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15 教官 vs 訓練生です!

「訓練生のお前から先制攻撃を許可する。遠慮せず、どこからでもかかってこい!」

「フン、それでは教官どののお言葉に甘えて、イかせてもらうッ」


 シャブリナさんは女の子としてはかなりの長身だ。

 だいたい男性の平均身長とほとんど変わらないし、僕から比べると頭ひとつ高い事は間違いない。

 そこから繰り出される撃剣は、騎士見習いだけはあって男顔負けのパワフルなものだった。


「ぐお、やるじゃないか!」

「まだまだ序の口だッ」


 力強く振りかぶったシャブリナさんの一撃は、ゴリラ教官の剣がギリギリのところで受け流す。

 もし普通に弾き上げようとしたら、圧し斬られたんじゃないかってぐらいだ。

 そのままシャブリナさんは間合いを詰めながら剣を右に左にと打ち込んで、ゴリラ教官の余裕を奪っていく。

 防戦一方の教官の顔に焦りは見えなかったけれど、しごく真面目な顔で対処しているみたいだった。


「ぬうん! 死ね、死ねっ」

「こちらからも行くぞ。おら、おらおら!」

「うわっ、このっ」


 今度はスルリと体位を入れ替えて、ゴリラ教官が反撃に転じた。

 密着した状態での撃剣は、まずシャブリナさんの盾で押し上げられた様だ。


 けれど、そこで簡単に終わらないのが教官だ。

 体術というのだろうか。

 蹴りを使った攻撃でシャブリナさんを驚かせ、その隙に二の手、三の手を繰り出していく。

 驚きはしたものの、シャブリナさんは足技も見事に盾やバックステップで回避した。

 そこに間合いができて、教官が疾駆しするのだ。


「わたしはこんなおちんぎんでは屈しないっ!」

「意味がわからねえぞッ」


 はじめシャブリナさんの正面から大きく斬り込む様に接近した。

 ところが直前になってゴリラ教官は「ウホっ」とほくそ笑んで足が大地を叩き蹴る。

 次の瞬間には側面に回り込んですり抜けざまの一撃を見舞ったのだ。


「むっ、フェイントか?!」


 驚いた顔をしたシャブリナさんは、ほんのわずかだけ身を引いて剣をギリギリのところで避ける。

 彼女は盾を前面に押し立てて受け身をとろうとしたので、その一瞬だけ視界が遮断されたんだね。

 シャブリナさんの運動着の袖が斬り飛ばされる。

 その表情が一層険しいものになった。


 そしてガシャンとお互いに剣を叩きつける様に鍔迫り合いとなる。


「シャブリナさん、思ったより苦戦してる?!」

「今の状況じゃわかりませんわね」

「最初は優勢だったと思ったんだけど、ちょっと不安になって来たよ」

「思ったよりと言うより、やはり経験の差で翻弄され続けているように感じますわ。まだ教官どのが本気を出しているとは思えませんもの……」


 手に汗握るとはこの事だろう。

 僕たちはしきりに「頑張れ、頑張れ!」と鍔迫り合いをするシャブリナさんに応援の言葉をかける。

 けれどもその言葉は、きっと届いてないだろう。


 シャブリナさんは必死の形相で、盾で支えた剣を押し上げる。

 その時にはゴリラ教官の拳がシャブリナさんの顔面にぶち当たろうとしていた。


 危ない!

 そう思った時にはギリギリで彼女が首を捻ってそれを回避する。

 ギリギリじゃなかった。

 パンチが頬を掠めたみたいだ!


