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106 それは抱き枕ですか?

 旅疲れもあったんだろう。

 洞窟迷宮における演習初日の夜は、早い時間に就寝する事になった。

 明日からは三交代制で探索に予定になっていた。

 けれど、今日のところは全六班のうち四チームしか探索には参加していなかったんだ。

 だからベースキャンプで待機していた残りの班が、今夜の不寝番を担当する。


「ギルマス殿も、ゆっくり寝てくれていいからな」

「いつぞやノッポの姉ちゃんが夜這いを働いた時みたいな事にはならねぇから、安心してくれや」

「「「ガハハハハ!」」」


 そんな風に笑ったクラスの仲間たちを見て、シャブリナさんが悔しそうな顔をしていたけれども。

 訓練学校の練兵場でやっったキャンプの夜に、僕の寝ているテントに忍び込もうとしたのは事実だからね……


「しょ、しょんな顔をするなセイジ」

「そのう、シャブリナさんは抜け駆けをした前科があるのッ」

「わたしはわけもなく貴様を悲しませる様な事はしないと、心に誓っているのだ! 本当だぞセイジ!」

「そんな事を申しましても一切信用できませんわねぇ。シャブリナさん、あなたは事セイジさんの件になりますとオッペケペーになりますもの」

「失った信用を簡単に取り戻す事はできないのですッ。わたしもお漏らし常習犯だと思われてるの……」


 いやティクンちゃんの場合は思われているんじゃなくて、事実だよね?


 後の事は不寝番をするチームの班長たちに任せて、僕らはキャンプファイアの側を離れた。

 実際に不審者がベースキャンプに現れるとはだれも思っていなかったけれど、モンスターに不意を突かれるなんて事はあるかも知れない。

 でもその場合だって、夜の見張り中も卒業検定に帯同している教官たちの誰かが当直にあたっているはずだから、その点では安心だよね。


「昼間の土砂降りで寝袋が水浸しになってしまったけど、毛布だけは濡れずに済んで運が良かったや」

「ま、今日のところはその毛布を被って雑魚寝するしかあるまいな」

「天候を見る限り、明日は急に雨が降り出すなんて事は無さそうですもんねぇ。わたくしたちが探索をしている昼間のうちに寝袋を干していれば、きっと乾きます。モジャモジャさんが毛布におねしょをしなければ。おーっほっほっほ!」

「「「…………」」」


 笑えない冗談を口走ったドイヒーさんに僕らは顔を見合わせた。

 真っ赤な顔をしてティクンちゃんが俯いてしまったけれど、今のうちに便所を済ませておけとシャブリナさんに言われて、そそくさと離席したんだ。


 こうして毛布にくるまって雑魚寝した班のみんなは、口数も少なくやがて静かに寝息を立てはじめたんだ。

 本物のダンジョンに挑んだ事は過去にもあったけれども。僕たちだけの力でアタックに挑戦したのは完全にはじめてのはじめての事なんだ。

 テントの隙間から差し込んだ月明かりに照らされて、酷く気難しい顔をして眠っていたドイヒーさんの顔を見た時に色々と考えてしまったんだ。


「ドイヒーさんも慣れないギルマス役で、お疲れだよね。少しでもゆっくりやすんでね。てぃんくるぽんも、今夜はあまり魔力をちゅうちゅう吸ったらだめだよ?」

「ムニムニ」


 寝冷えするといけないから、毛布をしっかりとドイヒーさんにかけてあげる。

 そうして僕もズタ袋を枕にして毛布にくるまった。

 ミノ教官が語っていた、ダミーの白骨人形と本物の白骨死体の話、どうしてその事をコッソリと耳打ちしたんだろう。

 ダミーの白骨人形を洞窟内に設置したのは、訓練生を脅かす目的があったはずだ。

 教官が下見を済ませた本当の意味で危険性がない、そんな安全を確保された場所と思われないためにそうする必要があったんだろうと思う。


 じゃあ本物の白骨死体。恐らくは以前から洞窟迷宮内にヒッソリと横たわっていただろう存在は何なのだろう。

 もしかするとずっと以前にダンジョン踏破に挑んだ冒険者の慣れの果て?

