119 状況終了です!
明るい場所で、斬り飛ばされた毛むくじゃらの世紀末ボスの首を観察してみれば。
大きく裂けた口から無数の牙が存在していて、そこからダランと長い舌がはみ出していた。
まるで狼の様な姿をしているところを見るとボスの正体は狼人間だったらしい。
「しかし、無残なまでに股間が黒焦げで、首は奇麗にバッサリとやられたものだな……」
検分のために世紀末ボスのいた小部屋へとやってきたミノタウロス教官は、呆れと恐怖のない交ぜになった表情で僕たち選抜メンバーを見回したべたんだけれども。
確か、最初に訓練学校のモンスターパレスに突入した時も、ボス役を演じたミノ教官は股間を痛打された上に首を叩き落されたんだったね……
だからなのだろうか、自信満々の表情をしたシャブリナさんとドイヒーさんを見比べて、ミノ教官はゲンナリした顔を浮かべた後に、転がった世紀末ボスの哀れな姿に同情を隠せなかったんだと思う。
「よし。ダンジョンの調査とボス討伐の完了を確認した。迷宮討伐の詳細については、規定通り学校に戻り次第、所定の書式でもって受付に提出する様に。これより演習の状況を終了するっ」
小部屋で整列したボス討伐の選抜メンバーだけでなく、心配そうに部屋の外で待機していた残りの訓練生たちみんなも。
ミノ教官が睥睨する様に言葉を締めくくると、わっと大きな歓声を上げたんだ。
「みなさんお聞きになって? 状況終了ですわ! ただちに撤収に取りかかりなさいましな」
「この汚らしい毛むくじゃらの首を回収し、ベースキャンプまで引上げるぞッ」
「そのう。汚らしい毛むくじゃらは狼人間なので、下手に触れると感染症に罹ってしまうかもしれないのですッ」
にわかに活気づいた僕らはダンジョン攻略の疲れも何のその、ドイヒーさんの号令に従って元気に撤収作業に取りかかった。
毛むくじゃら世紀末ボスの取り扱いには細心の注意が必要らしく、シャブリナさんの指示に口をはさむ形でティクンちゃんが身を乗り出して、何かしらの聖なる癒しの対策を講じているらしいのだ。
「何でもこの狼人間という種族は感染症持ちでな。移されてしまう様な事になると非常に厄介なのだそうだ。騎士団の治安維持活動中に耳にしたことがある」
「い、いったい、どうなってしまうんですの……?」
「それはだな、」
もったいぶって僕に身を寄せてきたシャブリナさんだ。
すると、恐る恐るという風に反対側からドイヒーさんが質問を飛ばしてきた。
ドイヒーさんは、しゃがみ込んで聖なる癒しの魔法で処置を施していたティクンちゃんを手招きして、いつも小脇に抱えている聖なる経典を見せてくれとお願いする。
「何でも狼人間が培養する感染症というのは、ひとを狂わせる恐ろしいものらしい。はじめのうちは一見するとただの様子がおかしい人間に過ぎないのだが、気が付けばこうなる」
「まあ!」
「あのう。とても酷い有様ですッ」
聖なる経典のとあるページを開いて見せたティクンちゃんである。
覗き込む様にしてみんなが一度に身を寄せたものだから、左右からシャブリナさんとドイヒーさんのお胸が僕の腕やら顔やらに押し付けられる様な格好になるじゃないか!
もふもふ、むにむに。
気持ちいいけれど、ふくよかな部位に翻弄されてとても酷い有様だ。
「ビフォーアフターはこの様に変わる」
「恐ろしいですわっ。まるでモジャモジャの毛むくじゃらであはありませんの?」
「フンフン。こんなに毛が生えたら、別人みたいですッ」
見せてもらった経典のページには狼人間の普通の状態と、罹患した状態の挿絵が記載されていたんだけど。
僕にはそのふたつの挿絵がどう変化したのかサッパリわからなかったんだけれど、同じ班の彼女たち三人は恐れおののいた様な顔つきで息を呑んでいた。
そうしてまじまじと僕の顔を覗き込んでくるではないか。
「狼人間のもたらす感染症は、罹患者を剛毛にしてしまう恐ろしい呪いだと言われていますッ」
「こんなツルツルすべすべの貴様が感染してしまったが、ただの小さいおっさんに様変わりしてしまうのだからな。アゴヒゲを蓄えたセイジなど、何とおぞましい事か!」
「そんな事は、わたくしが許しませんわっ。絹の様な肌触りのスネがモジャモジャにだなんて。ああっ神様っ!」
「コクコク。あ、でも……」
なるほど、モジャモジャの毛が生えてくる感染症なんだ?
