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117 貴様ヲ、狼人間ニシテヤロウカ?

 ベースキャンプには最小限の人員だけを残して、僕ら訓練生の大半は洞窟迷宮の最深部へと集結した。

 ほとんどすべての側道と、それから未確認の小部屋などを残した大半のマッピングは完了しているんだ。

 今も祭壇の様な魔法陣が敷かれた、あの孵卵器が見つかった場所で調査を続けているところだった。


「おい、こっちに明かりを持ってきてくれ!」

「壁面の絵画を模写しているところなんだが、誰か絵心のあるヤツはいないか?!」

「こいつ下手くそすぎてミミズがのたうち回った様な模写しかできねぇ」


 あちこちから聞こえてくる活気づいた声。

 この場所に前線キャンプが設置される事になったので、荷物を担いだ訓練生のみんなや村で雇い入れた臨時の荷役さんの姿もある。

 中には自分の体より大きい荷物を背負わされているようじょブリーダーの愚痴る姿も飛び込んできた。


「どうして余がこんな酷い目にあわなくちゃならんのじゃ……」

「貴様の協力如何によっては、今後の雇先などを紹介してやってもよいぞ」

「本当ですか! 頑張りますッ」


 シャブリナさんに言いくるめられたシャルロッテちゃんは、目の色を変えて重たい荷物をうんしょうんしょと運んでいた。

 ようじょ虐待にならないかな?!


 辺りを見回すと、ドイヒーさんの周辺に各班のリーダーたちが集まって大きなダンジョン内の見取り地図を確認している姿があった。

 すぐにも僕はティクンちゃんとシャブリナさんにアイコンタクトを送り、その集まりに加わる。

 広げられた地図には滝壺の裏側から続くメインルートの他にも、シャルロッテちゃんの小さなお屋敷側から続く側道他、出入り口の詳細が書き加えられていた。

 まるで蟻の巣みたな複雑なダンジョン構造である事に、僕らは改めて息を呑んだ。


「全体の報告を聞いておりますと、やはり滝壺の裏側からアタックを開始した当初のメイン攻略ルートは、この地点で道が細くなっていた様ですわね」

「しかもこの先に複雑にくねった道があって高低差も酷い、こことここは水溜まりになっているんだぜ。雨が降ると退路が遮断されて、エラい事になっていた可能性があるな」

「まあ。でしたら、わたくしたちが途中でメインルートのアタックを中断したのは最良の判断だったのであはありませんの?」

「可能性はあるな。これから季節は涼しくなって、雨が降る事も増える可能性があったからな……」


 ドイヒーさんの言葉に一同がウンウンと頷いていると、それをビッツくんが補足する様に説明した。

 体格が僕とほとんど変わらないスカウト職のビッツくんは、実際にこのメイン攻略ルートに設定されていた細道を辿って、この前進キャンプの作られたこの場所まで班のみんなと踏破を実施した。

 おかげで濡れ鼠みたいな姿になった彼女だけれど、それを見たシャブリナさんは大きなお胸を抱き寄せる様に腕組みして唸りを上げた。


「オレの事はともかく。デブリシャスの場合は雨が降る様な事になれば、ダンジョンの途中で孤立していたんじゃないか」

「実際、デブリシャスは途中でルートから引き返したんだったな」

「適材適所とは言え、あの方はもう少しお痩せになった方がよろしいですわね」


 寝床をせっせとこさえている太鼓腹のおじさんを振り返った。

 するとビッツくんの言葉に釣られて、シャブリナさんやドイヒーさんがボソリと感想を口にした。

 

「さてとですわ。すでに全体のルートについては確認が完了しましたけれども。問題はまだ未確認となっている封鎖された小部屋のチェックですわね」

「これは前進キャンプの設営完了とともに実施する予定だな。キャンプ設営の進捗はどうだ、セイジさん?」


 班長のひとりが僕に確認を求めてくる。

 まだ未確認とされている隠し部屋等の小部屋は、残り六つほどある。地図上でそこは空白状態になっていて、それ以外の確認済みの個所は赤くチェックが入っていた。


「うん、荷物の運び込みは村のひとに荷役をやってもらってほとんど完了したよ。後は装備点検を改めて、未確認の部屋を担当する割り振りを決める事だね」


 問題は未確認の部屋に何が隠されているかだよね。

 少し難しい顔で僕がマップ上の空白を指で触れていると、同じ様に真面目な顔をしたティクンちゃんが身を寄せてきた。


「……そのう。回復職の割り当ても、改めた方がいいと思いますッ」

「えっと、それはどうしてかなティクンちゃん?」

「アルバイトの時に、ダンジョンを守っている警備員(ガーディアン)と戦った事を、思い出しました。あのう、もしかするとこの迷宮にもいるかもしれないのっ」


 そう語気を強めておずおずと見上げるティクンちゃんを、僕は見返した。

 確かにインギンさんがギルマスを務める《ビーストエンド》と一緒に潜ったダンジョンでは、羊の頭をした巨人が僕らの事を待ち構えていた。


「ふむ。この洞窟迷宮もダンジョンである以上は、その可能性は十分あるな。何しろ今回わたしたちが行っているアタックは卒業検定の演習だ」

「ですわね。総仕上げにひとしきり授業内容で習った事を経験させておこうと、そういうギミックを教官たちが仕込んでくる可能性もあるわけですの。どう思いますこと、セイジさん?」


