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111 目撃者の証言です!

 村長屋敷の外に出ると、僕らはトウモロコシ畑を抜けて森の広がっている村外れを目指した。

 先導するのは村長のお孫さんというチェリオくんだ。


「この道をずっと進むと牧草地に着きますよ。たぶん今なら、騎士さまちがお探しのおじさんたちがいると思います!」


 利発そうな少年だなあ。

 村長のお孫さんと言うだけはあって、しっかりとした受け答えをしてくれる。

 年の頃は十歳前後だろうか、背格好がちょうど僕やティクンちゃんと同じくらいだ。

 育ち盛りの若い男の子が、おじさんには眩しく見えるや。


「スジー村の産業は砂糖大根(テンサイ)の栽培だって聞いていたけど、畜産も盛んなんだね」

「街から離れた片田舎だから、土地だけは有り余っていますからねぇ。それに羊は毛皮にも食用にもなりますから、この辺りの村じゃどこでも放牧してますよ賢者さま」

「ふむ。村の人口よりも羊の方が多いとはよく言ったものだ。しかしこれだけ数が多いと羊の面倒を見るのも大変だろう。名はチェリオと言ったな、貴様たち羊飼いはその辺りの問題をどうしているのだ。ん?」


 自由気ままに草を食む羊たちを見やって、シャブリナさんがそんな質問をした。

 確かに広い牧草地に散らばっている羊を見張るだけでもひと苦労だよなぁ。

 そんな事を考えていると、チェリオくんは笑って僕らに振り返った。


「確かに、俺たち羊飼いだけで羊の群れを管理するのは難しいです。だから羊飼いには頼りになる相棒がいるんですよ。ほらアレを見て下さい!」

「ほう、なるほどな……」

「わぁすごく大きい、とても立派だね!」


 チェリオくんが指さした方向をそろって見やると、そこには大きな体躯をした牧羊犬の姿があった。

 悠然と羊たちの群れの間を進みながら、時折集団から離れ過ぎた羊にひと吠えして連れ戻したいしている。

 あんまりにも立派な体格なものだから僕はたまらず息を呑んだ。


「街で見かける犬と比べれば、ずいぶんと大きいのがわかるな。まるで狼と見まごうばかりだぞ」

「牧羊犬の役目は森に棲んでいる狼や大山猫、それにモンスターたちから羊を守る事ですからね。普段は大人しいもんだけれど、勇気と忠誠心の塊みたいな存在ですよ」

「つまり、あの犬たちは羊の群れにとって騎士というわけだな」

「まさにご名答です、女騎士さま」


 満面の笑みでチェリオくんがそう返事をすると。

 シャブリナさんはとてもだらしのないニヘラ顔をしていた。


「……は、鼻の下が伸びてるよシャブリナさん。僕らは訓練学校を代表して聞き込みに来ているんだからっ」

「にゃ?! かっ勘違いしないでくれセイジ。わたしは貴様一筋であって別に心変わりしたとか、そんなことはないじょ??」


 無理しなくていいよシャブリナさん。

 残念女騎士は少年が大好きってハッキリわかるんだね!

 そんな僕らのやり取りを見てクスクスと笑っていたチェリオくんだ。


 やがて緩やかな起伏の畑を超えた辺りで、年配の羊飼いの姿が飛び込んできた。

 小高い丘から周囲を見渡しながら、時折口笛ひとつで何匹かの牧羊犬たちに合図を飛ばしているんだ。

 僕らの姿に気が付くと、片手を上げて挨拶をした。


「おおチェリ坊じゃないか。どうしたんだ、今日は羊の世話をしなくてもいいのか」

「こんにちはおじさん! 爺ちゃんのお使いで、ブンボンの冒険者学校から来られた女騎士さまと賢者さまを案内していたところなんだッ」


 丘を駆けあがるチェリオくんを追いかけて、手短に自己紹介を済ませる。

 肥えたエリマキトカゲの噂を聞きつけて冒険者訓練学校が村の調査をしている事。僕らにとってはこれが卒業検定の演習だから協力して欲しいって話を、掻い摘んで説明した。

 僕がフィールドバッグの中からバジリスクのポンチ絵を取り出して見せたところ、


「ああこれか。言われてみれば見覚えがあるな」

「おおっそれは本当か?! バジリスクという名のモンスターなのだが、間違いないのだなっ」

「森の近くで見かけたデカいトカゲが、確かこんな感じの姿をしていた気がするぜ」


 やっぱりこの村で目撃された肥えたエリマキトカゲは、バジリスクなんだろうか。

 そんな風に僕らが顔を見合わせて興奮していると、何だかノンビリした口調で羊飼いのおじさんは懐かしんでいる。


「デップリ肥った感じの熊みたいな大きさだったが、どんくさそうなヤツだったんで心配してたんだ」

「「?」」

「最近はあまり姿を見せないが、元気にしているんだろうか……」


 その咆哮は聞く者を恐怖のどん底に陥れる、なんて魔力の宿った咆哮をまき散らす凶悪なモンスターのはずなのに。

 おじさんの話を聞いても、そんなバジリスクについて言及している様にはちょっと思えない。

 噛み合わない会話に違和感を覚えながらも、恐る恐る僕は言葉を続ける。


「ゴホン……その、バジリスクというのは深い森や山の洞窟を棲家にして、その周辺一帯を縄張りにする習性があると文献に書かれているんです。例えば空気を震わせる様なバジリスクの咆哮を耳にしたと村のひとたちから証言があったんです。おじさんはそれを聞いた事がありますか?」

