112 ようじょブリーダーの館へようこそ!
スジー村での聞き取り調査が、何もかも無駄足だったわけじゃない。
バジリスクの外見が持ち込んだポンチ絵とよく似ている事もわかった一方で、それがドン臭い熊サイズだったという事を知れた。
「地鳴りの様な響き声も、実は聞く者を恐怖のどん底に叩き推す様な魔力なんてなかったみたいだしな」
肩を落として大きなため息を漏らしたシャブリナさん。
すると同時にばるんぼよんと豊か過ぎるお胸も暴れたのだ。
僕は並んでそれを見上げながら生唾を飲み込んだ。
「村の家畜を襲ったのは、目撃情報のあったバジリスクとは切り離して考えた方がいいだろう」
「う、うん。僕も熊みたいなドン臭いトカゲとは別物だと思うよ」
「ぐぬぬ、まさしくわたしたちは思考の迷宮に迷い込んでしまった様だ。教官たちの思惑通り踊らされていると思えば、これほど悔しいことはない」
「卒業検定だからね、やっぱりそれなりに難しい課題が出されているんだよ」
謎解きは道半ばだ。
今もって夕方になると洞窟から聞こえてくる咆哮の正体はわかっていない。
僕らはスジーの村を見渡せる野山の道を歩きながら、考えを巡らせた。
シャブリナさんが言う通り、洞窟の迷宮だけでなく思考の迷宮の中をグルグルと行き来しているんだ。
「熊みたいなサイズの肥えたエリマキトカゲなら、洞窟の奥を行き来するのはやはり難儀するはずだ。そして家畜を襲う別のモンスターとなると、何がいるだろうな……」
ふむ、とアゴに手を当てて小首を傾げるシャブリナさん。
このスジーの村はブンボン領内の外れにある自然豊かな場所だ。
牧草地の向こう側には豊かで奥深い森林地帯が広がっているし、チェリオくんの話だと狼の群れや大山猫といった猛獣やモンスターも棲息しているらしい。
それらを家畜から守るために、あれだけ立派な牧羊犬を羊飼いたちは相棒にしているのだ。
やっぱり普段から羊たちが襲われる事があるのだろうかと、そのところを僕は質問してみる事にした。
「家畜を襲っている犯人の正体ですか?」
道案内のために僕らの先を歩いていたチェリオくんである。
すると悲しい顔をして僕らの方を振り返るじゃないか。
「うーん、様々としか言えないですけど。羊が襲われる事そのものは、わりとよくあるんですよ」
「そうなのか」
「襲われるのは決まって年老いていたり、病気がちな羊かな。それから若くて好奇心旺盛な羊も狙われやすいですね。雪解けのシーズンが終わって森や野原を何日も移動しながら若草を食べさせていると、いつのまにか群れに遅れがちになる羊が襲われているんです」
つまり村で起きた家畜被害と言うけれど、その全てが村の中でだけで起きたものではないらしい。
僕らは互いに顔を見合わせて、ブンボン冒険者協会から寄せられたずさんで適当な被害報告に顔をしかめてしまった。
「しかし村の中でも襲われた事例があったのは確かなはずだ」
「確かにそうだよね。ビッツくんたち三班の事前調査でも、村の地図で場所を確認したはずだし…」
「ええ。だから羊を連れて森や草原を移動している時に襲うのは、狼たちの群れや大山猫になります。村の中まで入ってきて襲ってくるのは、どちらかというとモンスターの類かな」
足を止めたチェリオくんの口から飛び出した言葉に、僕らはドキリとさせられる。
「……モンスターだと?」
「はい。森の獣たちは決して不用意に村の近くまで近づくことはありませんよ。けど、モンスターたちは違う。あいつらは人間の事なんてこれっぽっちも恐れていないのか、堂々と囲いの中や家畜小屋まで来て牛や羊を襲ったりするんだ」
昼間であれば村人たちや羊飼いたちの目もある。
けれど、夜中になると家畜たちを守るのは限られた牧羊犬たちだけになるのだ。
「あいつらは賢いですよ。普段は村に近づく事も珍しいけれど、大雨や嵐の夜にひとの気配がなくなるとやって来る。牧羊犬たちは頼もしい相棒だけれど、一瞬のスキを突いて家畜をさらわれる事は何度もありました」
「スジーの村では、冒険者を雇ったりして対処はしてこなかったんですか?」
「どうだろう。爺ちゃんも被害が度々あるならそうしてるでしょうけど、モンスターは年にほんの数回だけそういう事をする程度ですからね」
「ははあ。なるほどそれは、おちんぎんの問題か?」
シャブリナさんの質問に、チェリオくんは申し訳なさそうな顔をして見返していた。
冒険者を雇っておちんぎんがいるからね。おちんぎんの事を考えたら、簡単にそういう話にはならないのかもしれない。
