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止まった時計の針  作者: Tiroro
中学二年生編 本編その1 止まった時計の針
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第76話 選択肢

今回は少し短めです。

『久しぶりだな』


 内村康弘(うちむらやすひろ)

 俺の高校時代の連れで、悪ぶってた頃の仲間のうちの一人。


 あの頃とは違い、清潔な髪形とスーツに身を包んでいるところを見ると、今は普通のサラリーマンをしているようだった。


 内村に勧められるがままに俺は止めていたはずのビールに手を伸ばしていた。


 脳裏に妻と娘の泣いている姿が浮かんだ。

 だが、今日だけだ。俺はグラスに入ったビールを一気に飲みほした。

 久しぶりのアルコールは胃に染み渡るように感じた。


─◆─◆─◆─◆─


 懐かしさから話も弾み、つい飲みすぎてしまった。

 そのせいか、俺は気がでかくなっていたんだと思う。


 内村と別れた俺は、ふらつく足で駅へと向かった。

 帰るまでに酔いを醒ましておかねえとな。


 そう考えていた矢先だ。 


『……痛いなあ、どこ目つけて歩いてんだ!』


 俺より少し年上くらいだろうか。

 通りすがりのサラリーマンとぶつかってしまった。


『すみません……』

『あーあ、せっかくのスーツが汚れちまったよ!』


 俺はただひたすらに謝った。

 以前の俺からじゃ考えられないことだが、妻や娘のことを思い浮かべると騒ぎだけは起こさないように、あいつらに迷惑はかけたくない、そう考えていたんだ。


 ────そう、そいつが()()()()を言うまでは。



『できる限りの弁済はしますので……』

『ああ? お前の着てる安ものとは違うんだよ! みすぼらしいスーツ着やがって!』


 たしかに、俺の着ているスーツは中古だった。

 それでも、これは駄目な俺のために妻が少ないパート代から出して買ってくれた大切なスーツだ。


 それを………………こいつは…………………………!



 ────────────

 ────────

 ────



 気が付いたら、俺はこいつを殴っていた。

 目の前には仰向けで倒れて居る男。

 打ち所が悪かったのか、動こうともしない。


 俺は怖くなって、その場から走り去った。


─◆─◆─◆─◆─



 男はそのまま死んでしまったらしい。

 しかも、結構な名家の人間だったようで、俺はついに警察に捕まることとなった。


 身に覚えのない強盗の罪まで着せられた。

 俺は誓って奴の金品には手を出していない。

 現場から奴の財布がなくなっていたことと、俺が借金があることからそう紐づけられたようだ。


 俺がやっていないといっても聞いてすらもらえない。

 お前がやったんだろ、やりそうな面してるもんな、など、散々自己否定をされ罵倒された。


 ああ……もう駄目だな。

 妻にも、娘にも迷惑をかけてしまう。

 あいつらにも信じてもらえないだろう。


 強盗のことは違うとしても、俺が人殺しなのは変わらねえ……。


 なあ……どうしてこうなっちまったんだ?

 俺は真面目にやろうとしてた。

 あいつらのために頑張ろうとしてた。


 何もかも遅かったんだ……もう、こんな手じゃ恵利佳を抱いてやることもできねえな……。


 連行されていく俺を見ていた妻の顔だけは一生忘れられそうもない……。



◆◇◆◇



「お母さん……」


 恵利佳の母、咲江は家の中のカーテンを全て閉め、ただ娘を抱いていた。


「引っ越して住所だって変えたのに……どうして……。今更私達に何の用だっていうんだい……」

 

 咲江の体は震えていた。

 恵利佳も震えてはいたが、そんな母の体を優しく抱きしめた。


「……大丈夫……。大丈夫だから……お母さん」


 テレビの音も消えた部屋の中で、たまにこぼれる水道のしずくだけが音を立てる。


 恵利佳のいじめ問題が終わって、ようやく落ち着いた生活ができると思っていた矢先、そのいじめの元凶となった元夫が自分達を探しにこの町へやってきた。

 私達の幸せを壊しにやって来たのか……それとも、あれだけのことをしておいて私達に頼ろうと言うのか。


 咲江は携帯電話を取り出した。

 そこには、お節介にも困ったときに頼ってほしいと言われたある人の電話番号が登録されている。


「ねえお母さん……」


 恵利佳はアルバムを手に取っていた。


「……どこで壊れちゃったんだろうね……。お父さんも……きっと大事な選択を間違えちゃったんだと思う……」


 恵利佳は正太郎と一緒に写っていたはずの、泥遊びをしていた頃の写真を眺めていた。


読んでいただいてありがとうございました。

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