確かに女性にとってはお毛々の処理は常に大問題だ。そんな訳の分からない感染症に罹ってしまったら、あんな狼人間みたいな毛むくじゃらになっちゃうんだからね……
けど、僕が立派なおヒゲを蓄えたら年齢相応に見える様になるかな。なんて考えていると、想像以上憤慨するシャブリナさんと同意するドイヒーさんだ。
「どうしたティクン。何か気づいた事があれば言ってみろ。ん?」
「そのう。お股ツルツルのドイヒーさんが感染すれば、これでお子さまみたいなお股を卒業できますっ」
「キイイイっ、モジャモジャさんには言われたくありませんのよっ」
怒り狂ったドイヒーさんの事などそっちのけで、訓練生たちの撤収作業は粛々と進んだ。
破壊された扉を小部屋の脇に移動させ、あらゆる場所のマッピングもチェック完了。
大広間の前進キャンプはひと晩を明かすだけで用途廃止になったけれど、その徒労よりもみんな早く訓練学校に戻りたいという気持ちの方が大きかったはずだね。
だけど、浮かれ気分で何かを見落としちゃいけない。
最初に誰が言い出したか知れないけれど「訓練学校に戻るまでが卒業検定だからな」と、シャブリナさんも自分に言い聞かせる様に、油断なく撤収作業を見守っていた。
僕も荷造り作業に参加しながら、できるだけ注意を怠らない様にしていたんだけれども。
その時になって不意に怪しげな二人組を、荷役としてお手伝いしてくれていた村人のみなさんの中に発見した。
「はあン、まったく! どうしてあたしがこんな事をしなくちゃならないのよっ」
「しょうがないですよインギ……女将さん。僕らは戦闘救難班として雇われちゃいますけど、その事は卒業検定中の訓練生には秘密なんですからね」
「……シッ、声が大きいわよパンチョ。それより頬かむりがズレてるわ。それこそバレたら万策尽きるわよ?」
「ええっ。どうですかインギ……女将さん、これで大丈夫ですかね」
知らないわよ。なんて小さな愚痴を零している村人女性をジト目で僕が見やる。
荷役として雇われている村人のみなさんは、野良仕事で使う様な作業着を身に着けていたけれども、村人女性のそれは新品同然に綺麗だった。頭巾の方もパープル色でお洒落な花柄まで入っている。
もうひとりの毛深い村人男性の方はずんぐりむっくりで、こちらは野良作業の仕事着が様になっていたけれども、頬かむりした頭にふたつ突起物がある事が頭巾の上からでも知れた。
「……あのう、今パンチョさんがインギンさんって言いかけましたっ」
「明らかに怪しいですけれども、できるだけ見ない様にしてさしあげるのが、良心ってものですわ」
「どっからどう見てもあれインギンさんとパンチョさんだよね、ビーストエンドの」
「そうだな。恐らくふたりがボソっと言った様に、コンバットレスキューの任務で訓練学校から雇われていたのだろう」
実習訓練で廃坑ダンジョンに行った時もインギンさんとパンチョさんがいたから、今回もその兼ね合いで教官たちにお願いされたのかも知れないね。
それにしても、みんな気づいてもよさそうなものなのに、誰ひとりとして怪しい変装のふたりに違和感がないみたいだ。
「何れわたしたちも、こうして訓練生たちのお守役としてコンバットレスキューに呼ばれる日が来るかも知れないな」
「そのためにも、冒険者として確かな実績と経験を積んでおかなくてはなりませんわ!」
「フンフン。その日までにお漏らしを直しておかなくちゃいけないのっ」
こうして僕らはスジー村での演習を終えて、ブンボン冒険者訓練学校へと帰路に就く。
学校に戻れば、卒業検定のレポートを提出していよいよ卒業だ。
まだ一人前とはいかないけれど……
それでも、駆け出しの冒険者になるまであとちょっとだね!
あとちょっとだけ続くんじゃ。




