第84話 陽だまりを歩く
今回はずっと恵利佳視点です(・ω・)ノ
「お前、もうすぐキャンプなんだってなぁ……」
「……」
父と二人。
お母さんのパートが終わるまで、何かあったらいけないという事で私が様子を見ているのだけど……。
何となく気まずい雰囲気の中、父は懸命に私に話し掛けようとするが、私からは特に何も言い出せないままで時間だけが過ぎていく。
言ってやりたいことは山ほどあったはずなのに、いざとなると全然言葉が出てこないものだ。
「「……」」
沈黙が続く中、ちらりと時計を見ると、時刻はもうすぐ14時になろうとしていた。
お母さんのパートが終わるのは16時だから、あと2時間か……。
父は、私に話し掛けるのを諦めたようで静かになってしまった。
……と、思ったら寝てしまっていたみたいだ。
薬が効いてきたのか、苦しそうなそぶりも無くすやすやと寝息を立てている。
「お父さん……」
そんな父の寝顔を見ていたら、幼い頃に見た疲れて眠る父の顔を思い出してしまった。
あの頃と違って白髪もあるし、痩せこけた頬をしている父の顔。
でも、それはやっぱり私の知る父の顔だった。
***
医者は言った。
父はもう長く無いと。
下手したら、この数日のうちに死んでしまうかもしれないとも聞いた。
検査の結果、病巣はもう手が付けられない状態になっており、収監されてる間も症状はあったはずとのことだった。
それなのに、父は医療刑務所へ移ることなく、刑期を終えるまで耐えていたということか。
なぜそこまで我慢していたのかは私にはわからない。
ただ、真っ白に映る父の病巣だけが、そのことを真実として裏付けていたんだ。
「お父さんが事件を起こさなければ、もっと違う未来があったのかな……」
私の未来は玲美達が救ってくれた。
でも、もっと前に……父が間違いを起こす前に戻り、止めることができたら────。
……私がこうしていられることですら、玲美が起こしてくれた奇跡なんだ。
そんな事を言っていたら、罰が当たってしまう。
「俺が罪を犯したことは紛れもない事実だ……言い訳する気は無えよ……」
「聞いてたの……?」
寝ていると思っていた父はしっかりと私の独り言を聞いていたようだ。
「それより……まだ俺の事、お父さんだなんて言ってくれるんだな……へへっ……」
「……他に呼びようがないだけよ。小渕寺さんとでも言ってほしいの?」
「そう呼ばれても仕方ねえさ」
父は私の方を見ずにそう答えた。
「ちょっと外の空気吸いてえな……」
「駄目よ、安静にしてないと」
「人間ってのは、たまには太陽の光を浴びないと腐っちまうんだよ」
「お母さんが来るまで待てないの?」
「少しだけでいいんだ、な?」
父があまりにせがむので、看護師さんを呼んだ。
外に出るにも父の状態では医者の許可が必要だ。
体温など検査し、少しだけならと許可を貰うことができたので、父は嬉しそうだった。
こうなると、私が連れて行かないわけにもいかないか。
点滴の管を触らないように気を付けながら、私は車椅子のハンドルを持った。
「すまねえな、恵利佳」
「そう思うのならお母さんが来てから言ってよね」
いたずらそうに笑う父。
私と母は、こんな人にそこまで怯えていたのかと思うと少し情けなくなる。
思ったより軽く感じる車椅子を押しながら、私と父は病室を出た。
***
「すっかり夏だなぁ……」
「病院入る前からこんなだったでしょ」
「そうだけどよ……なんていうか、お前が小さい頃を思い出してな……」
働きもせず、家でお酒ばかり飲んで暴力を振るっていた父。
そして、母がいない間に知らない女の人を家に連れ込み、私を追い出す父。
こうして思い返すと……ほとんど碌な思い出が無い……。
「お前は覚えてないだろうけどな……。こんな日はお前を連れて、母さんとよく散歩に出かけたもんだ」
「何となくなら……駄菓子屋によく寄ってくれたよね?」
「ああ、覚えていたか。お前はあそこのきなこ棒が大好きでな……」
あいまいに映る記憶の中に、私を抱きかかえて笑顔を浮かべる父の姿が確かにあった。
ああ、でも、やっぱり……。
「だからと言って……あなたがこれまで私達にしてきた仕打ちを全部許す気にはなれないわ……」
「それでいい」
「……開き直る気?」
「そうじゃねえ。それだけ、俺がやってしまったことは重いという事なんだ。謝って許されるような事じゃねえ……」
そうして再び流れる沈黙。
広場ではしゃぐ子供たちの笑い声だけが反比例するように響いてくる。
黙っている父を見ていると、我慢していた感情がふつふつと湧き上がってくるのを感じた。
一言でも発してしまうと、もう止まらないと思っていたから言わなかった。
弱っている本人に言うことでは無いとわかってはいるんだけど、私はやっぱりまだ子供だ。
「何で……私達の前に現れたの……? あなたなんて……私達の知らないところで死んでしまえばよかったのに……」
「……」
この一言を皮切りに、私は自分の言葉を押さえることができなくなった。
「お母さんや幼い私を毎日殴って楽しかった!?
お母さんが苦労してる中、よく浮気なんてできたよね!!
借金だけじゃなく殺人まで犯して……犯罪者の家族のレッテルを貼られて、私やお母さんがどれだけ苦しんだかわかってるの!?」
「すまん……」
「あんたなんか……、あんたなんか……死…………んじゃやだよ……」
「……恵利佳?」
違う……死んじゃえって思ってるはずなのに、死んじゃ嫌だって……。
「私だって本当は、ずっとお父さんにも甘えたかったよ!」
「……お前……」
「お母さんだって、お父さんが居なくなってから荒れて、私に暴力振るったこともあったけど、それでも立ち直って……今はお母さんの事大好きって言えるけど……私はずっと辛かった!」
「すまん……、本当にすまん……」
「お父さんが……私にもちゃんとしたお父さんが居たら、こんなに辛く無かったんだよ!」
「過去に戻れたら自分をぶん殴ってやりたい……反省してもしたり無いくらいだ……。
本当に、馬鹿な父でお前には苦労を掛けた……」
「お母さんだって立ち直ったんだから……あんたもちゃんと病気を治して、そして本当の私のお父さんになってよ!」
私は父に抱き着き、人目もはばからずひたすら泣いた。
今までのうっ憤や、恨みつらみをぶつける様にひたすら泣き続けた。
父も、声を上げて泣いていた。
もう枯れたと思っていた涙は、まだ奥底に溢れるほど残っていたようだ。
「俺の……お父さんの病気が治ったら、こうしてまた……陽だまりを一緒に歩いてくれるか……?」
「うん……だから、絶対体を治して……。それが私に償う唯一の方法だと思って……」
────この日、私と父は二人だけの約束を交わした。
それは結局叶う事は無かったのだけど……今思えば、それでも父なりに最期まで頑張ってくれたのだと思う。
そして、いよいよ野外キャンプの日を迎えた。
やっぱ恵利佳の母ちゃん昔虐待しとったやん!
……という事実がここで発覚(; ・`д・´)




