103 よみがえる殺戮者です!
てぃんくるぽんが跳躍した。
天井から次々にボトボト落下するミルクワームの集団めがけて、勢いよく戦いを挑んでいったんだ。
見た目は七色に輝く親指サイズのなめくじだけれど、それでもドイヒーさんが使役する使い魔。
きっと呼び出された殺戮者とか呼ばれるぐらいだから、秘めたる力が備わっているんだよ。
けれども。
「お、おい大丈夫なのか貴様の使い魔は。発光を強めた途端、次々と周辺のミルクワームまでなめくじに集まり始めたぞ」
「きっきっと大丈夫に違いありませんわ……」
そういう習性が乳色芋虫にはあるのだろうか。
勢い勇んで飛び出したてぃんくるぽんが、力強く眩い光を巻き散らしたところ、周辺から波打つ様にミルクワームたちが集まり出すんだ。
あまりの気持ち悪さに、僕は眼をそむけたくなる気持ちで一杯だった。
「あのう、見て下さい! てぃんくるぽんがミルクワームのひとつに噛みついていますっ」
「そのままエネルギーを吸収して、自分の体に取り込もうとしてるのかな?!」
「それにしては数が多すぎる。いくら食い意地が張っていても、一〇〇匹を超えるあのサイズ芋虫は食べれないだろう?」
「食べるのは魔力、生命力だけですから、後はお残しするはずです」
本当に勝ち目があるのかと途中から疑いの眼を向けていた。
何しろ多勢に無勢だからだ。
僕もいつでも戦闘に参加できる様にとその隙に鈍器を手に構えていたし、ティクンちゃんも急いでお揃いのモノを用意した。
今もシャブリナさんは集団の輪から飛び出したミルクワームを、ブーツで踏み抜いたり剣の切っ先で止めを刺したりだけれど。
「小さな体でも魔物は魔物、迷宮暮らしの心強い味方ですわ! 勝者はいつもわたくし、ですのよ。おーっほっほっほ!!」
まるで勝利宣言をしたかの様なドイヒーさんだ。
そのまま集まるだけ集まったミルクワームの集団に向けて黒くて大きくて禍々しい長い杖を構えた彼女は、例によって紅蓮魔法を唱えはじめるではないか。
「いにしえの魔法使いは言いました。フィジカル・マジカル・アッハ~ン!」
「ちょ、ドイヒーさん。ここで大火力魔法を使ったら――」
言い終わるよりも早く、ドイヒーさんの手元から魔力が流れ出るのがわかって、長い杖の先端からビームが発射された。
まさか大爆発が起きるのかと思ったけれど、そうではない。
噴き出した炎のビームが、てぃんくるぽんに群れて集まっていたミルクワームの集団を火炎放射するのだ!
「お、脅かすな。わたしはてっきり白濁液を爆発四散させる様な大火力の一撃を使うのかと思ったぞ……」
「わたくしも馬鹿ではありませんので、こういう時にどう魔法を使うのか理解しておりますのよ?」
おーっほっほっほ!
腰に手を当てて片手で火炎放射をしながら勝ち誇った態度のドイヒーさんだ。
次々にこんがり焼けたミルクワームたちは、のたうち回って後に香ばしい匂いを発した。
「けどてぃんくるぽんは……」
「ご安心くださいましな、セイジさん」
「……?」
塊の中心にいるてぃんくるぽんは、火炎放射の魔法に晒されていたはずだ。
だけど、よくよく見ると元気に自分の何倍はある大きさのミルクワームにへばりついたままで、色艶も七光りするままだ。
「使役者と使い魔との間には、魔法の影響が相互に及ばない様にリンクしているのですわ。まさかそんな事も知らずにわたくしが火炎放射の魔法を使ったとでもお思いになったのですこと?」
「い、いやそういうわけじゃないけれど。それならよかった」
てぃんくるぽんは、完全に焼き殺されなかった数体のミルクワームから生命力だか魔力だかを吸い取って、元の親指大のサイズから今はまるまる膨らんで拳ほどの大きさまで成長していた。
ドイヒーさんに寄生して、魔力をちゅうちゅう吸っていた復活前の大きさまでもどったてぃんくるぽん。
彼はミルクワームに満足したのか、のそのそと乳色芋虫の中から這い出してきて、びょーんとドイヒーさんの手元まで戻ったのだ。
囮の役割を見事にこなして、復活前の大きさに元通り。
「これでてぃんくるぽんは、正真正銘のよみがえる殺戮者となったのですわ! たくさんおあがりましたか?」
返事はない。その代わりに挨拶とばかりガジリと噛みつく。
「あいたっ。ンもうお茶目さんっ」
「相変わらず嫌われているな貴様は……」
「これも愛情表現ですのよ。さあグズグズしてはいられませんのよ、先行する三班から離れては、バックアップができませんわ!」
まる焦げになったミルクワームを洞窟の脇に避けながら、まだ生きているそれは確実に頭を潰して仕留めつつ。
さすがに冒険者生活に慣れてきて、不快な顔をしながらも白濁液を被ったぐらいじゃどうという事はないぐらいに度胸がついてきたんだね。
体中にビッショリまとわりついた白濁液をお互いの手ぬぐいで拭き取りながら、僕らは周辺の安全確認だ。
「ビッツくんたちはミルクワームの存在を見落としていたのかな」
「あれは普段擬態しているから、何かの拍子に発見しなければ見落としやすいのだろう」
「コクコク」
「ここでちゃんと発見して処分できてよかったですわね。やっかいなモンスターと遭遇した際に背後をとられれば、こうも上手くいきませんでしたわ」
それにしても……
「あのう、シスター服にひっ被った白濁液のせいで服が透けていますっ」
「貴様の貧相な体のラインが透けて見えても、喜ぶ人間はいないから安心しろモジモジ。女はひとしくわたしぐらい、グラマラスでなければならん」
ヌメヌメした手ぬぐいを絞りながらティクンちゃんが愚痴をこぼしていると、シャブリナさんが残念なニヤニヤ顔でそんな彼女をからかっていた。
ふたりとも、部分的に白濁液を被って爆発反応する装甲下着が透けて見えていた。
普段いくら見慣れていても、ちょっと扇情的に感じるのは致し方ない事なんだ。
だから僕の股に被った白濁液を手ぬぐいでふき取る度に、おちんぎん以外のものがモゾモゾしても、これは不可抗力なんだっ。
「何を言っておりますの、」
するとしたり顔のドイヒーさんが僕らを見比べて反論するんだけれども、
「物事には限度というものがありますわ。あなたのは少々下品なまでに出るべきものが出過ぎておりますのよ。こういうのは適量が一番、その点をいくとわたくしなど、ベストプロポーショ――」
「さてセイジ、書きかけの地図を見せてくれるか」
「ちょ、わたくしを無視して先々行かないでくださいましな! 聞いておりますの?! わたくしはギルマス役、みなさんのリーダーですのよ?!」
取り残されたドイヒーさんの悲哀が響く中、僕らはフォーメーションを組み直して前進再開しはじめた。
ビッツくんたちは、今どの辺りまで調査しているだろうか。
今のところ呼び笛が鳴ったのは聞いていないから、順調に進んでいるのかな?
「貴様のオッペケペーな持論はどうでもいい! さっさと配置に戻らないと置いていくぞ」
「お待ちになって~っ」




