第87話 ありよりのあり
特に大きなハプニングも無く午前中の行事は終了。
哲ちゃんに会わずに済んで、小岩井には悪いけど正直ホッとした。
氷砂糖なんて久しぶりに食べたけど、意外と美味しかったので副賞貰えてまあ良かったかな。
お昼は宿泊施設にある食堂で班に分かれて昼食。
その後、飯盒炊爨の用意としおりには書いてあった。
お昼食べてからすぐ夕食の用意って……。
「日高、ちょっといいか?」
昼食が終わってすぐ、小岩井に声を掛けられた。
ちょっとここじゃ話しにくいというので、仕方なく場所移動。
哲ちゃんの事かとも思ったけど、それだったらバスの時みたいにその場で言うだろうし何なんだ一体。
「よし、誰もいないな……」
着いたのは旅館の裏手にある森の近く。
夜になるといかにもカブトムシとか集まりそうな木がいっぱい生えている。
それにしても、ここまで離れないと言えないような内容なの?
「俺の勘違いならいいんだが……」
「どうしたの? みんなに聞かれたくないような事なの?」
「いや……山本のことなんだけど……」
山本って……沙耶のこと?
頭をボリボリと掻きながら言い辛そうにしている小岩井。
「沙耶がどうかしたの?」
「もしかして何だが……あいつ、俺に気があるんじゃないかと思って……」
「……はあっ!?」
何を言い出すのかと思ったらこいつは。
沙耶がお前になんか気があるわけねえだろうがーっ!! と、思わず突っ込みたくなってしまった。
いや、実際無いだろ。
沙耶の好みはジャニ系の甘いマスクのイケメンだったはず。
少なくとも、小岩井のようなオラウータンとチンパンジーを足して二で割ったような顔じゃない。
「いや、だから、俺の勘違いだったらいいんだよ! 猿系の顔で悪かったな!」
しまった。
どれかが思わず声に出ていたらしい。
「優しくされると惚れられてるって勘違いするやつ? 沙耶にむやみに他人に優しくしないように言っとくよ」
「それだけなら俺だって勘違いしねえよ! あいつ、フォトロゲイニング終わってからやたらと俺にベタベタしてくるからさ……なんか、変に好かれちゃったかと思って焦っただけだ」
「勘違いでも何でも、普通は沙耶みたいな子にくっつかれたら男子なら嬉しいんじゃないの?」
「いや……嬉しいんだけど、これ……言っていいのかな……」
ばつが悪そうに、更に頭をボリボリ掻く小岩井。
あんまりそうしてるとハゲるんじゃないかと本気で心配になる。
「これを言ったらお前、怒るんじゃないかと思って……うーん……」
「はっきり言いなよ。別によっぽどじゃないと怒ったりなんかしないよ」
「じゃあ……絶対怒るなよ?」
しつこく念を押す小岩井。
これは田中君で言うところの、怒れということか?
「俺……実は……、河村と付き合ってんだ……」
「……河……む……ら?」
「そう……河村智沙……」
「……えーーーーーーっ!?」
か、かかかかかか……かか河村智沙!?
なぜに!? どうして!?
「やっぱり……、怒るか?」
「いや……、怒らないけど……また、複数人いる中の一人とかそういうのじゃないの?」
「それは……たぶん、もう無いかな。無いよな……?
俺も純粋な付き合い方にしてるし、時々あいつのメンヘラが暴走しそうになってるけど……それ以外は普通だ」
小岩井は小学生の頃のあの件があるから、私がその名前を聞くと怒ると思っていたらしい。
どちらかというと、突然いなくなってしまったので心配してたくらいだ。
あのお母さんのせいで苦しんでるんじゃないかとか……琢也が去年の校外学習で見かけたと言っていたので、元気そうで良かったとは思ってたけど。
「それにしても、河村さんがあんたと付き合ってたなんて、意外過ぎるんだけど……」
「あの後な、河村から手紙が届いて、返事してるうちに何となく続いちゃって……」
「もっと早く言ってくれても良かったのに」
「吉田のこともあるし、そんなこと言えるかよ。
ああ、そうだ。お前にもいつかちゃんと謝りたいって言ってたぜ」
「そう……でも、少し安心した」
小岩井はきっと、弱っている河村さんをほっとけなかったんだろうな。
こいつは性根は良い奴だから、それだけは幼馴染の私が保証するよ。
「そんなわけだから、俺は彼女持ちだ」
「うん」
「お前なら、気持ちがわかるだろ?」
「見られて変に誤解されたくないね」
正直びっくりし過ぎて頭が追い付いてないけど、言いたいことは伝わったよ。
河村さんは哲ちゃんと同じ学校に通ってるみたいだし、この野外キャンプでいつ遭遇してもおかしくない。
そんな時に、沙耶が小岩井にベタベタしてるところを見られてしまった日には、また何か惨劇が起きてしまいそうな気がする。
メンヘラ治ってないみたいだし……。
「そういうことだから、山本のことはさりげなくフォローを頼む」
「勘違いだと思うけど、わかったよ」
こうして、小岩井のカミングアウトを兼ねた話し合いは終わった。
でも、沙耶が小岩井のことを好きになるなんて無いと思うんだけどなあ……。
***
小岩井との話し合いから戻ると、瑠璃が何やらニヤニヤとしながら待っていた。
「お前ら……実は幼馴染で好きあってんのか?」
「ねーよ」
間髪入れず返すと、瑠璃はしょぼんとした顔をしてしまった。
お前は一体何を期待してたんだ。
「私にはちゃんと遠距離になっちゃったけど彼氏が居るんだよ?」
「遠くの恋人より近くの異性って言うだろ?」
「瑠璃がもし好きな人がいて、その人が遠くに行っちゃったらそうなる?」
「ならんな」
「だよね」
この子も根が悪い子ではない。不良だけど。
「私も玲美っちと小岩井君って実は付き合ってるのかなって思っちゃった」
「そんなわけないじゃん」
いつの間にか私達のところに来ていた沙耶がポツリとそんなことを呟いた。
「つまり……私にもチャンスはあるってわけだ」
「……はい?」
ちょっと待って。
その言い方、嫌な予感がするからちょっと待って。
「私さ……実は、野性味溢れる人って好きなんだよね……」
初耳ですけど。
「小岩井君ってさ、クラスの女子達からはあまり評判良くないけど、私にとってはありよりのありっていうか……」
「それって、つまりお前……」
聞きたくない。
できればこの先の事聞きたくないんですけど。
絶対面倒なことになるから勘弁してほしいんですけど。
「玲美っち、瑠璃っち、応援して!」
「任せろ!」
瑠璃っちが大きな声でなんか快諾してるけど、私にどうしろって言うのさ……。
「玲美っちは応援してくれないの!? 大事な幼馴染が私に取られるのは嫌!?」
「え……っとね……?」
小岩井から話聞いて無かったら全力で応援したさ!