 前進キャンプとなった大部屋でひと塊になっている教官たちは、相変わらず視線で僕らの行動を監督するだけ。

 時折さり気なく会話に耳を傾けている風ではあるけれど、よほど危険な行動を僕らがしない限りは口出しはしてこないんだ。

 当然、教官たちが血相を変えて飛び出してくる様な事になれば、それは演習の減点対象になるんだ。


「教官たちの反応があからさまだよね……」

「フンフン」

「確かにな。卒業検定のダンジョンのはずだのだが、これまでボスらしいモンスターとも遭遇していない」

「それに、ですわ。スジー村で家畜を襲っていた存在もまだ未発見。そして村のすぐ近くにこの洞窟迷宮が存在しているんですのよ……」


 ガーディアンに相当する様なダンジョンモンスターの存在が、夜な夜な迷宮を抜け出して村の周辺に出没しているのだろうか。

 教官たちと荷運びの件で何事か話し合っていた村人ひとたちの中に、チェリオくんを目撃した。

 何だか楽しそうに談笑しているみたいで緊張感は伝わってこない。

 けれどもふとした瞬間にゴリラ教官がチラリとこちらを見て、僕らに言及する様に口を動かしているのが見えた。


「このまま何事もなくダンジョンの調査が終了という雰囲気ではありませんわね」

「コクコク。覚悟を決めて、主力パーティーを中心に小部屋の掃討に当たった方がいいのっ」

「任せておけ貴様たち、おちんぎんソードの錆びにしてやるという気概で、モンスターどもの掃討に取りかかろうではないかっ」


 思い思いに覚悟を語ったみんなは、互いに顔を見合わせて装備の再点検を済ませ突入の準備をはじめる。

 勇者役を務めるタンカー職のシャブリナさんを中心にして、アタッカーに魔法使いや回復職、みんなを選抜する手はずが整うと、ひとつひとつ封のされた小部屋を確認して回る事になった。


 スカウト職のビッツくんが先導して、乱暴に封のされた小部屋の扉を改めていく。

 順番は前進キャンプの設営された場所に近いところからチェックすることになったのだけれども、最後に残った小部屋が目の前のそれだった。


「オレたちだけでどうにもならねぇ様な、凶悪モンスターが潜んでいる可能性は低いんだよな…?」

「だとしても教官たちが別の部屋からボスモンスター役をやっている様な、そんな甘い考えは捨てたほうがいいだろう。これは卒業検定だ。わたしも貴様たちも、本物のボスは経験済みという扱いだ


 僕らの班だけでもダンジョンスパイダーやガーディアンと激戦を繰り広げたしね。

 選抜されたみんなも、実習で色んな強敵と戦っているから、訓練学校に入学したての頃よりは覚悟も度胸もついてるや。

 だからビッツくんがみんなの確認を取る様に振り返ってドア開封の合図を送ると、シャブリナさんはガシャリと剣を改めながら、目線で「いつでもいいぞ」と返事をした。


 たぶん、最後に残ったこの部屋にモンスターがいる。そんな根拠のない勘がみんなに働いていたんだと思う。

 小部屋を封じているギミックは簡易的なもので、施錠代わりにドアノブを鎖でグルグル巻きにしただけだった。

 それもすでに取り払われているから一撃で簡単に開いてしまうはず。


「それじゃあいくぜ。ちゃんと背中は捕まえてくれてるよな?」

「当然ですわ、ご安心くださいましな」

「ようしほんじゃ、おらよっ!!!」


 勢いビッツくんが扉に体当たり気味にそこへぶつかった。

 もしもの時のためにドイヒーさんが彼女の背中をつかんでいたから、扉がドカンと開いた瞬間には引き戻されて、入れ違いに盾を構えたシャブリナさんが突入をしたんだ。


「突入! 突入! 突入!!」

「飛び込んだらすぐに散開して周囲の様子をうかがえっ」

「退路確保と魔法攻撃のために正面は開けろよ! セイジさんは下がってな!」

「敵はどこだ、おちんぎんソードの錆にしてやるっ」


 複数のランタンが暗がりの中で掲げられて、みんなが攻撃態勢を維持しながら小部屋の周辺を見渡した。

 僕も次々と突入したみんなの後を追いかけて、ランタンとメイスを持って続いたけれども。。

 すぐにも僕と行動を共にしていたドイヒーさんの腕が伸びて、庇う様に一歩前に飛び出したんだ。


「ひんっ。見てください、気持ち悪い毛むくじゃらのモンスターがいますッ」


 恐怖の顔を浮かべたティクンちゃんが、暗がりの前方を指さしながら悲鳴を上げた。


「キサマヲ、(ロウ)人間ニシテヤロウカ……?」


 一見すると人間の様な姿をしていたかもしれない。

 けれども、てぃんくるぽんやランタンに照らし出されたその姿は、全身を逆立った剛毛に覆われていて、手には武器の様なものを持っているのが確認できた。

 明らかに息をしているのがわかる様に、ゆっくりと両の方が上下しているのだ。


「みなさん注意なさりましなっ」

「せ、セイジ。こいつは何と言っているんだ?!」

「わからないけど、何とかにしてやるって」

「何とかって何なのだ?!」


 それがわかれば苦労しないよっ。

 聞き取った言葉の意味はわからないけれど、明らかなる殺意めいたものを巻き散らしながら眼の前の毛むくじゃらは大剣を両手に持ちあげた。

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