13 訓練学校の座学です!
「学者たちの最新の研究によれば、ダンジョンとはひとつの大きな生き物であるという考察がなされている。最深部に存在するダンジョンの核を破壊した場合、迷宮活動を停止してしまうからな」
訓練学校でのカリキュラムは午前中が座学に充てられている。
二九人の訓練生が収まる教室に集まると、黒板を背にした教官が冒険者の基本的な心得を教えてくれるんだ。
「このダンジョンの核がどうやら作用して、モンスターが迷宮の中からあふれ出してくる。連中は近郊の街や村で悪さをするから、これを退治する役割が俺たち冒険者だ。倒したモンスターの数や種類にあわせて報酬が支払われ、あるいはダンジョンの中にはモンスターたちが残したお宝が存在している事もある」
黒板には僕のわからない文字で、カツカツと石灰棒を走らせながら板書がされていく。
簡単な図を書いて矢印で引っ張ったりしているから、きっと今話した内容の事に違いない。
僕は書かれている文字がわからない癖に、何故か知っている別の文字でとりあえず麻紙にメモを取ることにした。
「あらまあ、セイジさんは魔法文字をご存じなのですわね?」
すると板書を書き写している僕の手元を覗いてくるドイヒーさんだ。
「さあ、それが僕もよくわからないんだ。気が付けば普段使いの文字がわからなくなったのに、これはちゃんと書けるんだよね……」
「……お見せになってくださるかしら? デタラメを書いているというわけでもありませんわね」
麻紙のメモ用紙に視線を落としながらドイヒーさんがしきりに感嘆していた。
「上位古代文字と下位古代文字の両方をお使いになるとは博識ですわねぇ。もしかしてセイジさんはお名前の通り、記憶を失う前は賢者だったんですの?」
「わたしが知る限り、セイジはブンボンの教会堂裏で物乞いをしていた、いたいけな少年だ。聞けば本当は三〇過ぎのおじさんだと言うが、見た目がいたいけな少年なのでわたしの守備範囲ドストライクだ」
「まあご冗談を。どこからどう見ても一〇歳をちょっと過ぎたばかりのお坊ちゃまじゃありませんこと。わたくしの実家で働いている奉公人と、見た目も年齢も違いありませんわよ」
「そうだろう。きっとセイジの記憶違いなんだろうけど、まあ本人が大人の男を自任して背伸びしているのは可愛らしいからな。しばらく好きにさせればいいだろう。くっくっく、これからの成長が楽しみだ」
ドイヒーさんはその隣に座っているシャブリナさんに、声をかけてヒソヒソやっていた。
けれども静まり返って教官の声だけが響く教室ではまる聞こえだよっ。
「ところでダンジョンには主に三種類のタイプがある。ひとつは入学当日に模擬訓練で使ったモンスターパレスの様な地上施設型のものだ。かつては人間たちによって利用されていたそれが、時間の経過とともにモンスターの巣窟と化したパターンだな。意図せずダンジョン化したものと、意図してダンジョン化させたものがあるが、いずれの場合も地上施設型のダンジョンは総じて規模が小さい」
へぇなるほどね!
モンスターパレスみたいなダンジョンは地上施設型って言うのか。
規模が小さいかわりに、今も王国の全土であちこち新しいダンジョンが見つかっているんだってさ。
どちらかというと初心者の冒険者たちが挑戦するのに相応しいと教えてくれた。
賢くなった僕は冒険者に一歩近づいた。
「それからふたつめは、地下遺跡型のダンジョンだ。これも人間によって造営された、より古い時代の遺構が迷宮化したもので地下遺跡のパターンが多いのでそう呼ばれる。主に前時代の王侯貴族やいにしえの文明人たちが暮らした都市などがダンジョンとなっている。これはほとんどの場合が自然発生的にダンジョンとなったもので、規模もモンスターの数も多く、しぶとい」
ちょっと想像がつかないけれども。
王様のお墓が時代の経過とともに魔物の巣窟になったみたいな感じだろうか?
お墓と言えば偉いひとのご遺体と一緒に高価な埋葬品が埋められているなんて事もある。
冒険者たちはダンジョン化したその遺跡のモンスター退治をするかわりに、偉いひとの墓荒らしをして金品財宝を手に入れる権利を与えられるんだってね。
墓荒らしは悪い事かと思ったけれど、冒険者には当たり前の事らしい。
「そしてみっつめが、増殖型のダンジョンだ。こいつがもっとも厄介で、もっとも危険視されている。自然洞窟の中に存在している場合もあるし、鉱山跡地などがダンジョン化してできたものもある。見た目は遺跡型の場合もあるから厄介だが、ダンジョンが成長し迷宮が複雑化するので、早急な迷宮活動の停止が求められる」
増殖型ダンジョンは危険が一杯。
僕はキッチリとメモをした後に、下線を引いてチェックした。
「わたしも騎士団に入営した年、一度だけ非常呼集がかかって応援に向かったことがある。増殖型ダンジョンの穴から溢れ出した白いベトベトしたスライムを討伐して、体中が液体まみれになった。あれはちょっとした凌辱気分が味わえた……」
「そんなに酷いんですの?」
「スライムは粉末の駆除薬を使って退治するのが一番なのだが、あれも数に限りがあるからな」
僕たちはモンスターパレスの模擬訓練でスライム相手に酷い目にあったからね。
ついついその時の事を思い出して、みんなでビクンビクンしてしまう。
冒険者訓練学校にいればスライム相手に物理攻撃をする有効な方法を学べるかもしれないよ!
そんな事を考えていると、挙手をしてドイヒーさんが質問をする。
「教官どの、スライムはどのタイプのダンジョンに多くいますの?!」
「スライムはどこにでも存在するモンスターだ。地上施設型に地下遺跡型、それに増殖型だけでなく、下水溝のトンネルや現在も採掘がおこなわれている鉱山にもいる。わが冒険者訓練学校では訓練のために養殖されているぐらいだからなっ」
なんという事でしょう。
モンスターパレスにいたスライムは、訓練学校で養殖されている純正培養のスライムでした。
授業はこんな感じでつつがなく進行すると、お昼休みがやって来る。
みんなでゾロゾロと食堂に向かって給食口に長蛇の列だ。
「な、何ですのこれは?!」
「見りゃわかるだろうさ。ウナギのゼリー寄せだよっ」
ひとり一個のお鉢の中を覗き込むと……
まるでスライムみたいにプルプルしたゼリー状の中心に、ぶつ切りにされた何かの塊があった。
きっとこれがぶつ切りにされたウナギの胴体なんだろうけど、どう見てもスライムの細胞核みたいにしか見えないよっ。
「わたくし、これを食べるぐらいなら黒くて硬くてカスまみれのパンを口にする方がましですわ」
「あんた、うちの給食に文句ばっかり言ってるんじゃないよ! 気に入らないなら食わしゃしないよ?!」
とうとう給食のおばちゃんが激怒したので、ドイヒーさんは遁走した。
ちなみに。意外にも怖いもの見たさで口にしてみた僕の感想は、
「しょっぱくて、ちょっとタンパク質な感じだね。不思議な味かもしれない」
「わたしは結構好きだぞ。自分のおちんぎんで得られたものならもっと美味しいんだろうがな!」
「おいしいれふ。ドイヒーさん、そのう。いらないのならわたしが食べてもいいですか?」
ティクンちゃんには好評だったみたい。
プルプルで白濁でドロリとしたものを口に運びながら、もごもごゴックン。
僕は別の何かを連想した。




