第79話 ありえない
哲ちゃん、いったい何しに来たんだ?
「新しい自転車買ったんだ」
ああ、あの停まってた自転車は哲ちゃんのだったのか。
それにしても……。
「……こんな遅くに何の用?」
「玲美ちゃんに話があってさ」
「ずっと待たせてるのも悪いし、ご飯でも食べて行ったらって声を掛けたの」
お母さんったら、余計なことを。
前に哲ちゃんのことで悠太郎と喧嘩してるから、あまり会いたくなかったのに……。
「ほら、あんたもぼーっとしてないでご飯食べちゃいなさい」
「塾の宿題あるし、お腹減ってない」
とりあえずこの場から離れたい。
くそっ、今日は私の好きな肉じゃがか。
「変な子……。哲司君、ごめんなさいね」
「いえ、急に連絡も無しで来た僕も悪いんです」
ほんとだよ。
連絡あったところで来ないでって言うだけだけど、このせいでまた悠太郎と喧嘩になったらどうすんの。
その後、私が部屋に逃げてる間に哲ちゃんは帰ったみたい。
何の話かは気になるけど、今は悠太郎に余計な心配かけたくないからできればもう来ないでほしい。
***
そのあと、私は早速お母さんに叱られた。
「玲美、さっきの態度は何?」
「お母さん……なんで哲ちゃんを家に入れてたの?」
「玄関で待ってるって言ってたけど、そういうわけにもいかないでしょ。それより、あんた何で哲司君をそんな避けてるの?」
そっか、そういえばお母さんにはちゃんと話してなかった。
前の時、哲ちゃんの様子がおかしかったことと、そのせいで悠太郎とぎくしゃくしたこと。
「あのね、お母さん……」
「何かあったにしても、あんな露骨な態度取るなんて失礼でしょ。理由をちゃんと言いなさい」
「……なんでお母さん、そんなに私のこと怒るの? 私がどんな気持ちだったかも知らないくせに!」
「だから、ちゃんと理由を話しなさいって言ってるでしょ!」
「ごめんなさい……前に哲ちゃん来たことあったでしょ? ……そのことで悠太郎と喧嘩して……」
お母さんにあの時あったことを全て話した。
二人きりになったときに腕を掴まれたこと、由美が追い払ってくれた時のことや、哲ちゃんについてはちょっと怖いと思ってることも話した。
だから、家に入れてほしくないことも……。
「そんなことになってたの……。それは、お母さんがちょっと迂闊だったわ」
「ううん……私の方こそちゃんと話さなくてほんとごめんなさい」
「てっきり玲美がついに反抗期になったかとお母さん心配しちゃった」
「適度に反抗はさせてもらってますけどね」
「それにしても、さっきみたいな態度はかえって危険よ。哲司君が逆上しちゃったらどうするの」
「そうだね……。あいつ怒ってた?」
「んー……怒ってはいなかったけど、寂しそうではあったかな。一度、話だけでも聞いてあげてYesかNoくらいは答えてあげた方が良いかもね」
「そっか……」
「今度、夏休み前に悠太郎君来るんでしょ? その時に哲司君呼んだら?」
「うん……その方が良いよね」
「おーい、誰もいないのかー?」
なんてことをお母さんと話していたら、いつの間にかお父さんが帰って来ていた。
「お父さん、おかえりー。いま、ちょっと玲美と話してたの」
「そうか。まあ……最近玲美はあまりお父さんとは話してくれないもんな」
「えっ、そうだっけ? ごめんね、じゃあ、何か話そうよお父さん!」
「じゃあってなんだよ……。というか、いざ話すとなると何を話そうな……」
この後、お父さんの若い頃の話を延々と聞かされた。
正直、当時の友達の話とかされてもよくわからないけど、話し終えてなんだか満足げなお父さん。
そういえば、お父さんともあんまり話ができてなかったなーとか思いつつ、ちょっぴり反省。
「同僚の娘が、お父さんと一緒の空気を吸うのもやだーとか言ってるらしいんだが、玲美はそんなこと無いよな?」
「うん。それはその子がおかしいよ。だってお父さんが頑張ってるおかげで暮らせてるわけだし」
「見ろ母さん、俺達の娘はちゃんとわかってるぞ。じゃあ久しぶりにお父さんと一緒にお風呂入るか?」
「それはやだ」
「お父さん! 玲美の歳を考えなさい!」
お父さんとお母さんがなんか言い争いを始めたので、私はそそくさと塾の宿題の続きをすることにした。
◆◇◆◇
こんな遅くに石川の奴、何の用事だ?
それも、こんな遠くに……コンビニにいるとか言っていたが、それならもっと近所にしてくれよ。
しかし、奴には利用価値がある。
河村はやたらと奴の心配をしていたが、恩を売っておけば何かあったときに単純なあいつなら扱いやすいだろう。
それにしても、かつて自分が住んでいた町を他人になった俺がこうして頻繁に訪れるというのも何だか不思議な感じだ。
「おい、ちゃんと持って来たか?」
ふと、どこかで聞いたことがあるような声が聞こえてきた。
気になって声がした方を覗いてみると、そこにいたのは忘れもしない。
前世の俺を渡辺と一緒に虐めてきた一味の一人、中尾亮一だった。
当時の記憶と重なり、途端に頭に血が上り始める。
これは、奴らに復讐をするチャンスか?
いや、話し声からして中尾は一人ではない。
以前のことを踏まえ、慎重に行動すべきだ。
そうは言っても、この滾る憎悪を押さえきれそうにない。
体が小刻みに震える……。
「これで……許してください……」
────この声は!?
俺は今、信じられないものを見ている。
いったいどういうことだ……?
そんなはずがない……こんなことがありえるわけがない!
そいつがこの世界にいるはずが無いんだ!!
その声の主は、中野友一。
紛れも無いそいつは……前世の俺。
俺は、あいつが死んでこの俺として生まれ変わり、前世の復讐をするためにここに存在している。
じゃあ、そいつは────────
────────お前は誰なんだ。
俺は……誰だ……。
お読みいただいてありがとうございましたm(_ _"m)




