学園ダンジョンはいいぞ! 中
そんなお馬鹿な会話を挟みつつも、僕らは繁華街にある雑居ビルまでやって来た。
シャブリナさんは自信満々に「ここだな!」と明言しているけれど、見回せど何処にもファミレスらしきものは見当たらないのだ。
テナントの看板を見上げても、あるのはドラッグストアーと牛丼屋さん、それからマッサージ店とネットカフェぐらいのものだけど……
「よし。では、エレベーターで上の階に昇から、貴様たち付いてこい」
「ひんっ何だか暗くてジメジメしていてダンジョンみたいですッ」
「や、やっぱり、いかがわしいアルバイトに連れてきたんじゃありませんの? わたくしたちをいったい何処に……」
言われるままにエレベーターに乗り込んだ僕たちだけれども、何だか嫌な予感がしてきた。
シャブリナさんが「フフン」と上機嫌に鼻を鳴らしているのと対照に、ティクンちゃんはビクンビクンと、ドイヒーさんはオドオドと周囲を見回している。
僕はと言うと、エレベーター内に4Fレストラン・ビーストエンジェルと書かれているのを発見したんだけれど……
チーン!
四階到着を知らせる音響が響いて狭いエレベーターの扉が開いた。
するとそこには、いかにもお客さんがあまり通っていなさそうなセピア色が漂う飲食店の入口が飛び込んで来たんだ。
ビーストエンジェルの字はかわいらしい丸みがかった文字だけれども、
「び、ビーストって、それ野獣って意味だったんじゃないかな?……」
「うむ、料理人のおじさんが熊面の獣人なので、そこからオーナーのおばさんが名前を取ったのだろう。場所はこんなだが、料理はなかなか美味いんだ」
入口前には手書きのイーゼルが出ていて、今週の日替わりメニューとか、季節のおすすめセットとか書かれている。ショーウィンドウに定番メニューのサンプル料理も並べられている。
「そのう。案外、普通のファミレスですねッ」
「ちゃ、ちゃんとした飲食店ですのよね?……」
「当たり前だ。いったい貴様は、ここが何の店に見えたんだまったく」
呆れた顔をしたシャブリナさんは、そのままレストラン・ビーストエンジェルの扉を開いて中に入った。
カランカランと音を鳴らして入店を知らせると、そのまま勝手知ったる風にレジ前まで移動して、
店員さんに話しかける。
「インギンおばさんはいるか」
「オーナーなら奥の事務所でパンチョ店長と会議をしているぜ」
「わかった。シャブリナがクラスメイトを連れてバイト面接に来たと伝えてくれるか」
「へえ、ブンボン学園の生徒さんか。俺もむかしはあそこに通ってたんだよな」
そんな応対をするのはイケメン勇者のシコールスキイさんだ。
お店は雑居ビルの四階にあるにもかかわらず、意外にも大盛況みたいだ。席のほとんどが埋まっていて、店員さんたちがせわしなく走り回っている。
インギンさんに、パンチョさん……
いったいこの夢の結末はどこに向かっているのだろう。
そしてチラリとひとつのテーブル席に視線を送ると、
「おいしくなぁ~れ! 萌え萌えキュン♪」
メイドみたいな格好をしたウェイトレス、ビギナカロリーナさんがいた!