「ひゃう……あのう、回復魔法をかけたら駄目でしょうか?」

「それじゃ反則になってしまいますわよっ」


 そのまま体をぶつける様に密着して、シャブリナさんが足払いをかけたのが見えた。

 シャブリナさんはシャブリナさんで体術の訓練をブンボン騎士団で受けていたらしいね。

 

 けれども足をかけられ倒れかけていたゴリラ教官も、上手い具合にシャブリナさんの腕を握って一緒に倒れ込もうとする。

 そのままふたりは掴みあって、ゴロゴロと練兵場のグラウンドを転がりまわった。


「おい、どうなるんだこれっ」

「武器はどっちも手放していないぞ。まだやる気だッ」

「止めなくていいのか? どっちも本気になってるぞこれは……」


 車座になったみんなのどよめきや息を呑む声が入り混じって、その場はますます緊張する。

 僕たちも身を乗り出しながら事の成り行きを見守る。

 最後には盾を放りだしたシャブリナさんがマウントポジションを取って、逆手に構えた剣を振り下ろさんと持ち上げたところだった。


「くらえおちんぎんパワー!」


 ところが、


「うぐっ。ま、まいった……」


 その言葉を口にしたのは意外にもシャブリナさんだ。

 見ればゴリラ教官の手のひらがシャブリナさんの鳩尾あたりに充てられていて、シャブリナさんはその体を激しく痙攣させていたんだ。

 言葉の次の瞬間にはそのままシャブリナさんの体を吹き飛ばしてしまう。

 僕たちには一瞬何が起きたのかわからなかったけれど、これで勝負は決まったらしい。


「シャブリナさん!」

「魔法ですわ。教官どのは魔法をお使いになられたのですわね?!」


 倒れたシャブリナさんがピクリとも動かないのを見て、僕たちはいてもたってもいられずに彼女の側に駆け出した。


「ティクンさん、今こそ回復魔法の出番ですわよ。早くっ!」

「ひゃい、まってくだしゃ……くださいッ」

「シャブリナさんしっかり。シャブリナさん……」


 たまらず僕はシャブリナさんの手を握った。

 その手は長身の彼女の見た目に反してとても細く、剣術の稽古でできたまめがいくつも潰れた痕があった。

 ギュっと握りしめると、心なしか握り返された様な気がする。


「僕はいつでもシャブリナさんの側にいるよっ……」


 聖なる癒しの魔法をシャブリナさんにかけるため、ティクンちゃんはわたわたしながら両手をかざして手元を輝かせた。

 ヒールの魔法を実際に使っているところを直視したのは僕もはじめてだった。

 効果が視覚的に見えるのはわかりやすいよ。

 苦痛に歪んだ様な顔をしていたシャブリナさんが、何度かビクンビクンと体を痙攣させたかと思うと、その表情は少しだけ柔らかなものになった。


 僕たちもそれを見てようやく安堵の表情を互いに見せる。

 すると大きく荒い息をしていたゴリラ教官がムクリと起き上がって、片膝を付く。


「ティクン訓練生、そっちが終わったら俺にも回復魔法をかけてくれないか……」


 ボロボロのゴリラ教官が、息を整えながらそう言った。

 教官もくんずほぐれつの死闘を演じて、体のあちこちに打ち身や擦り傷みたいなものもあった。

 よく見ればシャブリナさんの刃引きの長剣が、教官の生身の体を掠めていたのもわかる。

 薄っすら皮が切れていた場所もあって痛々しい。

 シャブリナさん、あとちょっとだったんだ……


「教官どのは最後の瞬間に、咄嗟の魔法を使った様に見えたのですけれども。あれは何だったのですの?」

「で、電撃の魔法だ。俺はほとんど魔法を使うことができないが、雷属性の魔法だけは少しだけ適性があったのだ」

「それでシャブリナさんがビクンビクンと体を痙攣させていたのですわね……」


 シャブリナさんほどではないけれど、母性的なお胸を抱き寄せながら腕組みをしてみせたドイヒーさん。

 彼女は戦闘の最後の展開を振り返りながら考察していたらしい。

 

