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116 孵卵キットです!

 周辺に散乱した卵の抜け殻が五つぶん。

 その中心に少し大きな魔法陣が描かれているのが見て取れた。

 ようじょはそれを指し示しながら僕らに説明してくれる。


「最初はこの魔法陣の中に、五つ卵が安置されていたのじゃ」

「へえ、それじゃあこれは魔法で制御された保育器かなにかだったのかな」

「そのう。見てください、何か魔法陣の外縁にむつかしい文字が書かれているのです」

「セイジ読めるか?」


 どれどれ……

 ティクンちゃんやシャブリナさんに促されてしゃがみこんだ僕は、埃の被った魔法陣を注意しながら手で払って文字を確認しようとする。

 不思議な紋様みたいな知らない記号が描かれていると同時に、僕も何故だかよく知っている魔法文字がそこには書き連ねられている。

 記号の意味はわからない。

 けれど、上位古代文字と下位古代文字を組み合わせたそれはこう書かれているんだ。


「ええと、十五年間の生存保障効果……環境内の自動保温効果……取出時の孵卵促進効果……これどういう事だろうね?」

「余が思うに、この紋様で区切られている魔法文字が、魔法陣の中に及ぼす効果の内容になっているのです!」

「ふむふむ、この魔法陣の中にバジリスクの卵を置くと、自動的に環境内の保温効果が発動して、十五年間は卵の状態で保護し続けるんだね。それで取り出した時に卵が孵る様に促す機能まで付いてると……」


 シャルロッテちゃんの説明によると、魔法陣に書かれた魔法文字を読む限りはそういう事になるんだ。

 彼女もおりこうさん錬金術師の天才ようじょブリーダーを名乗るだけあって、上位古代文字と下位古代文字をちゃんと理解しているみたいだね。

 みんなが興味津々に身を寄せてその説明を聞いていたわけだけれど、


「つまり、このようじょが勝手に魔法陣から卵を取り出さなければ、バジリスクはずっと卵から孵る事もなく眠り続けていたというわけだな。けしからんようじょだ!」

「ま、まってください! 余がそんなことをしなくても、卵が設置されてから十五年後には自動的にバジリスクの卵が孵る様にこの魔法陣は設計されているのじゃ! これを見てください!」


 腰に手を当て、バルンと大きな胸を揺さぶって見せたシャブリナさんだ。

 するとあわててようじょがブンブン首を振り、懐から何やら古めかしい紙片を僕に差し出してくるのである。

 僕はそれを受け取ると、みんなの視線を浴びながら読み上げる。


「……バジリスク専用孵卵(ふら)キットの取扱説明書。この魔法陣の内部にバジリスクの卵を設置してください。卵は容器内に最大八個までセットすることが可能です。セット後は約一年で卵が孵卵可能になりますが最大で設置から十五年間、卵の状態で保存維持することもできます。卵の保存には魔法制御式サーモスタットが使われていますが、卵の取り出しは必ず一日ひとつずつ行ってください。同時に複数の卵を取り出した場合、魔法陣の制御システムが誤作動を起こす可能性があります……」


 僕を見上げているようじょの顔を確認した。

 シャルロッテちゃんによればこの古めかしい紙の説明書を、洞窟ダンジョン内部の散策中に見つけたらしく、それに従ってひとつずつ日を置いて取り出したそうだ。

 何れ放置していても卵を設置してから十五年経過すれば、この卵は割れてバジリスクの雛が孵る。

 それは魔法陣の中に設置されていた計測器によれば、もうすぐの事だったらしい。


「魔法計測器によれば今年の冬には十五年目を迎えるはずだったのじゃ!」

「確かにこの計測器は十四年と七か月という数字を示しているね」

「そうなのじゃ。余が卵を孵そうが孵すまいが、どのみちこのあかちゃんたちは生まれる運命だったのじゃ!」


 なるほど僕は納得しながら、ふたたび古びた説明書に視線を落とす。


「バジリスクの雛は、孵化して最初に目撃した存在を親と認識します。その際は必ずご利用者さまおひとりで、周囲に他の方がいないのをしっかり確認してから卵を取り出してください。刷り込み(インプリンティング)というやつだね……」

「インプリ……何ですのセイジさん?」

「ほら、アヒルのあかちゃんは生まれて最初に見た存在を親だと思うってアレだよ。知らない?」

「むむっ、もしそうなら。記憶を失った後のセイジとわたしが最初に出会っていれば、セイジの奥さんだと認識させる事ができたというわけかっ?!」


 刷り込みという言葉に首を傾げて見せたドイヒーさんだけど、僕が解説を加えると何故だかシャブリナさんがおかしな事を言い出した。

 いや、僕はアヒルじゃないから無理があるよ?!