さっきの今で、こんなのどうしろって言うんだ!
普通に考えて沙耶の失恋は確定だし、何よりも相手があの河村さんって……。
「玲美っちが嫌だって言うなら諦める……私、玲美っちの方が大事だもん……」
ウルウルした目で見つめてくる沙耶。
いつも元気で明るい沙耶がこんなことになるなんて……違うんだよ、そんなつもりじゃないんだよ……。
「あー、沙耶っちを泣かしたな!」
黙れ不良。
「私も沙耶を応援したいよ……でも……」
「いいの……幼馴染とはいえ、兄を取られるみたいな感じで嫌なんだよね。
でも安心して。お兄さんは私がきっと大事にするから」
「あんな兄嫌なんですけど……ってゆうか、私が妹なの……?」
沙耶の瞳から、何だか燃える炎が見える気がする。
この人、本気なんだ……本気で小岩井のこと好きなんだ……。
「本音言うとさ……、沙耶が小岩井のこと好きになってくれて嬉しい……」
これは、私の本音。
なんだかんだ言っても、あいつは私の大事な幼馴染ではある。
そんなあいつを、こんなにも好きになってくれる人が居て、しかもそれが私の友達で、嬉しく無いわけがない。
「それなら……」
沙耶のその言葉に私は首を横に振った。
アニメやドラマなら、ここから長引かせてなんやかんやあって紆余曲折があったりするんだろうけど、そんなのは相手を無駄に傷付けるだけ。
だから、本当は真実を話してしまいたい。
じゃあ、小岩井が河村さんと付き合ってることをここで話すべきなのか?
そんなことしたら、私に相談してくれた小岩井の行為が無駄になってしまう。
「もしかして、さっき二人で話してた中に出てきたカワムラさんって人のこと?」
「えっ!?」
「ごめん……ちょっと気になって……ね?」
……ね? じゃねーよぉぉおおおお!!!!
聞いてたんかあんた!?
てゆうか、私達を付けてきてたのか!?
「それを聞いた上で、玲美っちが小岩井君のことを好きとかじゃないなら応援してって言ってたの!」
「そこまで聞いてたなら、あんた私が小岩井から何を頼まれたか知ってんだろぉおおお!?」
「知ってたけど、私を傷付けまいとしてたんでしょ? 優しいよね、玲美っち」
「おおっ! よくわからんが、略奪愛ってやつか!?」
「無駄に難しい言葉知ってんな不良」
「玲美のあたしに対する突っ込みが辛辣すぎるんだぜ……泣いていい?」
なんだかよくわからんことになってきた。
つまり、沙耶は河村さんという相手がいる小岩井を承知の上で好きになったということか。
「だけど……ほんとにやめといた方がいい……」
そこまで聞いたても、私の出した答えは変わらなかった。
それは、小岩井の相手のことも考えた上で出した答えだった。
「そんなに河村って人は綺麗な人なの? 私じゃ太刀打ちできないの?」
見た目ではどちらも同じくらいハイレベルですよ。
私や瑠璃じゃ届かない領域に、二人ともいるのだと思います。
「河村さんはね……なんていうか、怖い人なんだ……」
「瑠璃っちよりも?」
「強いのか、そいつ!?」
「そういう次元じゃないんだよ……」
「次元が違うのか!?」
ああ、もう……ただでさえ恋バナ苦手なのに、よくわからん不良のせいで余計カオスになってる気がする……。
めんどくさいし小岩井に全部話して、あとは当人同士で解決していただきたい。
***
そうこうしているうちに、いよいよ午後の飯盒炊爨の時間がやってきた。
相変わらず隙あらば小岩井に積極的に接する沙耶。
その度に、小岩井からどうにかしろと目で合図が入る。
ああ……こんな時、私は一体どうしたらいいのだろう。
小岩井モテ期到来。




