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107 いいえバジリスクの咆哮です!

「みなさん傾注! 先ほどの咆哮は、バジリスクのもので間違いありませんわね?!!」

「事前の情報から類推すれば、それしかないだろう!」

「誰だよ肥えたエリマキトカゲなんて言ったヤツは。ありゃそんなかわいらしいモンじゃなかったぞ?!」


 自慢の巻き髪にヘアカーラーを付けたままの状態で、寝起きに飛び出してきた訓練生たちを見回しながらドイヒーさんが状況確認をした。

 仲間たちは口々に悪態を付いていたけれども、その表情はみんな引きつっている。

 シャブリナさんの姿が見当たらないところを見ると、泉の滝にある洞窟迷宮の入口まで偵察に向かったのかも知れない。


「ベースキャンプにバジリスクの襲撃があるかも知れませんわ。今のうちに戦闘態勢を整えておきませんと」

「うんそうだね。回復職のひとたちで手分けして、みんなにダメージカットとか防御系の支援魔法を付与した方がいいかも知れないよ」

「コクコク。みなさん、わたしがダメージカットの魔法をかけるの。ここに順番に並んでくださいッ」


 僕はドイヒーさんとティクンちゃんと顔を見合わせて、即座に今やるべき事を確認した。

 訓練生のみんなも、起き抜けの武器や防具もチグハグな状態でティクンちゃんの前に並びはじめる。ひとまず最低限の身を守れる状態にだけはしておかなくちゃ。


 そうしていながら、僕はもう一度ベースキャンプをグルリと見回した。

 これが緊急事態なら間違いなく卒業検定に同伴している教官たちが、何事か口を挟むだろうと思ったからだ。

 視界の端にはゴリラ教官とミノタウロス教官、それから今回の演習のために応援で参加していた他の教官たちの姿があった。

 みんなで集まって協議しているらしいけれども、その姿は意外にも落ち着いている様に僕は感じたんだ。


「ドイヒーさん。たぶん教官たちは今回のけたたましいモンスターの夜泣きを、緊急事態だとは思っていないみたいだよ」

「参加されている教官のみなさんも、普段の実地訓練に比べれば倍の人数ですものね。いざとなれば教官たちのみなさんで対処できると踏んでいるんですわよきっと」

「だったらたぶん、これは想定範囲内の出来事なんだろうね」

「夜明けまで全員で待機状させて、例えトカゲの王様に襲われても返り討ちにできる状態にしておきませんと……」


 シャブリナさんは何処に行かれましたの?

 そんな愚痴を零すドイヒーさんの胸の谷間で、てぃんくるぽんは今しがたまで睡眠を取っていたらしい。

 モソモソとそこからはい出した七色に輝くなめくじは、ビョーンと僕の肩に飛び移って来る。


「ハァハァ、少しだけ休憩させて欲しいの。立て続けにこれをやると、さすがに疲れてしまいますッ」


 浅い息を繰り返しながら支援魔法を並んだ仲間に施していたティクンちゃんだ。

 そこに遅れて参加した他の回復職のみなさんたちが、順番に別の魔法をかけていくのが見えた。

 しばらく全員で緊急事態に備えながら装備を改めていると、不寝番に付いていた数人のメンバーを引きつれてシャブリナさんが本部テントの側にまで戻って来た。


「やはり咆哮が聞こえたのは洞窟の中からという事らしい。起きて見張りに付いていた人間が言うには、そいつを聞いたのは一度きり。耳にした途端に背中が縮み上がる様な思いをして、たまらず頭が混乱したというからバジリスクのそれで間違いないだろう」


 深刻な表情でひとしきりの報告をしてくれたシャブリナさんは、本部テントに集まった各班長それぞれの顔を見比べながら腕組みをした。


 緊急ミーティングには同伴している教官たちを代表して、ゴリ教官の姿もある。

 チラリとドイヒーさんが視線を送ると、真剣そのものの表情でコクリとたた頷いてみせるだけだった。

 今までみたいに笑顔で見返すなんて事は無いから、これが例え想定範囲(、、、、)であっても油断できるものじゃないって事だろう。

 ドイヒーさんもそれを理解してかシャブリナさんティクンちゃんとアイコンタクトを取った後に、僕を見やってからゆっくりと言葉を絞り出したんだ。


「卒業検定はすでにはじまっておりますものね。これはわたくしたちだけで対処しなければならない事ですわよ」

「うん、そうだな」

「洞窟内部の調査はまだはじまったばかりですし、中に踏み込むというのは得策ではありませんわ。ひとまず夜が明けるまでこのまま警戒態勢を維持しながら、いつでもモンスターの襲撃に立ち向かえる様に備えましょう」

「わかったぜパン屋の姉ちゃん。ちっと睡眠不足だが、このぐらいの事は予想の範囲だ」

「あくまでも目的は全員無事でなければなりませんわ。その上でしっかりとわたくしたちは卒業検定を合格する。いいですわねみなさん? それが最高の冒険者というものですわっ!!!」


 決意の表情を新たにドイヒーさんがそう宣言すると、みんなも互いに顔を見合わせて語気を強めた。


「「「応ッ、冒険者は最高だぜ!」」」


 そんな混乱の中で緊張と興奮がない交ぜになった気持ちのまま。

 僕らは夜明けを迎えるその時まで、完全武装の状態でベースキャンプに待機し続けた。

 眠気はさざ波の様に襲い続けてきたけれど、ひとまず無事に朝陽を拝む事ができた事実に、僕らは真底ホっとしたんだ。


「……朝になりましたわね」

「そうだね。何だかんだでグッタリ疲れちゃったけど、あれから何事も無くて本当に無事でよかった」

「コクコクっ。おトイレを我慢したのでちょっと用を足しにい行ってきますッ」

「おい貴様、あまり遠くまで便所をしにいくんじゃないぞ!」


 班のみんなで無事を喜び合ったけれども、今日から予定していた本格的な洞窟探査の計画は台無しだ。


「まあ、日常的に迷宮へアタックしていればこういう事も稀によくあるというやつだろう。ドイヒー、交代で少し休憩を挟んだら、班長たちを集めて計画を練り直しとするか」

「そうですわね。わたくしたちを恐怖のどん底に陥れた肥えたエリマキトカゲの正体、この目でぜひ暴いてみたいものですわっ。みなさんそれでよろしくて?」

「うん、問題ないよ」

「そのう。バジリスクの部位を煎じて飲めば、きっとお漏らししなくなるのッ」

「お黙りなさいジョビジョバさん!」


 疲れは確かにあるけれども、僕らは気持ちを次に切り替える。

 まだまだ卒業検定ははじまったばかりだからねっ。

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