろう。おばちゃんその魚を一尾くれ!」
「あいよう、マスを一尾だね。ビネガーでしめてあるから料理の時は気を付けてね」
「後はライスを買いに行こう、向こうの野菜を売っている通りだ!」
僕の手を引っ張って野菜売場に連れていかれる。
あわててティクンちゃんが追いかけてくるけれど、すごい人混みなので迷子にならないか心配だった。
よかった。どうやら付いてきてくれたみたいだ。
野菜の盛られたザルのひとつをさして、シャブリナさんがこれこれの数をくれと店主と交渉している。
何だか僕の食べた記憶の中のライスボールと、シャブリナさんが作ろうとしているものに齟齬がある様な気がする。
必要分のライスを選んだ後、いくつかのハーブと玉ねぎを購入したところで夕飯の買い出しは終了した。
「よし、残りの材料は訓練学校の支給品で賄えるからな」
「あのう、それならわたしがサラダとスープを作る事にします……」
「じゃあ僕は何をすればいい?」
「セイジは黙って夕飯が出来るのを待っているといいぞ」
「コクコク」
僕だって野菜の皮剥きぐらいはできるんだけど……
何故か邪魔者扱いをされたみたいで釈然としない気分だ。すると、
「何を言うか。そのぐらいの事が手際よく出来なくては大人の女とは言えない」
「コクコク」
「お嫁さんになれば、旦那のおちんぎんで生きていくお嫁さんは、料理を作る毎日だ。わ、わたしは将来お嫁さんになるのが夢だからな! 料理など造作もない事だぞっ」
大きな声で弁舌をぶったシャブリナさんが、その後にチラチラと僕たちの方を見てくる。
見てくる。見てくる。とても見てくる。
「…………ひッ」
「?」
「わ、わたしはモジモジのジョビジョバなんかには負けないぞ!」
ジロジロ見てくるシャブリナさんの事が怖くなったのだろうか。
ティクンちゃんが僕の背中に隠れた。
シャブリナさんは背が高いんだから、身を乗り出して睨みつけたりなんかしたら誰でもびっくりしてしまうよ。
ところでいつの間にか姿を消していたドイヒーさんだけど。
彼女は人混みの中をかき分けながら、とても大きな麻袋をふたつ担いで僕たちのところに戻って来た。
高貴な身の上に見える様な服装なのに、ゼエゼエやりながら麻袋を持っている姿がミスマッチだ。
「ど、どうしたのドイヒーさん!」
「酷いですわよみなさん?! わたくしだけにこんな重たいモノを持たせるだなんてっ」
「中身は何が入っているのだドイヒー」
「こっ小麦ですのよ。サラサラと混じりっ気の無い、純度一〇〇パーセントの白い粉ですわ!」
重そうな麻袋のひとつをヒョイと受け取ったシャブリナさんは、さすが騎士団所属だ。
息ひとつ乱さず、顔も平気な表情だ。
じゃなくて、荷物持ちジョブの僕が感心している場合ではないので残りのひとつを受け取ったけれど、
「重っ。これすごく重いよ」
僕は潰れそうになりながら、担ぎ直す。
ドイヒーさんですら何とかふたつ持っていたのに、僕はいったいどれだけ貧弱なんだという話だ。
手助けしてくれそうだったティクンちゃんには、大丈夫だと言い張っておいた。
「だから助けが必要だったのですわ! 実家から持ってきたのですが、これでみなさんに毎晩美味しいパンを食べていただくことが出来ますわよ? おーっほっほっほ!」
「どれペロリ。ふむ、確かにサラサラで混じりっ気なしだ。きっとお貴族さまの食べている様な幸せになれる小麦粉だ」
「ふかふかのふわふわですわ。きっと天にも昇れる幸せの気持ちになれますわよ」
肩に担ぎ直すためにシャブリナさんが身を揺すると、一緒に豊かなふかふかお胸が激しく揺れた。
隣で自慢気にお話をしているドイヒーさんも、まるで対抗する様に柔らかそうなお胸を天に突き上げる。
「これで今夜の夕飯は完璧だな。アッハッハ、アッハッハッハ!」
「そうですわね。天にも昇るパンを食べて昇天するがよろしいですわ。おーっほっほっほっほ!」
夕飯が楽しみだねとティクンちゃんに声をかけると、彼女はモジモジしながらこう言った。
「ひっ、ふぁい。そうですねっ」
「あれ、どうしたのティクンちゃん。何だか体が震えているけれど……」
「ビクンっ、セイジくん触らないで! 触ったら漏れちゃう。あっ……」
たぶん今ちょっとジョビジョバしたと思う。
ティクンちゃんアウトー!




