105 ミーティングの時間です!
その日の夕方の事だ。
洞窟の入り口周辺を調べ終えた僕らは、いったん探索を切り上げてベースキャンプへと戻っていた。
内部の情報を共有するために、各班のリーダーとギルマス三役が本部設営テントに集まったんだ。
「現在までに発見されたモンスターは、ミルクワームとサラマンダー、それにスライムですわね」
指揮棒を片手に、簡易テーブルに広げられた地図を覗き込みながらドイヒーさんが示す。
すると各班のリーダーたちが覗き込みながら次の言葉を待った。
「ミルクワームが発見された場所は、こことここ。洞窟の比較的浅いエリアに生息している様子ですわね。数は多いのですけれども、洞窟の壁面に擬態しているせいで全てを駆除できたわけではありませんわ。油断禁物、要注意ですのよみなさん」
「一匹を攻撃すると、危険信号フェロモンをまき散らして仲間を呼び寄せるから、貴様たちも一斉に襲われない様に立ち回る必要があるぞ」
シャブリナさんが言葉を言い添えると、班長のみなさんたちはそれぞれ違った反応をした。
バツの悪い顔をしたひとは、それで苦戦をした証拠だろう。生唾を飲み込んで頷いたひとは、想像して厄介だなと思ったに違いない。
「それから紫色のスライムというのは、今までに見たことがないタイプのものでしたわね。数は少ないかわりに攻撃性が強く、鈍器で叩きつけると分裂する場合があるそうですわ」
「対処法は一般的なスライムと同じだが、とにかく分裂するので要注意だ。ちなみに分裂すると高確率で脱走を試みるそうだ。深追いは禁物だからな」
ダンジョン内部の詳細がまだよくわかっていないうちは、逃げた紫スライムを追いかけるのは危険だよね。
ドイヒーさんとシャブリナさんの言葉に、顔を突き合わせたみんなはいちいち納得した。
「最後にサラマンダーの情報ですけれども。それではセイジさん、六班が回収してきた例のものをお願いできますこと?」
「うん、わかったよ。ドイヒーさん地図を脇に寄せてくれるかな? ティクンちゃんは僕と一緒に手伝ってもらえる?」
「任せておけセイジ」
「了解なのッ」
ドイヒーさんの指示に従って片づけられた簡易テーブルの上に、僕は獣皮の防水シートにくるんでいたサラマンダーの死体を置いた。
シートを広げると、一斉にみんなが顔を寄せ合ってそいつを覗き込むんだ。
「コホン、これがサラマンダーの回収個体ですわ」
「サラマンダーというのは、やけにペッチャンコの体をしているんだなおい」
「いや、内臓処理をしているからだろう」
「それにしても赤黒いし気味が悪いぜ……」
班長たちは口々に言いたい放題で感想を言った。
「事前の情報通り、興奮状態になると炎を身に纏って攻撃してくるのは間違いない様ですわね。この大きな口から炎の魔法攻撃をしてくるので、スライムやミルクワームとは違い、みなさんはお互いの距離を取って対処する必要がありますわ」
「とは言っても動きはさほど素早くはないし、魔法の攻撃モーションを見れば避けるのは難しくはないぞ。タンカー役が前面で受け止めながら、ドイヒーが言う様に冷静に対処する事が求められる」
「まだサラマンダーの皮膚に触れて毒にかかった方はおりませんわ。もしも不調を訴えるメンバーがおりましたら、救護役の教官どのか、ティクンさんにご報告してくださいましな」
「コクコクッ」
僕らの班はまだサラマンダーと遭遇したわけじゃなかった。
けれど、斥候役をしていた三班や他のチームのひとたちは、洞窟の分岐先ですでに戦闘していたらしいね。
洞窟ダンジョンの全容はまだ把握されていないけれど、今のところ遭遇率を考えるとサラマンダーの個体数はさほど多くないのかも知れない。
「……問題はこの洞窟迷宮が、自然発生系のダンジョンという点ですわ」
「今のところモンスターが発見された箇所は僕が地図上にチェックを入れているけど、部屋が区切られた古代遺跡タイプの迷宮と違って、モンスターが自由に行き来できるもんね」