「でも気を苦を失ったセイジくんに嘘を信じ込ませる事は、可能だったかもしれないのっ」

「やはりそうか! セイジ、もう一度気を苦を失ってみるか?」

「何言ってるのシャブリナさん?!」


 付き合ってられないやっ。

 以上の用法をしっかりと守り、楽しくバジリスクの孵卵キットで楽しい飼育ライフをお楽しみください。

 そんな風に説明書は結ばれていたんだ。


「よ、余はおりこうさん錬金術師であるからして、まず実験として卵をひとつ孵して肥えたエリマキトカゲを持ち帰ったのじゃ! 余はちゃんと用法を守りましたッ」

「なるほど貴様の言い分はわかった。つまりあの肥えたエリマキトカゲのあかちゃんたちは、貴様を親だと勘違いして認識していたわけか」

「そうなのじゃッ」

「その割にはあまり言うことを聞いている様には感じられませんでしたけれども……」

「あのう、勝手に離れようとしたりしていたのですっ」


 ジトーっと一斉にみんながようじょを見たものだから、バツの悪い顔をしてシャルロッテちゃんが俯いた。

 おりこうさん天才ようじょブリーダーは、母親失格だったのかもしれないね。


 そんなやり取りがあった後。

 背後で班の仲間が顔を突き合わせて議論をしているのを聞きながら、僕は魔法陣の内容をメモに書き写すことにした。


「結局、誰が何の目的でこんな面倒な魔法陣を設置したのか、これではわからずじまいだな」

「そうですわね。だいたい、卵はどこから持ち込まれたのかという問題も残されておりますわよ?」

「フンフン。そのう、取扱説明書が落ちていた点も明らかにわざとらしいですッ」


 ひとまず魔法陣の目的が何だったのかはわかったのだけれど、じゃあ誰がこんな場所にバジリスクの孵卵キットを設置したのだという謎だけは残される。


「セイジはどう思う。ん?」

「もしかしたらだけど、」


 僕はペンを走らせる手を止めて思案した。


「……これって教官たちが、卒業検定のために演習で設置しているのかもしれないね」

「じゃあ余は無罪なのじゃ! 巻き込まれただけなのじゃ!」

「そうかもね。普通に考えたらバジリスクの卵が自然に発生するなんてありえないし、バジリスクの成獣(おや)が出入りするには、どの洞窟の入口も狭すぎるじゃない?」

「確かに、言われてみればそれもそうですわね。でもそれでしたら、このフロアの壁面に描かれたバジリスクの彫刻や壁画はどうなんですの?」


 ドイヒーさんが背後に振り替えると、宗教壁画みたいなバジリスクが描かれたそれを見上げる。

 神秘的で荘厳な様に思えて、よくよく観察してみると微妙に安っぽい気がしないでもない。


「ふるい書物を確認した限り、スジーの村でむかしバジリスクが暴れたという事はあったのかもしれないな。大方はその伝承を利用して、訓練学校が卒業検定の実習地のひとつとしてここを活用していたのかも知れない」

「僕らの調査がまだ終わってないだけで、洞窟には他に大きな出入口があるのかもね」


 けれども実際のところはわからないや。壁面にはふるめかしさを演出する様に苔むしている場所があったし、ところどころ彫刻の一部が欠落したような場所もある。

 それにしたって、わざと汚しを入れた様に、雑に作られた彫刻や壁画にも感じられたんだ。


「何年もずっと卒業検定に使っているのなら、苔ぐらい生えてくるかも知れないのですっ」

「ティクンちゃの言う通り、それもそうだよね」


 魔法陣の書き写しを終えてフロア全体の見取り図を作成し終えた、ちょうどそのタイミングで。

 一時的に全体を照らし出していたドイヒーさんの発光魔法が効力を失った。

 すると手元にある明かりがシャブリナさんの持ったランタンと、それからドイヒーさんの腕に乗っている七色に光るなめくじだけになってしまう。


「ああ、なるほど。こうして最低限の光でフロアを見渡せば、確かに荘厳な神殿みたいに見えるや」


 その答えは、きっと卒業検定が終了したら教官たちからネタばらししてもらえるのかな?

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