109 聞き込み調査です!
スジーの村を見渡せば、僕の視界一杯に田園風景が広がっていた。
あれはきっとトウモロコシ畑で、あっちはこの村の特産品だという砂糖大根の畑だろう。
農作業をする村人や、放し飼いにされた犬を追いかける子供たち。
そんな牧歌的風景を目の当たりにして、僕は何とも言えないため息を零したんだ。
「わぁ。何だかとっても落ち着く風景が広がっているね。こんな村の近くに恐ろしいモンスターが出没するなんて、ちょっと想像できないや」
ホームレスになる以前の記憶が曖昧な僕にとって、ブンボンの街の外は何もかもが新鮮だ。
物珍しい気持ちで辺りを見回していると、ニコニコ顔のシャブリナさんが僕を追いかけて来る。
「やけに嬉しそうにしているなセイジ」
「そ、そうかな?」
「ああそうだぞ。そんな貴様の顔を見ていると、こっちまで幸せ気分になってくるから不思議だ」
「でも現実にはバジリスクが村のすぐ近くにいるんだよね。姿かたちはまだ見つかっていないけれど、早く何とかしないとスジーの村人たちが大変なことになる」
「そうだな、だから貴様とわたしで解決策を見つけるために、頑張る必要があるぞ。ん?」
シャブリナさんに肩をバシバシと叩かれて、僕は浮かれ気分を引っ込めた。
洞窟迷宮に残った他の訓練生のみんなは、今も探索を進めている。
けれども、卒業検定に挑む僕らの中にバジリスクの姿を目撃した人間はひとりもいない。
魔力を帯びているという、聞く者を恐怖のどん底に陥れるという咆哮だけは確かに耳にしたけれども。
未だ正体のわからないトカゲの王様の存在に、疑心暗鬼になっているんだ。
「……まずは村のひとたちから話を聞かなくちゃね」
「ビッツたちが事情聴取したひとも含めて、それから他にも聞き洩らした情報がないかを調べなくてはならん」
「どうしよう、手あたり次第聞いて回ればいいのかな?」
「まあ見ていろ。こういう場合はいい方法がある」
見上げた僕に、自信タップリの顔をしたシャブリナさんが笑ってそう返事をした。
そうして眼前で駆け回っていた小さな子供たちにひと声かけたんだ。
「おい貴様たち、ちょっといいか」
「何だい騎士のお姉さん!」
「おおっホンモノの騎士さまだ。騎士さまなんて俺、はじめて見たぞ?!」
「ぼくたち何も悪いことはしてないよ! 本当だよっ」
元気にはしゃぐ子供たちは、グルリとシャブリナさんの周りを走りまわる。
そうして珍しそうに騎士装束を身につけた彼女を見上げると、口々に感想を言い放ったのだ。
僕の事は興味が無いのか、チラリと一瞥されただけで無視を決め込まれてしまった……
対するシャブリナさんは満面の笑みを浮かべると、膝を折って子供たちの顔を見比べるんだ。
「なぁに、貴様たちを取り締まるためにわたしはこの村へ来たわけではない。だから安心するといい」
「ほ、本当に?」
「本当だとも。わたしたちは村長の屋敷を探しているのだが、誰か貴様たちの中で案内してくれる者はいないだろうか。ん?」
少年が大好きなシャブリナさんの事だ。
ニコニコ顔で子供たちにそう言葉を続けると、優しい表情でそんなお願いをした。
すぐにもホっと安堵の表情を浮かべた子供たちは、シャブリナさんの手を引いて「村長の家はこっちだよ!」と案内を買ってくれた。
スジー村のあぜ道を歩いて、村でもひときわ大きなお屋敷前まで僕らは連れてこられたんだ。
すぐにも使用人のひとが応接室に案内してくれ、村長さんを呼びに退席した。
「こういう場合はリーダーを介して情報を集めるのが一番手っ取り早い」
「なるほどなぁ。村長さんなら村人の事は良く知っているだろうしね。
「騎士団でも捕り物をする時は、地域の事情通に話を通すところからはじめるからな。それに村長ともなれば村で起きた出来事はおおむね掌握しているだろう」
村長はブンボン領主さまから村の自治権を委任されたひとだから、当然村や村人の情報を把握するのが義務だけれど、同時に村外れにある洞窟周辺の地理についても詳しいはずだ。
この村には僕らが探索を続けている洞窟ダンジョンだけじゃなく、むかしの王国時代の古代遺跡なんかも残っているというはなしだから、そちらについても詳しく聞けるかも知れない。
「それにな、」
「?」
「多少ズルい方法ではあるが、これはあくまで卒業検定の演習として村を訪れているわけだ。村長の顔色を伺えば、どの程度の難易度であるかを秤にかける事ができるかもしれないぞッ」
子供たちの前とは打って変わって悪い顔を浮かべたシャブリナさんが、ソファに腰を落ち着けながら小声でそんな事を言った。
「そ、それってズルをしている事になるんじゃないの?」
「何を言うかセイジ。犯罪捜査をする時は情報収集する相手の表情から色々見極めるのもテクニックのひとつだ」
「そ、そうかも知れないけど……」
「本当にバジリスクの存在に村人たちが怯えているのであれば、それこそ黙っていてもアレコレと話をしてくれるはずだぞ。まあ見ていろ……」
自信タップリにシャブリナさんが腕組みをしてみせる。
するとたわわなお胸が寄せてあがり、僕は押し黙ってしまった。
そうしているうちに村長さんが応接室へやってきて、僕とシャブリナさんを交互に見比べながら笑顔で挨拶をしてくれた。
「わしがスジー村の村長をしております、ホイでございますじゃ。この様な片田舎にブンボン騎士団の騎士さまが、いったいどの様なご用件で……?」
ホイと名乗ったおじいさん村長は、しわくちゃの顔で質問した。
騎士装束を身に纏ったシャブリナさんを見て、いったい何事かと驚きと不安の表情をしているみたいだ。
チラリとシャブリナさんの顔を見やると、アテが外れたみたいな顔をして僕の方を見返してくるじゃないか。
相手の表情を読みとって犯罪捜査の手がかりを見つけるんじゃなかったの?!