そのビギナカロリーナさんが眉間にしわを寄せた作り笑いで、そんな言葉を口にしているじゃないか。
「そのう、セイジくん。あの不思議な呪文みたいなのは何?」
「メイドさんが使う、オムライスが美味しくなるおまじないじゃないかな……」
「あれをご覧くださいましな、普通のファミレスじゃありませんわよこのお店!」
「ん、どうしたドイヒー?」
「本当はメイド喫茶なんでしょうシャブリナさん?! 何とかおっしゃいましなッ」
「何を言うか、表の看板にもレストランとあっただろう。ここは、わたしのおばさんが経営しているファミレスチェーンで間違いない」
さあ、おばさんに呼ばれたから事務所に行くぞ。強引に騒ぐドイヒーさんの言葉を中断させて、シャブリナさんは僕らを促す。
納得がいかないドイヒーさんはそれでも騒いでいたけれど、そのまま事務所の扉前まで連れていかれて。
「美味しくなぁ~れ、萌え萌えキュン。って、あれはどういう事ですの!」
「わたし、緊張してきましたっ」
「アルバイトの面接なんて、僕は冒険者ギルドの時ぐらいしか経験した事がないからなあ」
「……貴様は何を言っているんだ。さ、では入るぞ」
コンコン、失礼します。
イチイチどこかデジャブの様な気分だ。そしてシャブリナさんが扉を開くと、
「万策尽きた~~~~~~!」
そこには、シェフみたいな格好をしたパンチョさんが、お手上げポーズで絶叫している姿が飛び込んで来たんだ。
「いいですかインギンオブレイさん、ウェイトレスにあの格好をさせる様になってからバイトの子が次々に辞めているんですよ!
やっぱりあのメイド服みたいなコスチュームは辞めた方がいいんですよっ」
大きな熊面を抱えて悲鳴を上げていたパンチョさん。
それを事務所の机にドッカリと腰をおちつけて、スーツにパンツルックのインギンオブレイさんが相手にしている。
「はあン、何を言っているのかしらパンチョは? お客さんには大盛況なんだから、正解だったんじゃないの。ユーザビリティーって言葉知っている? お客様第一主義、お客様があの格好がいいって言っているんだから、続けるしかないじゃない!」
「そんな事を言って、辞めちゃったバイトの補充はどうするんですか ?! 今でもホールが人手不足でお客さんをお待たせしてしまっているのに。もう他のお店から応援を読んでもらうしか手がないのに、その子たちだってメイド服なんて嫌がりますよ?!」
あら、メイド服かわいいのに。なんてインギンさんが口を尖らせるけれど。
「だったらアルバイトを補充すればいいでしょ」
「いったいどこからアルバイトを集めるんですか! 張り紙したり求人広告に出しても、すぐには集まらないでしょ!」
「落ち着きなさいパンチョ。ちょうどいいところに、姪っ子が来たから安心してちょうだい。うふふっ」
途中でインギンさんは僕らの姿に気が付いたのか、席を立ってこちらに微笑を浮かべるではないか。
「おばさん、約束通りウェイトレスをやってくれる人間を四人ばかり、みつくろってきたぞ」
「あらン、いらっしゃいみなさん。ブンボン学園の生徒さんね。シャブリナの同級生かしらあ?」
「そのうちのひとりはわたしだが、まあそこは許してくれ」
応接セットに手招きされて、僕らはペコペコしながらソファ前に並んだ。
腕組みしたシェフ姿のパンチョさんは、ウンウンと唸っている。
「は、はじめまして」
「あれがシャブリナさんのおばさんですの? ずいぶんと雰囲気が違いますわね」
「そのう、おっぱいの大きさが似ていると思いますッ」
ヒソヒソと身を寄せたドイヒーさんとティクンちゃんが、インギンさんについて小声で感想を言い合っていた。まあこれは僕の夢での設定だから、ふたりが本当は血縁関係ないのだし当然だ。
「さっそく採用よ。パンチョ、この子たちの履歴書を預かってちょうだい」
「ええええっ、面接もしないで採用なんですかインギンオブレイさん?!」
「うるさいわね、バイトが足りないんでしょう? つべこべ言わずに採用するわ。他の店から応援を呼ぶより手っ取り早いじゃない? これなら万策尽きないわよ」
「そ、そうですけど……」
結局パンチョさんは渋々顔をしながら、僕らの履歴書を預かってくれた。そして、
「何だかごめんねえシャブリナちゃんも、おばさんの滅茶苦茶なお願いに応えてくれて。きみたちも、アルバイトがしんどかったら、いつでも僕に耳打ちしてくれたらいいから」
「おちんぎんがもらえるなら、わたしは一向に構わないぞ! なあセイジ?」
「うっうんそうだね。おちんぎんは嬉しいけど」
「そ、その。わたくしもあの様に萌え萌えキュンを、言わなくてはならないのでしょうかしら……恥ずかしいですわ~っ」
「あのう。メイドさんのコスプレ衣装もかわいかったですッ」
四人ともそれぞれの感想を口にする。
まさか僕がメイド服のコスプレをするわけじゃないからいいけれど、みんなはそれで納得なんだろ
うか。
「どうでしょう。わ、わたくしにメイドエプロンは似合うかしら?」
「ドイヒーさんは美人だし、メイドの格好も似合うと思うよ」
「そ、そうですかしら……」
「貴様はパン屋の娘という庶民派の癖に、見た目だけはお嬢さま然としているからな。似合うんじゃ
ないか」
「そのう。きっとドイヒーさんが『美味しくなあれ』と不思議なおまじないをかければ、お店で一番
の人気になると思いますっ」
「で、でしたら、何事も人生経験。やってみようかしら?