「セイジさんの仰る通りですわ。現時点で発見されていない場所でも、今後遭遇する可能性は十分にありますの。完全なセーフティーゾーンは今のところベースキャンプのみと心得ていただきたいですわね」
ドイヒーさんの言葉に僕が意見を添えると、大きく頷きを返しながら各班長たちをグルリと見回した。
「「「……ゴクリ」」」
今までだったらこういった注意は教官たちが僕らを集めてミーティングしていた。
それが今は自分たちで全部やらなくちゃいけないんだ。
だから、ギルド三役をしているドイヒーさんやシャブリナさん、それに僕は何か見落としがないかと必死で手元にあるメモ書きの紙片を確認したり、お互いに班の仲間と顔を見合わせたり。
各班長たちも聞き入ったりメモを取ったり、真剣そのものの表情だった。
「現状では、まだバジリスクの存在を確認できる足跡や咆哮を耳にしたという報告は受けておりませんのよね。もしもそれらの痕跡を発見した際は、各班が独自で対処しようとせず、すぐにも引き上げてわたくしの元へ報告してくださいましな!」
了解だぜドイヒー。と、みんなが返事をしたところで、班長を集めたミーティングは解散になった。
まだ洞窟迷宮に到着してベースキャンプを設営したばかりの初日だからね。
今日のところは探索を継続せずにしっかりと旅の疲れを落として英気を養おうという事になったんだ。
各班交代で不寝番を出すことにしてその順番を確認すると、それぞれの班のリーダーたちは自分たちのテントへと引き上げていった。
夕飯の支度を居残りしていたチームのひとたちが担当していたはずだから、少しの休憩時間を挟んでこの後は晩御飯だ。
「はぁ~っ。さすがに今日は緊張の連続でしたわぁ」
「まだダンジョンの全容も把握できていないのに、今のうちから疲れていたらキリがないぞ」
「そのう。卒業検定の演習ははじまったばかりなにですッ」
大きく伸びをしながら本部設営テントを出たドイヒーさんに続いて、肩の具合を確かめながらそれに続くシャブリナさんや、ビクンと背筋を伸ばして緊張を解くティクンちゃん。
僕はと言うと持ち替えられた気味の悪いサラマンダーのサンプルを片づけてから、みんなの後を追いかけた。
そんな僕たちの視界の端には、常に教官たちが映り込んでいた。
ミーティングの最中も決して口を挟まずに見守っていたんだけれども、ふと気になる事があったので眼が合ったミノタウロス教官にこんな質問をしたんだ。
「えっと、教官殿に質問があります」
「どうしたセイジ訓練生?」
「ダンジョンのあちこちで見つかった、冒険者風の格好をした白骨人形なんですけれど。あれは教官たちが事前に持ち込んで設置したのであってますよね?」
ああ、あれか。
そんな風に小声を漏らしたミノ教官は、腰をかがめるとフンスち鼻を鳴らして見せた。
「確かにあの白骨模型の一部は、俺たち教官が持ち込んだもので間違っちゃいない」
「やっぱり、そうだったんですね。よくできていたので、本物かと思ってみんなでビックリしていたんです」
「まあ俺たちが持ち込んだ以外に、本物があった時はビックリしたんだけどな。ハハハ」
「えっ」
何でもない事の様にサラリと言葉にしたミノタウロス教官だ。
そのままウィンクひとつを飛ばして本部テントを出ていくと、僕はまるで魔法でもかけられた様に驚いて体が硬直してしまった。
確かにダミーの白骨人形は存在しているけれども。
それ以外に僕らが発見したものの中には、ホンモノの白骨死体が混じっていたという事だ。
むかし、バジリスクの犠牲になってしまったスジーの村人や冒険者のものなんだろうか……
そんな恐怖を肌身に感じながら過ごすダンジョンアタック初日の夜。
毛布にくるまって眠っている僕らは、暗闇の中に響き渡る不気味な咆哮を確かに耳にしたんだ。




