12 訓練学校の朝です!
点呼が終われば練兵場に集合して柔軟体操がある。
僕たちは廊下のお掃除を終わらせて、ションボリしたティクンちゃんと外へ急いだ。
練兵場にはすでに三々五々と冒険者訓練生たちが集まっている。
「よし、では体操をはじめる。俺に続いて体を動かすように! いち、にい……」
整列した僕たちはゴリラ教官の動きに合わせて、手を持ち上げたり屈伸したり。
体を捻ったところですぐ横を見れば、シャブリナさんが豊かなお胸を遠心力で振り回していた。
すごい揺れてるよ!
「どうしたセイジ、前かがみじゃないか……」
「な、何でもないよ」
「体をしっかりとほぐしておかないと、後で大怪我をしてしまうぞ。冒険者は体が資本だからなっ」
親切なのはいいんだけど、シャブリナさんにはドキドキしてしまう。
困ったな、背の高いシャブリナさんが膝に手をついて顔を寄せると、同時にたわわなお胸が寄って谷間が出来る。
僕は邪念を打ち払うために、全力で腕をブンブン振り回した。
「見ていてやるからやってみろ!」
「ハアッハアッ」
「そうだもう少し、そのイキだ。頑張れっ、頑張れっ!」
「うんっ、でもちょっと恥ずかしいよッ」
朝からちょっと準備体操をするだけなのに、何だかとっても疲れた気分だ。
軽く準備をしたら、思い思いにふたりひと組のペアを作って体をほぐし合う。
「みんなふたりひと組になれ! 体格の近い者同士でペアになるんだっ」
腕組みしたゴリラ教官の言葉で、みんな班員同士で固まってペア探しだ。
よその班は五人一組だからその場合は別の班のひとと組んだりするけど、ウチは四人編成の班だからその点は楽だね。
「シャブリナさんやドイヒーさんは背が高いからなぁ」
「……あのう、セイジくん」
僕の貫頭衣の袖を引っ張ったのはティクンちゃんだった。
体格の近い人間同士で組む様に言われたんだけどさ。
大人の僕と、少女に毛の生えた様な可憐な女の子がほとんど身長が変わらないというのも、とても悲しい。
「一緒に柔軟体操しよっか?」
「コクコク」
「じゃあ先に僕がやってもらうよ。駄目かな?」
「フルフル」
ゴリラ教官の指示に従って僕は練兵場の地面に座った。
ティクンちゃんが背後に回ると、教官の号令に続いてティクンちゃんが背中を押してくれる。
「いち、にい、さん、しい……。そこ、もっと激しくやれ!」
教官は広場のペアに叱咤を飛ばしながら移動して、鋭い視線を新米訓練生たちに向けていた。
僕も必死になって足を延ばして前屈をしたけれど、つま先に指が届かない。
んしょ、んしょと小さな手のひらでティクンちゃんが精一杯押してくれるのだけれど、
「セイジくん……すごく硬いです……」
「ハァハァ、それ以上やったら我慢の限界だよっ」
「もう少し我慢してください。あと少し、あと少しだからっ」
先っちょに、つま先の先っちょにあと少しで指が届くのに届かない。
あまり体を動かすのが得意じゃない僕は、体の方も随分とナマっていたみたいだ。
必死になってようやく手を伸ばしたところで、つま先を掴むことが出来た。
「やった、ちゃんとイケた」
「うん。頑張ったねセイジくん……」
こんな簡単な柔軟すら悪戦苦闘するなんて。
パーティーでの役割は荷物持ちだから体力は必要なんだけれど、こんな調子じゃダンジョンでは足手まとい間違いなしだ。
訓練学校を出ても毎日柔軟して体力づくりをすると僕は心に誓った。
「じゃあ今度はティクンちゃんの番だよ。そこに座って」
「うん、優しくしてねセイジくん……」
「じゃあいくよ。ゆっくりするから、痛かったら言ってねっ」
「痛っ、大丈夫だからそのまま続けて」
僕もたいがいカチコチだったがティクンちゃんも似た者同士だ。
女の子は体が柔らかいとどこかで聞いた事があった気がするけど。
ティクンちゃんだけ特別なのかな。
