第89話 カレーの後で
「私がカレー作るから!」
そう言い、自らカレー担当を名乗り出た沙耶。
あの後、小岩井のことを諦めきれない沙耶は、河村さんに「小岩井君の胃袋は私が掴む!」と謎の宣戦布告をしたのだった。
小岩井は勘弁してくれとばかりに頭を抱えていたが、河村さんはどうぞご自由にと飄々とした様子。
自分の彼氏のことなのに怒ったりしないのかな? と思っていたら、いつぞやに見たような不敵な笑みを浮かべている河村さん。
こう見えて、実は結構怒っているのかもしれない。……怖いです。
飯盒炊爨は男子達が行うので、私と瑠璃はやることが無くなってしまったわけだ。
「小岩井、私も飯盒炊爨手伝おうか?」
「大人数でやることでもないしなぁ……」
「そっか。……それにしても、まいったね」
「まさか、本当に俺に惚れているとはな。
贅沢な悩みなんだろうが、俺は智沙一筋だから……」
「へー……」
沙耶の方を見ると、ジャガイモと必死に格闘中だった。
芽がいっぱい残ってしまっているけど大丈夫なんだろうか、アレ。
「三鬼君は手際が良いんだね」
慣れた手つきで薪をくべていく三鬼君。
そして、それをただ見守る田中君。
「僕、ボーイスカウトやってたんだよ。
飯盒炊爨は何度も経験済みだから、任せておいて」
良かった。 今回は焦げだらけになることは無さそうだ。
小学校の時のキャンプは酷かったもんな。
謙輔達、今回はちゃんとできてるのかな?
「俺もやることが無くなってしまった……」
「おい、玲美! カナブン捕まえたぞ!」
「何やってんの、瑠璃」
その時、瑠璃の背後の方で何かがチラッと動くのが見えた。
「どうした?」
「ん、気のせいかな? そこで何か動いたような……」
気になったので見に行ったけど、そこには何も無かった。
幽霊……とかじゃないよね?
***
しばらくして、私達の班のカレーは無事完成した。
一応、無事に……だけど。
食べてみたら、ジャガイモがほんのりと苦い。
「ど、どう? 小岩井君、どうかな?」
「ちょっと苦い……」
そうでしょう、そうでしょう。
「そう……この苦さは、小岩井君に届かない私の恋の苦さ」
ポジティブな子だ。
「裏切り者め……」
「山本さんは小岩井のことが好きなんだね」
小岩井の予想外のモテっぷりに田中君が怒り心頭みたいだけど、三鬼君はマイペースで暢気な感じ。
「飯盒で炊くと本当にご飯が美味しくなるだろ?
うちでもやりたいんだけど、母さんが駄目って言うんだ」
さすが小岩井の友人だけあって、三鬼君もちょっとずれてる。
「このカナブン、カレー食うかな?」
「食べるわけないじゃん。カナブンは樹液を飲むんだよ」
「玲美、お前詳しいんだな!」
小さい頃、よく哲ちゃんや小岩井に虫取り連れてってもらったからね。
当時はカブトムシ飼ってたこともあるし。
「瑠璃、昆虫の寿命は短いんだから、カナブン逃がしてあげな」
「そっか……捕まえちゃってごめんな。あとで元居た場所に逃がしてくる」
こうして、ちょっぴり苦いカレーを食べ終わり、後片付けは私がすることにした。
瑠璃? あいつならカナブン持って走ってったよ。
***
さて、みんなのところに戻るか。
この後、キャンプファイヤーとフォークダンスだっけ。
その時にでも恵里佳達のところ行こうかな。
「玲美ちゃん!」
その声に思わずビクッとして振り向くと、そこには怖いくらいの笑顔の哲ちゃんがいた。
「……哲ちゃん……」
「この後、時間ある?」
「何を言ってるの……?」
哲ちゃんの学校だって、この後キャンプファイヤーなりなんなりあるんだろうし……そんな時にそんなことを聞いてくることが私には理解できない。
「玲美ちゃんと話しがしたいんだ。この前は話せなかったろ?」
普通はあんな態度を取ってたら、嫌われてもおかしくなかったと思う。
それなのに、哲ちゃんは私の態度を何とも思わなかったのだろうか。
「さあ、行こう!」
哲ちゃんは強引に私の手を取ろうとしてきた。
この時、はっきりと気付いた。
私は、哲ちゃんに言いようの無い恐怖心を抱いている。
何も見ずに飯盒炊爨って書ける人、尊敬します。




