100 卒業検定に出発します!
「スジーの村までの道中、どうか安全第一でよろしくお願いいたしますわ」
ズラリと練兵場に並べられた馬車列に、倉庫から運び出された遠征物資が運び込まれていく。
木箱に納まった道具や薬品、それに非常食の一式。
それから毛布や寝袋、ポンチョや替えの下着にはじまって、本部設営用のテントや簡易テーブル一式。
「冒険者訓練学校さんはお得意さんだ、いつも仕事を回してくれているからな。安心して一両日の旅を楽しんでくれ」
「ありがとうございますわ。その、街道を逸れてからは道があまり整備されていないと思いますけれど」
「雨が降れば道が悪くなることも想像できるからな。訓練生のみなさんに荷台を押してもらう必要がある。そん時は頼んだぜ」
卒業検定の演習に向かうクラスを代表して、ドイヒーさんと運送業のおじさんが言葉を交わした。
僕ら訓練生だけで演習の全てを準備しなくちゃいけないとは言っても、さすがに運送業の商人さんまで手配するのでは大変だからね。
そこは実習訓練の時にお世話になっている運送業者さんを頼る事になったんだ。
「了解ですわ。みなさんよろしいですわね?」
「「「冒険者は最高だぜ!」」」
意味も無く僕らの決め台詞をみんなで叫び、お返事だ。
苦笑を浮かべた運送業者のおじさんとドイヒーさんを見届けると、一斉に訓練生たちが荷馬車へと乗り込む。
四頭引きの大型荷馬車が二台と、普通の二頭引きの荷馬車が八台。
大型荷馬車には本部設営用の荷物と医療品なんかの木箱が、残りの荷馬車に身の回りのものと僕らが分乗する事になった。
僕らの班はギルマス役をするドイヒーさんがいるため、先頭の荷馬車に載る事になっている。
「セイジ、この荷物を受け取ってくれ」
「わかったよ。あれ、今回は予備の武器も持っていくんだね?」
「予備の剣と盾は三セット持っていく事にしている。防具はさすがに間に合わなかったので予備はひとつだけだ」
「盾はどこに置けばいい」
「適当に荷台の隅にでも寄せておいてくれれば構わない。それからこっちはわたしの下着が入っているから、セイジはコッソリ盗んだりしちゃ駄目だからな? アッハッハ」
「そんな事はしないよっ」
布に包まれた盾や剣を荷台の隅に運び終えると、ふわりと片手を付いたシャブリナさんが飛び乗る姿が見えた。
相変わらず抜群の運動神経は健在で、重装備の鎧を身に着けているとは思えない。
すごいなぁ……
なんてボンヤリ眺めていると、勢い余って前進したシャブリナさんが僕を抱き留めるじゃないか。
「セイジは下着なんかよりも、中身に興味があると見えるな。ん?」
「ふ、不可抗力だよ、わざとじゃないんだからねっ」
「アッハッハ、愛いヤツめ!」
嬉しそうにシャブリナさんが僕をギュっとするものだから、暴れるお胸に僕の顔が沈められて僕が窒息しそうになった。
鎮め、僕のおちんぎんソード?!
そんな事をやっている間に御者台の横へドイヒーさんが着席する。
ティクンちゃんもどうにか僕らに手伝ってもらいながら荷台へ乗り込んだところで、シャブリナさんが真面目な顔をして馬車列の全体を見回した。
後列から順にサっと班のリーダーたちが手を上げて合図を送る。
全部の班の荷馬車と、大型馬車に乗り込んだ教官たちと視線を交わした後にシャブリナさんが大きくうなずいたんだ。
「ドイヒー、出発準備完了だ」
「よろしいですのよ、それでは演習に向けていざ出発ですわ。おーっほっほっほ!」
ガラガラと車輪の音を立てて練兵場を出発した僕らは、校舎前の正門をゆっくりと前進する。
冒険者訓練学校に残る訓練生たちも、何事かと僕らに注目しているのがわかった。
「わたし、教会堂で修行をしていた頃に学校の訓練生たちがダンジョンに向かう姿を見たことがありますっ」
荷台の仕切りに腰かけながら、見送っている訓練生たちを見やりながら。
ティクンちゃんが感慨深げにそんな事を言った。
するとシャブリナさんも後方を振り返って僕に話しかけてくる。
「卒業検定に向かう訓練学校の隊列は、ブンボンの街でもちょっとした行事だからな。街の出身であれば、家族の者が見送りに来る事もあるらしい」
「へえ、そうなんだ。ティクンちゃんやドイヒーさんは確かブンボンの下町出身だったよね。ひょっとしてご家族がお見送りに来ているかも知れないね」
この行列は学校を出発すると、繁華街の目抜き通りを通過して街の外へと向かうはずだ。
その道すがら、ドイヒーさんの実家のパン屋さんが大通り沿いにあるはずだった。
「わたしの両親は共働きだから。弟たちが顔を出しているかも知れないの……」
「むしろドイヒーの親の顔が見れるかも知れんぞ。常々わたしは、あの高慢ちきな厨二病娘の親の顔が見たいと思っていたのだ」
「誰が高慢ちきですのっ。天啓でもってギルマス役に指名されたわたくしの勇姿を、下々の民衆たちは畏敬の念をもって送り出すのですわっ。ねえ、てぃんくるぽん? ……あいたっ」
「……そのう、ドイヒーさんは女神様の天啓ではなく、くじ引きでギルマス役に選ばれたのっ」
「シーっ、ティクンちゃんそれは言わない約束だよ」
確かにお見送りのために集まって来た、訓練生のご家族たちが大通りの角に集まっていた。
人数はそれほど多くないけれど「しっかりやんな!」なんて声が飛んで来たりもしているじゃないか。
誰の家族だろうと思っていると、ビッツくんが真っ赤な顔をして「父ちゃんやめろよなっ」なんて言っている姿が見えた。
なるほど、あのひとがビッツくんのお父さんか。
僕と同い年ぐらいかな?
往来にもまれながらブンボンの街を守る市壁を抜けると、そこから馬足が一気に加速して街道を一路西へと向かい出した。
のどかな田園風景を延々と見続け、途中で何度かの休憩を挟みながら街道のずっと先までやって来る。
一夜を見知らぬ河川敷で野宿して過ごした後に、スジーの村に向かうあぜ道を進んでようやく目的地へとやって来たんだ。
「……あれがスジーの村ですの?」
「地図によれば間違いないと思うぜ、ギルマス役のお嬢さん。途中、あぜ道に何度か引っかかって酷い目にあったが。まあこれだけ田舎なのだからしょうがないな」
「いかにものどかな田園風景が広がっておりますわね。この村の外れにバジリスクが出没するとは、ちょっと想像できないかもしれませんのよ」
ねえ、てぃんくるぽん。あなたもそうお思いでしょう?
僕らの行く手に見えてきた家々を見やりながら、ドイヒーさんがそんな感想を漏らしたのを聞こえた。
手つかずの大自然に囲まれた農村地帯。
遠い向こう側には万年雪を称える山々の連なりと、緩やかな起伏の穀倉地帯。
それに放し飼いされた山羊たちが、あぜ道をゆっくりと移動している姿も見えるじゃないか。
村の広場へと到着すると、勝手知ったる風にビッツくんたち第三班が先導役を買って出る。
「おう、スジー村へようこそ! 泉の洞窟がある場所は、ここから防風林を抜けた向こう側の畑の外れにあるぜ!」




