第86話 様式美
キャンプ場に着いたら、まずは入所式。
しおりにも書いてあったけど、キャンプとは言っても泊まる施設はちゃんとあって、一日目だけテントで過ごすことになっている。
「そういえば、石川の学校も来てるんだよな」
「そうみたいだね……」
このキャンプは他校との交流も兼ねているとのことで、近隣の中学校も参加している。
この間あんなことがあったばっかだし、できれば哲ちゃんには会わずに過ごしたいな……。
「今回こそ、俺も会えるかなー」
小岩井は哲ちゃんに会いたいんだ。
そうなると、どうしても会うことになっちゃうのかな……。
「どうした、石川に会いたくないのか? 久しぶりに幼馴染トリオが揃うかもしれないんだぜ?」
「私は別に……」
なんて返したらいいのかわからない。
哲ちゃんを否定してしまうのは、楽しみにしている小岩井に悪い気がするから、何も言えない。
「そういえば、ふと思ったんだけど……小岩井って前までは哲ちゃんって言ってなかったっけ?」
「ああ、まあ……俺も中二だしな、いつまでも“ちゃん”付けって変だろ?」
「ああ、そういう」『こら! そこ! 喋ってないでちゃんと聞きなさい!』
小岩井と話していたら先生に注意されてしまった。
そして、怒られて凹んでいる私の頭をなぜか撫でてくる瑠璃。
まさか不良に慰められる日が来るとは思わなかったよ。何だか悔しいです。
それにしても、こういうのは恒例というか何というか……一種の儀式みたいなもんなんだろうか。
ともかく話が長い。これが体育座りじゃ無かったら、絶対貧血で倒れる人が出てたと思う。
***
午前中はフォトなんたらっていうスポーツをするらしい。
班ごとに別れて渡された地図を見ながら制限時間内にチェックポイントを回るという競技で、多くポイントを取った班には副賞として氷砂糖が配られる。
「絶対勝とうぜ!」
と、はりきる小岩井。
しかし、私達の班は、三鬼君も田中君もそういうのが得意そうには到底見えない。
こういうのは謙輔が得意なんだろうな。
「氷砂糖は疲れを取るのに最適なのだよ」
そう言ったのは小岩井の参謀っぽい田中君。
「氷砂糖は吸収が早いでござるから、肉体疲労時の栄養補給にばっちりなのでござる」
小学生の頃は気付かなかったけど、田中君は順と同じ枠のキャラだったのか。
てゆうか、そんな喋り方してたのかこの人。
「でもさ、わざわざ疲れることしてそんなのもらって意味あんのか?」
瑠璃がド正論を言ったところで、いよいよ競技がスタートした。
小岩井が地図を見て早速近場のチェックポイントを探す。
私は方向音痴だから、こういうのは得意な人に任せておけばいいよね。
「近くの階段を降ったところにチェックポイントがあるみたいだぞ」
「しかし、それでは皆と同じルートを辿ることになり、出し抜くことはできぬぞ」
田中君のキャラがいまいち安定しない。
「どうすればいいんだ……じゃあ、いっそ遠くから行くか?」
「そんなに氷砂糖欲しいの? 小岩井君」
マイペースの沙耶にとって、勝ち負けはどうでもいいらしい。
私も別に氷砂糖はどうでもいいけど。
「先に中央寄りに行って、そこから次の目的地を探すのがいいんじゃないかな」
三鬼君の出した案にはなぜか説得力が感じられた。
みんなもそれに賛同し、とりあえず私達の班は地図の中央付近のポイントから回ることになった。
そうして、歩くこと10分ちょっと。
「ちょっと、歩くの早い、しんどい……」
沙耶はもうギブアップ寸前だった。
山という事もあって結構坂道きつかったからね。
「お前と坂本は平気そうだな」
「ちょっと疲れたけど」
「あたし達が一番乗りかと思ったら、他にもいるみたいだぞ」
チェックポイントの噴水には、うちの学校とは違うジャージの生徒達が集まっていた。
何だか嫌な予感がして、哲ちゃんの姿を探すもそこには見当たらなかったみたいでホッとする。
「ちょっと休憩していこうよー」
「しょうがないな……じゃあ、ちょっとだけだぞ」
沙耶の提案で少し休憩することになった。
木陰に入って座ると、吹き抜ける風が思ったより冷たくて気持ちいい。
「小岩井君ってさ、運動得意っぽいけど何かスポーツやってるの?」
「俺はガキの頃からずっと水泳やってんだ」
「へー、だからそんなに日に焼けてんだ」
「いや、室内プールだから、これは地黒なだけで……」
沙耶と話しながら、どことなく嬉しそうな顔をしている小岩井。
沙耶はクラスの中でも結構美人さんだからね。スタイルもいいし性格も明るいからね。仕方ないね。
「ところで小岩井氏……せっかくの噴水だというのにアレはやらぬのか?」
「アレ……? ああ、アレか……」
何となく察しがついてしまった。
田中君は、小岩井にアレをやらせようとしているのだ。
「いや、まだこれから他にも回るところあるし、俺だってもう中学生だし……」
「この……意気地なし!」
いったい何がそんなに田中君を駆り立てるのか。
「見損なったでござる! 氏は、どんなチャンスも逃さない男だったのでは無かったのか!」
「そうは言うがな大佐……」
大佐だったんだ。
「何をする気なんだ、あいつらは?」
置いていかれてる三鬼君。
「よくわかんないけど、そんなに田中君が言うならやってあげなよ」
「えっ……」
沙耶に言われ、小岩井は動揺している。
もう、引くに引けない状況になっていまったみたいだね。
「わかった……だが、せめて上着だけは守りたい。持っていてくれるか、山本さん」
「……はい」
上ジャージを沙耶に渡し、意を決して小岩井は噴水の縁に立つ。
そして、ついにあの言葉を言い放った。
「……押すなよ……。絶対に押すなよっ!」
その状況をポカーンと眺める沙耶と三鬼君。
そして、田中君がその背後に立った。
「……絶対だぞッ!!」
叫びの中、無情にも解き放たれるそのひと押し。
ついに機は熟したのだった。
真夏日であったことが唯一の救い。