「あ、あるぜ」

「?! 貴様、その話詳しく聞かせてもらおうかッ」


 シャブリナさんは羊飼いのおじさんの両肩を掴むとガクガクと揺さぶった。

 驚いたおじさんは、迷惑そうに森の外れを指さしながら言葉を吐き出す。


「ゆ、夕方になったら滝の泉の方から聞こえてくる、地鳴りの様な震える響きの事だろう……?」

「そうだ! それがバジリスクの咆哮だ! 貴様はそれを聞いてお漏らしをしたり、気が変になったりしたという事はないか?!」

「この通り俺はピンシャンしているが……」

「では他に咆哮を聞いた者で、ジョビジョバした人間はいないかっ?」

「な、無いと思うぜ。お子様じゃあるまいし、十歳以上(おとな)でお漏らしするヤツがいたら、そいつはお股の蛇口が壊れているに違いないぞっ」

「「…………」」


 資料に残っているバジリスクの情報とおじさんの証言は、明らかに違うものだった……

 それならと、羊飼いのおじさんが教えてくれた実際の目撃箇所に足を運んでみたんだけれども。


 牧草地の向こうに広がる深い森は、確かにモンスターが隠れ潜んでいてもおかしくない様な不気味な雰囲気が漂っていた。

 けれども鳥のさえずりや時折遠くに聞こえる獣の鳴き声を別にすれば、何もおかしな様子はない。

 ビッツくんたち三班のみんなが確認したバジリスクの足跡も、確かこの付近だったはずだ。

 僕は広げた地図をチェリオくんに見せて質問した。


「村長さんも、牧草地のはずれで大きな足跡が見つかったと言っていたんだけど」

「ああ、爺ちゃんが言っていた大きな足跡ってのはアレの事かな? ちょっと待ってください。足跡みたいなのがあるのは、この先だから」


 先導するチェリオくんの後を追いかける。

 化物の足跡が見つかった場所に近づくってのに、少年は恐怖する様子も無かった。

 一応はいつでも剣に手をかけられる様に警戒をしているシャブリナさんだけど、歩きながら小声で僕に愚痴を零してくるんだ。


「……これであの爺さんの困った困ったという言葉は、間違いなく演技だったわけだな」

「そうだよね。バジリスクを目撃した羊飼いのおじさんなんか、最近見ないし元気にしてるかなとか言っていたや」


 家畜が襲われたという話だったけど、それにしては緊張感の欠片もない感じだったからね……


「仮にバジリスクが実際に存在していたとしても、文献に描かれていた様な化物じみた存在ではないのだろう。熊みたいなトカゲと言っていたから、大きさもさほどではないはずだ。そうなると、両腕で輪っかを作った様な巨大な足跡というのも、疑わしくなってきたな……」

「うん。そうだね……」

「やはり、教官たちが話を盛ったというのが実情で間違いない」

「おじいさん村長も口裏を合わせて大袈裟に言っていた感じだし」

 

 ため息交じりに僕らが愚痴を零していたのが聞こえたのだろう。

 振り返ったチェリオくんが苦笑を浮かべながら足を止めた。


「冒険者のひとたちも大変だなあ。たぶん爺ちゃんが言っていた足跡というのは、これの事だと思いますよ。ほらコレ、モンスターの足跡みたいな形でしょう?」

「何だ、ちゃんと存在しているじゃないか」

「本当だ。どう見ても大きな化物の足跡みたいだけど……」


 しゃがみ込んだシャブリナさんが、大きな足跡みたいなクッキリとした地面の窪みを触る。

 土が乾燥していてカサカサになっていたけど、形が綺麗に残っているからさほど日数は経過していないみたいだった。

 ビッツくんたちが残した足跡のスケッチと見比べてみたところ、たぶん同じものだろう。

 何ともおぞましい鍵爪の大きさを見て身震いしそうになった。けれども、


「これ、確かに足跡みたいに見えると思うんですけど。実のところ足跡でも何でもないんだよなぁ」

「……どういう事だチェリーボーイ。わたしたちにもわかる様に説明してもらおうか?」

「森の近くに自生しているお化けテンサイを鍬で掘り起こすと、こんな感じになるんですよ! この爪痕みたいになってるのが鍬を入れた後で、膨らんだ根っこを掘り返すと丸くそこに穴ぼこができるんですよね」

「き、貴様。きゃわいらしい顔をして、実はわたしたちをおちょくっているんじゃないだろうな……?」

「ハハハ、そんなまさかっ」


 テンサイは砂糖大根と呼ばれるぐらいだから見た目は大根みたいな姿をしているんだけれども。

 聞けば畑で収穫されるテンサイと違って、森に自生しているものはどういうわけか普通の何倍にも大きな根っこに成長するというから驚きだ。


「大きい割に、森で採れたお化けテンサイは味が薄くて苦みもあるしイマイチなんだ。だから俺たち羊飼いや木こりのひとが、仕事のついでに掘り返しても怒られないんですよ。よかったら後で食べてみます? 煮詰めれば大味だって言っても甘くなりますよ」


 すると苦々しい顔をしたシャブリナさんが吐き捨てる様にこう口にする。


「……甘ったるいのはわたしたちの事前調査だけで充分だ。間に合っている!」


 これを発見したビッツくんたちがバジリスクの足跡だと思い込んでいたもの。

 その正体は、テンサイを掘り起こした後にできた大穴だったんだ……

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