第94話 止まった時計の針(6)
※残酷な表現や虐めの表現がありますので苦手な方はご注意ください。
※場合によっては、話が進むまで読まずに飛ばしていただいた方がいいかも知れません。
────ここまで長かった……が、遂に俺は成し遂げたのだ。
目の前には、縄で身動きの取れなくなっている且つての俺の仇敵。
こうなってしまえば、あの渡辺謙輔と言えども赤子も同然。
「気分はどうだ? 渡辺謙輔」
「……どうもこうも無ぇ……お前は誰だ……?」
「そうか。初めてお目にかかるね。
俺は宇月一哉。自分の過去を取り戻すためにやってきた男だ」
「……過去を取り戻すためだと?」
「過去の俺と、お前との因果……お前には知る権利がある。
冥土の土産……とでも言えばいいのかな? 特別に教えてやるよ」
─◇─◇─◇─
過去の俺は、今の俺とは違う人物だった。
名は『中野友一』という。
どこにでもいるような、貧弱で内気な中学生だったさ。
中学に上がった俺は、早速虐めのターゲットとなった。
主犯は渡辺謙輔……お前だ。
お前にとって、俺は恰好の獲物だったんだろうな。
何をされてもやり返す事の出来ない俺。
クラスの中心人物だったお前にターゲットにされた俺は、クラス中から虐められることになった。
虐めの内容は当時の俺には到底耐えられるものでは無かったな。
ことあるごとに俺へ罵声を浴びせ、体育の後は着替えを隠され……教科書は何度破られたことか。
そして、お前は取り巻きの連中を引き連れ、俺の所へ来ては厭らしい笑みを浮かべ殴る蹴るを繰り返した。
俺があまりの痛みに気を失うとバケツで水をかけ、気が付くとまた殴られる。
これはまだ優しい方だったか。
理科の実験と言って、何かの薬品を頭からかけられたのは辛かったな。
お陰で、俺の頭皮や顔には消せない火傷の跡が残ったんだぜ。
他にも俺が受けた屈辱は酷いものだった……言い出したら切りが無いな。
それなのに、お前達不良共は大したお咎めも無しで数日の出席停止があったくらいだ。
その後の俺が、どんなに惨めな人生を歩んできたかお前にはわかるか?
お前のせいで俺は碌に中学へ通うこともできず、家に引きこもるようになり、仕事にも就けず……。
俺の人生を台無しにしておいて、お前は親の七光りで大企業の社長就任。
笑っちゃうだろ? 悪が栄えて弱者が損をするだけの世界だ。
そんな世界に嫌気がさしていた時だったな。
ついに親が耐え切れなくなり無理心中、そして俺は死んだんだ。
……わかるか?
お前のただの憂さ晴らしで、俺の人生も家族もめちゃくちゃにされたんだ。
ずっと甘やかされてきて順風満帆な人生を歩んできたお前に、この惨めな俺の気持ちがわかるはずないよな?
なあ、渡辺謙輔。
─◇─◇─◇─
「まぁ、お前にわかってもらおうとは思わん。
俺はただ、俺の踏みにじられた過去を取り戻すだけだ」
「……確かに、お前の言う通りの事をやってる俺だったら、俺はお前に復讐されにゃならんのだろう……。
だがな」
「だが……何だ? 命乞いでもする気か?」
「俺は、その世界の俺じゃねえ。
その中野とかいう奴のことも虐めた記憶は無えし、身に覚えの無い復讐までされる謂れは無えんだよ!」
そう言うと、渡辺は俺が何重にも縛ったはずの縄をどうにか外そうと藻掻くように暴れ始めた。
確かに、この世界線での渡辺を俺は見てきたわけじゃない。
中野友一の事も知らないようだし、俺の知っている過去とは何かが違っていたようだ。
もしかすると、俺と同じく過去へ転生したという日高玲美の影響でこいつの存在も何か影響を受けたのだろうか。
だが、
「そんな事はどうでもいいんだ。
じゃあ、過去の受けた痛みは、誰に返せば良いんだ?
お前だろ? そうで無かったら現在は何のためにここに来たというんだ?」
「お前が過去へ生まれ変わったのは、何か他に理由があるんじゃないのか!?」
俺が転生した理由?
そんなのは決まっている……渡辺謙輔に復讐する為だ。
「……そうだ。
お前にもう一つ冥土の土産を送ってやろう」
俺は手を頭上に掲げ、ある言葉を呟く。
【時よ止まれ────】
すると、渡辺謙輔は必死の形相のまま固まっていた。
これは俺が持つ制限付きのチート能力。
止められている時間は、ほんの30秒ほどだが……俗にいう転生チートというやつだ。
使える回数はたったの3回。
俺がこの能力を使ったのは、これまでに2回……今を含むと3回目。
1回目は、迂闊に飛び込んでしまった不良達から逃げ切るために。
2回目は、お前をここへ連れ去るために。
もう必要のない能力だ。
これで、俺の復讐は終わる。
止まった時間の中で、俺はそっと渡辺謙輔の腹にナイフを突き立てた。
────そして、止まっていた時間は再び動き出す。
「……ッ!?
ぐぁああああっ……!! ……な、何をしやがった!?」
「何だっていいだろう。
もう、お前は終わりなのだから……」
そう、ここから先は時を止める必要は無い。
俺の受けてきた痛みは、この動いた時の中でお前に味わわせなくてはいけないのだから。
「……こんな事が……ぐっ……お前の……、お前のしたかった事なのか!!」
「こんな事だと……?
黙れっ!! お前のせいで俺は……っ!!」
思い切り渡辺を殴りつけると、縛られたままの奴は受け身を取れずにそのまま倒れた。
そして、しばらく痙攣をすると、その動きを止めた。
あぁ……こんな簡単に終わらせる気は無かったのに……。
随分あっさりと俺の復讐は終わってしまった。
さて……、後始末の時間だな。
この小屋の持ち主には申し訳ないが、俺は椅子に上ると梁に縄を括りつけ、自分の首にも通す。
これで俺の復讐劇は終わりだ。
さよならだ、宇月一哉。
一瞬、俺の脳裏に石川や河村の顔が浮かんだ。
まさか……この俺に未練があるというのか?
馬鹿馬鹿しい……。
少しでも迷いを吹っ切る為、俺は足元の椅子を思い切り蹴飛ばした。
……満足だ……、もう……、僕は………………
読んでいただいた方、プロット通りとはいえ申し訳ありません(;´・ω・)
※ネタバレになりますが、後の話でこの件はきちんと解決しますので、謙輔が好きな方がいらっしゃいましたらどうかご容赦ください。