そのところに考えが行き着いたシャブリナさんは、
「セイジの頼みなら、おちんぎんに似た何かでも一向にわたしは構わんがな。アッハッハ!」
だがセイジ以外のであれば問題外だ。なんて、わけのわからない事を口走って大笑いした。
その言葉に僕は呆れて苦笑してしまったけれど、チェリオくんの表情は優れないものだったんだ。
もしかすると羊飼いとして、諦めと悔しさがあったのかも知れないね。
そうして何か僕が気の利いた言葉をかけようとした瞬間、チェリオくんは踵を返すと駆け出したんだ。
「女騎士さま、賢者さま。そろそろ洞窟の滝壺が見える山の頂上に到着しますよ!」
その場所からは確かにスジーの村全体がグルリと一望できた。
遠く山々や森林の広がりが見て取れて、振り返れば洞窟の滝壺付近にベースキャンプを張っている訓練学校の仲間たちもいる。
山の反対側に視線を向ければ、そこが麓から断崖絶壁を見上げた時以上に起伏に富んでいる場所なのが理解できるんだ。
僕の隣でも、大きな起伏を抱きしめる様に腕組みしてみせたシャブリナさんが、ニヤニヤ顔でこちらに話しかけてくる。
「見ろセイジ、ひとがゴマの様だぞ」
「本当だね。ここからなら滝壺周辺の様子もよく見えるし、洞窟の上側がどうなってたのかよくわかるや」
とこかに存在しているはずの滝壺とは別の出入り口がある場所も、この周辺を探索すればわかるはずだ。
互いに頷きあっている僕とシャブリナさんに、チェリオくんが声をかける。
「ついてきてください。下の滝壺の洞窟と繋がっているかはわからないけど、穴が開いた場所ならこの先にいくつかあるんですよ」
「ほほう。やはりわたしたちが想像したとおりだな。ところでスジーの子供たちは、穴の中で探検をしたりするのか? 少年というものはこう、穴があったら入りたいとか入れてみたいとか、子供心に探求心を求めるものだろう」
左手で輪っかを作ったシャブリナさんが、その輪っかに右手の人差し指を出し入れした。
それがなんだかとっても卑猥な意味に感じたから、僕はたまらずおちんぎん以外のものがムズムズしてしまう。
すると悪い顔を浮かべたチェリオくんが返事をするのだ。
「大人たちは危ないから近づいちゃ駄目だと言い聞かせますけど、もちろん俺は穴があれば中がどうなってるのか気になりますからね」
「当然、我慢しきれなくなってその穴の中を探検したわけだな」
「我慢できませんでしたっ」
「どうなっていた。ん?」
「穴の中はボツボツした突起がいくつもあって、奥はギュウっと狭くなってましたよ」
「実にけしからんッ」
わけがわからないよ!
明らかに確信犯な残念女騎士の誘導尋問に従ってチェリオくんは答えたわけだけれど、完全に会話がかみ合っていないはずなのにふたりは意気投合している。
「聞いたかセイジ。これで別の洞窟が存在している事がわかったぞ。二つの穴を同時にアタックする事を想像してみろッ」
「ふたつの洞窟が繋がっていたら、正体不明のモンスターを見逃さないで済むね……」
「この穴の奥深くに何が潜んでいようと、さしものボスモンスターも根を上げるに違いない。くっくっく」
呆れた顔でシャブリナさんを見上げていた僕だけれど、先々を行くチェリオくんが不意に足を止めたんだ。
「そろそろですよ。あの岩陰の裏に洞窟の入口があります。って、あれ……?」
「ん、どうしたのだチェリーボーイよ」
「――あんなところに小屋なんかあったかな」
声につられて僕らがチェリオくんの視線の先に注目したところ。
そこに小さな建物が目に飛び込んできた。
すぐにも視線で僕とチェリオくんを下がらせるシャブリナさんが、長剣に手をかけながらゆっくり動く。
遠巻きにその小さな建物を観察していると、小屋と言うよりも小さなサイズのひとが住んでいるお屋敷といった感じだ。
まるでミニチュアみたいな二階建てで小さな扉や窓。屋根の煙突からは今もモクモクと煙が出ていて、庭先には洗濯物が干してあるじゃないか。
ただし、微妙におどろおどろしい装飾が小さなお屋敷のあちこちに施されている。
「村人の家という事はないか……?」
「木こりが建てた休憩小屋なら、こんなに手の込んだ作りにはしないはずです」
「じゃ、じゃあもしかしてこの家、モンスターの棲家なんじゃ」
「待てセイジ、魔法言語で表札に何か書かれているぞ」
「ほんとだ。ええと、ようじょブリーダーの館へようこそ……?」
いったいこの小さなお屋敷の主は何者なの?!