 だとすれば報われない亡骸だよ……


「冒険者になるって事は、当たり前だけれど危険と常に隣り合わせだったんだよね」


 訓練生としてダンジョンに挑んでいる間は一定の安全が確保されているため、僕らはしばしばその事を失念してしまっていた。

 教官は忘れかけたその緊張感をもって卒業検定の演習に挑みなさいと、そう注意喚起したかんたんだろうね。

 だからあえて洞窟の下見をした際に見つけていた、冒険者の亡骸をそのまま安置していたのかも知れない。


「……セイジ、貴様も早く寝るんだ」

「あっ、ごめんシャブリナさん。起こしちゃった?」

「ん。今夜は妙に寝付けなくてな」


 もうみんな寝静まっていたと思ったら。

 不意に暗がりの中でシャブリナさんの小さな声が漏れ聞こえたんだ。

 いつもの堂々とした彼女の口振りとは違って、それはどこか優しさの含まれたものだった。

 暗くて周りは見えないけれど、そんな甘い言葉を口にした彼女がゆっくりと身を寄せたのが空気で分かった。


「だが明日になれば本格的な迷宮アタックもはじまるし、そうなれば忙しくて寝る間も惜しくなるだろう。今のうちにしっかりと体を休めておく必要があるぞ相棒?」

「そうだね。まだバジリスクの姿を見たわけでもないのに、今のうちから緊張しちゃってたや」

「何事もはじめての経験をする時は、ワクワクする気持ちと不安な気持ちが内在するものだからな。わかるぞセイジ」

「……う、うん」

「だがそんな些末な事は気にしなくてよい。このわたしが貴様の事を必ず守ってやるからなッ」

「ふもっ。息が苦しいよシャブリナさんっ」


 甘い吐息が頬を撫でたかと思うと、闇間にシャブリナさんの腕が伸びて僕を抱きしめたんだ。

 抵抗するとみんなが起きてしまうと思って観念したんだけれど、彼女は決して無理矢理に羽交い絞めにしたわけじゃなかった。


「わたしがいつも側にいる、安心しろ。わたしも貴様が側にいれば安心できる」

「うん……」


 優しく僕の背中に手を回すと、シャブリナさんはそんな言葉を呟いた。

 先ほどまでの不安や恐怖の様なものが、そうすると自然に体から抜け落ちていく様な気がした。

 少しの緊張はまだ残っていたけれどもそんな事は些末な事なきがして、気が付けば僕はシャブリナさんの胸の中に抱きしめられながら意識を手放していたんだ。


 どれぐらいの時間が経過したんだろうか。

 夜の草むらからは、朦朧とした意識の中に虫の鳴く音色が聞こえていた様な気がする。

 きっと夜の夜中になって、深い眠りから解放されたタイミングだったんだろう。

 規則的なみんなの寝息を耳にしながら寝返りを打った僕は、ゆっくりと抱き心地のよい何かにしがみ付きながらもう一度意識を手放そうとしたんだ。


 けれどもまた抱き枕に体を沈めてしばらくしたところで、強制的に覚醒したんだ。


 ドオオオオオオオオン!


 そんな天幕の布を震わせるような激しい音響が夜の闇を駆け走った。

 何事かと咄嗟に目を覚ましたところ、今までは抱き枕だと夢うつつの状態で思っていたそれが即座に上体を起こした。

 シャブリナさんだった。

 すぐにも脇に置いていた長剣の鞘に手をかけながらも、サンダル履きの状態でテントから飛び出す。


「ど、どういう事なの!?」

「セイジはそのままそこにいろ! ドイヒー、貴様はいつまで寝ているのだ?!!」

「ひっ、今のでお漏らししてしまいましたッ」


 僕が体を起こしたときにはすでにティクンちゃんも目を覚ましていたらしい。

 当然だ。あれだけ体の芯まで震わせる様な恐怖の怒声を耳にしたのだから、それでも眠り続けている人間なんているはずがない。


「何だ今のは、洞窟の方から聞こえてきたぞ?!」

「わからん、あれが例のトカゲの王様が発するという魔法の咆哮なのか?」

「正直チビるかと思ったぜ。とにかく滝の洞窟入口に今起きている不寝番を何人か向かわせてくれッ」

「わかった。ふたりひと組で必ず行動、だったな?」

「ああそうだ。自分たちだけで絶対に中に入ろうとするなよ」


 そんなの当たり前だぜ!!

 シャブリナさんと複数の訓練生が、テントの外で言い合っている声が聞こえた。

 野太い声で返事をしたのは、不寝番に当たっていた二班のひとだと思う。

 確か筋肉魔法とかいう不思議な付与魔術を得意にしていたお兄さんだったはずだ。

 テントの外は真夜中だというのに、にわかに喧騒が増していた。


「……おふたりとも。申し訳ありませんけれども、体を起こしてくれませんこと?」

「だ、大丈夫なのドイヒーさん。魔力の方はちゃんと復活しているかな」

「あのう、聖なる癒しの魔法をかけましょうかっ?」

「そちらの方は問題ありませんけれども、寝起きはどうしても血の巡りが悪いのですわ……」


 とても疲れた様な顔をしたドイヒーさんだけれど、すでに頭はしっかり覚醒しているらしい。

 僕とティクンちゃんが背中に腕を回して助けながらテントの外に出ると、本部テント前もキャンプファイアの前も阿鼻叫喚の騒ぎになっていたんだ。

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