10 ティクン、ビクン、アタック! ※
気が動転したティクンちゃんが取った行動はおかしなものだった。
錆びた大剣を大きく片手で持ち上げるミノタウロス。
それを前にして服の中からガラスの試験管みたいなものを取り出したティクンちゃんは、コルクのキャップを外してグビリと飲み干した。
試験管の中身は蛍光色の紫みたいな、毒々しいものだった。
お薬か何かかな?
するとビクンビクンと体を何度も震わせて、ティクンちゃんは変な言葉を口走る。
「め、女神様のご加護がありますように!」
加護は無かった……
ほとんど一連の動作をあっという間にやってのけたティクンちゃん。
そうして陣形の最後尾からドイヒーさんやシャブリナさんの間をすり抜けて、前面に踊りだす。
そのまま頭を抱える様に叫び声を上げながら、ミノタウロスのもとへと突撃していったのだ。
ゴツンと頭からぶつかると、そのままポテリと転がって気絶してしまった。
同時に何故かミノタウロスが、錆びた大剣を放り出す。いったい何が起きたんだ?!
「シャブリナさん、今ですわっ」
「?!」
「ミノタウロスが悶絶しておりますわよ。股間を押さえている今こそ、首を飛ばすチャンス!」
「わかった!! 死ねっ」
後方にいた僕には何が起きたのかわからなかったけれど、どうやらティクンちゃんは頭からミノタウロスの急所に頭突きをしたんだ。
だから悶絶したミノタウロスが股を押さえて苦悶して、身をかがめた瞬間。
シャブリナさんは大きく盾を後方に振りぬいた勢いを利用して、長剣をヒュンと走らせた。
一刀両断というのはこの事なのかも知れない。
首根に剣を叩きつけながら、押し斬る様にシャブリナさんはミノタウロスの首を飛ばした。
「ハアハア、フウフウっ。どうだ、今度こそやったか……?」
「首が飛んでまだボスが生きているのでしたら、それはもう訓練施設のモンスターなんかじゃありませんわよ」
「膝をついたまま倒れたね……」
そして次の瞬間。
モンスターパレスの中をゴーンゴーンという鐘の音が支配した。
どうやらこれで、ボス討伐の完了というお知らせみたいだ。
「ティクンちゃんも気を失っているだけで、目立った怪我はないみたいだよ」
僕も後方を振り返りながら警戒しつつ、倒れたティクンちゃんのもとに駆け寄った。
本当は回復職のひとがこういう事をしなくちゃいけないんだけど、当の回復職本人であるティクンちゃんが眼をグルグルさせて気絶しているから、どうにもできない。
「ボス討伐も終了したのですし、急いで彼女を外に運び出しますわよ」
「ほとんど戦闘で役に立たなかったし、僕が背負うよ。んしょ、あっやっぱり濡れてる」
「そういう事は気が付いても、知らないふりをして差し上げるのが男の子ですわ!」
「ご、ごめん……」
背負うのを、煤けたお貴族令嬢みたいな格好をしているドイヒーさんに手伝ってもらう。
それから僕がもともと担いでいた背負子は、シャブリナさんが肩担ぎにして。
そうして戦闘中にまき散らしていった所持品を回収しながら通路を戻ったところで、
「よし、忘れ物は無いな?」
「大丈夫だよ」
「問題ありませんわ」
「またおかしな出来事に巻き込まれないうちに撤収だ」
ところでふたりとも、
「何でティクンちゃんを誰も止めてくれなかったの?!」
「だって止める時間もなかったじゃないか、しかも自爆してしまったし」
「わたくしは何が起きたのかもさっぱりわかりませんでしたわ……」
モンスターパレスの外に出てみると、太陽がとても眩しかった。
ついでにゴリラ教官の美しい歯並びから反射される輝きも、眼に刺さる様に痛い。
心身ともにボロボロになった僕たちを見て、教官も驚いているんだね。
「よし、四班は無事に帰還完了か。順位は今のところ二着だが装備は酷い状態だな」
「あの教官。この子が気を失って倒れたので、手当をしてあげたいんですけど………」
おずおずと僕がゴリラ教官に願い入れをしたところ、
「そうだな、先に気絶している班員を救護室に連れて行ってやれ。それが終わったらマッピングデータを報告書と一緒に、受付に提出する様に。受付はわかるか? 入学願書を出した場所だ」
「ありがとうございます!」
実際のところ、新米訓練生でモンスターパレスに突入したのは六組だ。
その中で五体満足で順調にボスを倒して帰還したのはたった二組しかなかったらしいね。
みんな最初のスライムで大混乱になった。
その後にやっぱり小部屋の小悪魔無限湧きで詰んだり、ミノタウロスで酷い目にあったり……
「他の班はどうやってボスを倒したんだろうね」
「回復職が倒れたのは予想外だった。ティクンはビクビクしすぎだな。誰かが勝手に独断専行をしなければ、わたしたちの班は順当に役割分担をして攻略できたはずなんだがな?」
「な、何ですの。あからさまにこちらを見て……」
ドイヒーさんの抗議の言葉にシャブリナさんが大きくため息をついた。
「ドイヒーさんは最初から飛ばしすぎだったしねえ」
「わわ、わたくしは魔法使いとして攻撃を担当したまでですわ! 圧倒的な力で」
確かに、ドイヒーさんは強力な魔法使いで敵を圧倒する一面はあったよね。
場所をわきまえなかったり後先考えずにだったり。
拗ねた表情で口を膨らませたドイヒーさんは、年相応にかわいらしかった。
「問題は山積みだけど、ひとまずクリア出来たからよしとしようよ。シャブリナさん」
「そうだな。ボスはおちんぎんパワーの前に哀れな醜態を晒したという事だ。アッハッハ!」
そんな僕たちを見やって、シャブリナさんがニッコリして笑ってみせた。
ところで救護室にティクンちゃんを連れて行き、気付け薬で覚醒させた後。
大事ないことがわかって僕たちは食堂に向かった。
ダンジョン報告書をまとめて、マッピングデータと一緒に受付に提出する準備だ。
「地図情報ってほとんど記憶に頼って書いたけど、これでいいかな?」
「適当ですわねぇ。細かい注釈はわたくしが書くので、貸してごらんなさいな」
「ダンジョン報告書は、どの部屋でどういう敵がいたかを書き記すらしいな。手引書にそう書いてあるので、今回はわたしが仮に書いておこう。モジモジ少女も見ておいて、次は貴様にやってもらうからな」
「コクコク」
こうやってみんなでテーブルを囲んで報告書のまとめをやっていたところ。
食堂の入口から、首を痛そうに押さえながらも前かがみになったミノタウロスが登場したのである。
何故か清潔な服装をしていて、冒険者みたいに腰に剣も吊るしているじゃないか。
さっきは半裸の錆びた大剣を持っていたはずなのに!
しかもシャブリナさんが首を刎ねたはずなのに、生きているってどういう事なの?!
「あっ、貴様はボスモンスター!」
「いったい、何でこんなところにミノタウロスがおりますの?!」
「ひいい、来ないで、来ないでっ。また漏れちゃいますっ」
僕たちは混乱したけれども、実はボス役をしていたミノタウロスの彼も教官だったのだ。
別室の魔法陣からモンスターに扮して僕たちの相手をしていたそうで、あのミノタウロスのボスは、このミノタウロスの教官!
ちなみに魔法陣の幻影であったとしても、演じた教官はダメージを受けたみたいだね……
「お前たち、男のデリケートな場所は大切に扱ってくれ! 子供が産まれなくなったらどうするんだっ」