「……まさか訓練生にここまで追いつめられるとはな」

「そ、それほどまでに教官どのは追い詰められましたの?」

「恥ずかしながらそうだアーナフランソワーズドイヒー訓練生」

「まあ、互角に戦っている様に見えたのは本当でしたのねっ」

「冒険者という生き物はだいたい手の内の切り札を、いざという時のために隠し持っているモノなのだ。それを訓練生相手に使う羽目になったのは……」


 教官としては実はギリギリの戦いでちょっと悔しかったのかも知れないね。

 でもよかった。

 シャブリナさんの顔を改めてみると、まるで天使の様に穏やかな表情をしている。


「そのう。セイジくん……」

「ど、どうしたのティクンちゃん?」

「シャブリナさんの様子がおかしいです。ちゃんと回復魔法で体力の上限値までヒールしたんですっ、それなのに……」


 あわあわしたティクンちゃんが、シャブリナさんの体に触れながらそんな報告をした。

 聖なる癒しの魔法は、体に触れているとより効果があるみたいだ。

 何度も体を触りながら「えいっえいっ」ってやってるのに、反応がない。


「どういう事かなこれは……」

「わかりませんわ。脈は問題なく落ち着いているのですわよね?」

「ふぁい、問題ないですぅ」


 僕は強くシャブリナさんの手を握りしめた。

 周りの訓練生たちもがやがやと集まって来て、目を覚まさないシャブリナさんを心配してくれた。

 握ると、心なしか握り返してくれる。

 両手を添えると、よりシャブリナさんの反応があったような気がした。


「脈がちょっと、乱れてますぅ」

「しゃ、シャブリナさんしっかり!」

「むふぅむふぅ……」


 確かにちょっと息が荒い。

 ギュっと握るとフンスと鼻から息が抜けるのだ。

 するとドイヒーさんが眉間にしわを寄せながらシャブリナさんの顔に近づいた。


「……」

「……おかしいですわね」

「…………」

「シャブリナさん、もしかしてすでに眼を覚ましているのでは?」

「……お、おはよう諸君ッ」


 どうやらシャブリナさんは寝たふりをしていたみたいだ。

 心配して損しちゃったよっ。


「……どうやら気を失っていた様だ」

「しらじらしいですわっ!」

「わ、わたしはただ、セイジがおててでギュっと握ってくれる事に幸せを感じるんだ。だから、だから」

「もう回復しているのなら起きなさい! いつまで死んだふりをしていたら気が済むんですのっ。わたくしたちは本気で心配しておりましたのよ?」

「貴様の心配などいらん。だがセイジが心の底から心配してくれていたのはわかるぞ」


 顔が怖いよシャブリナさん。

 あと鼻息を吹き付けないで……


 でもよかった、怪我もなく無事だったみたいで。

 僕とティクンちゃんは顔を見合わせて苦笑しながらも喜んだ。

 シャブリナさんはゴリラ教官との戦いには負けてしまったけれど、訓練生として健闘したからね。

 たぶんあの咄嗟の電撃魔法がなければ、きっとシャブリナさんが勝利していたと確信している。


「だが冒険者が負けた時は次が無いという事をわたしは自覚した」

「うん、そうだね」

「教官どのが言う通り、心に武器を持つという事を理解したぞセイジ。教官どのは最後まで諦めを捨てずに心に武器を持ち続けたからな」

「わたくしたちも、あの瞬間までシャブリナさんの勝利を確信していました」


 体を起こしながら振り返って、シャブリナさんがそんな戦いの感想を口にした。


「確かにダンジョン攻略に失敗すればおちんぎんは手に入らない。生き残ってこそ次のおちんぎんを手に入れられるのだ。わたしは真のおちんぎんパワーを手に入れたぞ!」


 そう、騎士見習いシャブリナは生まれ変わったのだ!

 馬鹿みたいにそんな事を言うシャブリナさんはすっかり元気みたいだ。

 みんなも心配してシャブリナさんの周りに集まっていたけど解散だ。


 ところでボロボロのゴリラ教官の事を忘れていたけど――


「てぃ、ティクン訓練生。俺の体力も回復してくれないかな……?」

「ひいっ触らないでッ。触ったら漏れますぅ」


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