せっ生徒会長として、あなたたちだけアルバイトをさせるわけにはいきませんわ。ちゃんとどの様な働きぶりか、監視するお仕事がありますものっ」
どうしてわたくしが、などと最初は微妙な反応をしていたのに、気が付けばドイヒーさんがノリノリになりつつある?!
「そんな事を言って、本当は貴様もおちんぎんが欲しいんだろ? おちんぎんが欲しいと自分の口でいってみるんだ。ん?」
「キイイイ、わっわたくしはおちんぎんなんかに屈しませんわっ!」
そういうやりとりが僕らの中であったのちに、更衣室に移動してさっそくお店の制服にそでを通す事になったんだけれども。
更衣室に案内してくれたシェフ姿のパンチョさんが、こんな感謝の言葉を口にしたんだ。
「本当のところをいうと、急にバイトがたくさん辞めちゃったから今回は助かったんだ。ありがとうね~」
いえいえ、どういたしまして!
学校に通いながら寄宿舎暮らしをしているブンボン学園の生徒は、あんまりアルバイトをしていると聞かない、なんてドイヒーさんも反応している。
その意味では貴重な経験ができて、みんな満足なのかな。
なんて僕は完全に油断していたのだけれど、
「ちょ、ちょっとパンチョさんいいですか……」
「なんだい、ええとセイジさんだったかな?」
「ど、どう見てもこれメイドエプロンにしか見えないんですけれど!」
僕にとパンチョさんが差し出してくれた制服だけれども、どこからどう見ても女の子用の制服じゃないか?!
「えっ? きみは女の子じゃなかったのかい?! てっきりシャブリナちゃんの同級生だから女子生徒だと勘違いしていたよ」
「背もちっちゃいし童顔だけど、僕は男子生徒です!」
むしろ三十路のおじさんなんだけど!
結局、男子用の制服がないからという理由で、僕は女の子の格好をさせられてしまった……
この夢、最悪だよ!
何でおじさんにもなってこんな事をしなくちゃいけないの?!
「まあ似合っているからいいじゃないかセイジ。わたしは貴様の女装姿は好きだぞ」
「コクコク、とっても似合っているのっ。せっかくだから文化祭でもセイジくんは女装してコスプレ喫茶をすればいいと思います!」
「わたくしより似合っているんじゃありませんの?! キイイ悔しいですわっ」
せっかく自分の夢の中なのに、メイド姿でアルバイトをさせられる羽目になったんだ。
「おっ美味しくなあれ、萌え萌えキュン♪」
いったい僕は、三〇歳にもなって何をやっているんだろうか。
僕が男の子だと気づかないお客さんは大喜びしていたけれど、それ以上に喜んでいたのは班の仲間たちだった。
シャブリナさん、顔が近いよ鼻息が荒いよ?!
本作はコミックマーケット92にて頒布した作品になります。