隣で柔軟体操をしているシャブリナさんは、股を開いた状態からぺったんと、体を前に押し倒していたのが見える。
ドイヒーさんが押してあげているけれど、押すたびにシャブリナさんの大きすぎるお胸が押しつぶされているのが眼に飛び込んできた。
「す、すごいね」
「体も凄いですが、お胸もすごいです……」
呆然とシャブリナさんの柔軟を見ていたら、ドイヒーさんに睨まれてしまった。
ゴリラ教官もその言葉で僕たちの方に注目したもんだから、急いで柔軟に戻ったんだけども。
「まったく、そちらは何をチンタラやっておりますの!」
「あっごめんつい、ボンヤリしちゃって」
「そんなまどろっこしい事では、いつまでたっても終わりませんのよっ。もっと激しくおやりなさいなっ」
「やん、痛いっそんなに激しくしないでぇ!」
見ていられなかったのだろうか。
介助無しでも体が柔らかいシャブリナさんの事は放っておいて、ドイヒーさんが強引にティクンちゃんの背中を押した。
その度にヒクンビクンと反抗しようとしたけれど、パン屋の看板娘の力は伊達じゃなかった。
「抵抗しても無駄ですわっ。もしダンジョンの中で通気口みたいな細い場所を通り抜ける時、体が硬くていう事を聞かなければ大変ですわよっ」
「た、確かにそうだけど。ティクンちゃん痛がってるし!」
「ひん、ビクンビクンっ」
強制的にビクンビクンさせられたティクンちゃんは、無理をすれば体がぺったりと前に押し倒された。
満足気に鼻をフンスと鳴らしてみせたドイヒーさんは、
「やれば出来るではありませんのっ」
「ドイヒーさん酷いですぅ」
こうして僕たちは疲労困憊になりながながら柔軟体操を終えた。
まだこの後には練兵場をみんなで掛け声を上げながら、ランニング十周が待っている。
「ダンジョンの中では冒険者ギルド単位で攻略に取り組む」
「「「はい、教官どのっ!」」」
僕たちはゴリラ教官を前に元気よく返事をする。
「中でもパーティーは冒険者の最小単位だ! パーティーは家族、パーティーは兄弟。お前たちは家族を見捨てる軟弱ものかっ?」
「…………」
「この中に軟弱者はいない様だ。やっぱり冒険者は最高だなっ!」
「「「まったく冒険者は最高だぜっ!!!」」」
満足気に腕組みを解いてウンウンうなずいていたゴリラ教官である。
僕たちは教官の先導に従って、練兵場をぐるりと走りはじめた。
「よし。ではランニングの最中に仲間が脱落したら、班のメンバーが助け合って十周を乗り切る様に。それいくぞっ!」
教官は最初のうちは慣らしのように駆けだす。
時々、意地悪をする様に加速してみせたり、今度はゆっくり走ったりして僕たちを翻弄した。
途中から訓練歌まで歌いだしたから大変だ。
僕たちは大声を張り叫びながらそれに続いた。
「迷宮暮らしはその日暮らしだぜ!
真っ暗闇の洞穴で、お宝さがしてさ迷い歩く!
モンスターを倒した数は知れず!
街で見かけたかわいこちゃんが、隣のオークに寝取られた!」
こんな感じで徹底的に体をいじめ抜くのも新米訓練生の日常だった。
いじめ抜いた体を癒してくれるのは回復職の役割でもあるからね。
ティクンちゃんが女神様に祈りをささげた後、僕たち班のメンバーひとりひとりに聖なる癒しの魔法をかけてくれた。
「ハァハァ、助かりますわティクンさん。あンもう少しだけ、わたくしに癒しを……」
「わたしはこれっぽっちも疲れていないから大丈夫だ。まだ二回戦をやれと言われてもいけるぞッ」
「ティクンちゃんは意外に元気だね、そっか自分に癒しの魔法をかけながら走ってたんだ?」
やっと朝の基礎訓練すべてのメニューを終えたところで、僕たちは朝ご飯にありついた。
体を動かした後のご飯は美味しいね!
一部、パンを見て納得のいかないと文句を口にしているひとがいたけれども。
「きゃああ! 何ですのこの硬くてボソボソして不純物だらけの黒パンはっ」




