第74話 男の正体
あの男は何だったんだろう……恵利佳に何も起きて無ければいいけど。
こういう時って、警察に相談した方が良いんだろうか。
家に帰った私は、さっき出会ったガラの悪い男のことばかり考えていた。
恵利佳の家に電話してみようか。
このままじゃ安心できないし、何かあってからじゃ遅いし……。
「お母さん、ちょっと電話使うね」
「どうしたの? 悠太郎君に電話?」
「違うけど、友達にちょっと用があるの」
受話器の向こうから流れる通知音。
恵利佳、大丈夫かな……。
『はい、もしもし』
おばさんが電話に出た。
恵利佳に代わってもらおう。
「もしもしおばさん、玲美です。恵利佳いますか?」
『ああ、玲美ちゃん。ちょっと待ってね』
受話器の向こうから、おばさんが恵利佳を呼ぶ声が聞こえる。
良かった……恵利佳は家にいるんだ。
『もしもし、玲美?』
「恵利佳、ごめんね急に電話しちゃって」
『ううん。でも、何かあったの?』
「えっと……」
どうしよう……さっきあったことを恵利佳に言うべき?
まだ何も起こって無いのに、無駄に不安をあおる必要も……。
駄目だ……考えが矛盾しちゃってる。
何か起こってからじゃ遅いって、自分でもそう考えてたところなのに、なんでここで言うべきかどうかを迷う必要があるの?
伝えておくことで、防げることだってあるはず。
それに、あんな態度の人でも恵利佳の知り合いとかだったら、別にそんな大したことじゃないのかもしれないし。
「あのね、今日帰りに恵利佳のことを探してる人にあったの」
『私を……?』
「スラっとした体形で、少し茶色いグラデーションのかかった眼鏡をかけた男の人で」
『……え?』
「髪型はちょっと長めな感じで後ろで縛ってた。身長はちょっと高めの人なんだけど、恵利佳の家を探してるって聞かれて……もちろん私は知らないって言ったけど、何か心当たりある?」
『それって……もしかして……』
それから恵利佳は何か考えたように黙り込んでしまった。
やっぱり知り合いなの? 受話器の向こうから恵利佳がおばさんと何か話す声が聞こえてきた。
おばさんが何か驚いて声を上げたみたいだ。
『……もしもし、玲美ちゃん。おばさんだけど、その人のこと詳しく話してくれる?』
「あ、おばさん。いいですけど……」
私はおばさんにあの男の特徴を細かに伝えた。
おばさんは、深くため息をついて唸るような声を呟いた。
「おばさん、大丈夫ですか?」
『……ごめんなさいね、玲美ちゃん。そいつに何もされなかった?』
「失礼なことは言われましたけど、それ以外は別に……」
『そう……良かった。もう、その男を見掛けても相手にしちゃ駄目よ。あと、玲美ちゃんなら大丈夫だと思うけど、私達のことは一切その男に話さないで』
「はい……あの、やっぱり知り合いなんですね」
『そいつは間違いなく…………、私の元旦那だよ……』
元……旦那……?
おばさんの元旦那ってことは、恵利佳のお父さん?
恵利佳がまだ幼い頃に、殺人事件を起こして逮捕されたっていう……あの……?
『玲美ちゃんが無事で良かった……。ごめんね、怖い思いさせちゃったね……』
「いえ……私なら大丈夫です。でも、それよりもおばさん達の方が……」
『まさか、もう出てきてるなんてね……しかも、私達がこの町に来てるなんて、どこで嗅ぎつけたんだか……。警察に言おうにも、警察は何か起こってからじゃないと動いてくれないしねぇ……』
思いもよらなかった。
あれが、恵利佳のお父さん……恵利佳がいじめられる元凶を作った人物、その人だったなんて……。
『恵利佳はしばらく学校に行かせない方がいいかもしれない……』
「でも……」
恵利佳はやっと暗い過去を払拭して、最近では学校を楽しいということが多くなった。
私達以外にも話せる友達だってできたし、勉強だって頑張ってるのに……。
どうして、この世界の運命は恵利佳をこんなに苦しめようとするのだろう。
恵利佳は……私達だって、ただ平穏に過ごしていたいだけなのに……。
『それと、玲美ちゃんもだけど、しばらくうちには近付かない方がいい。あの男のことは、おばさんが何とかして見せるから』
「……わかりました」
『ごめんね……私達のことで迷惑掛けちゃって……』
「そんな……おばさん……」
おばさんは受話器の向こうで泣いていた。
せっかく取り戻した平穏が、音を立てて崩れて行くような感覚が私を襲う。
私は通話の無くなった電話を握りしめたまま、しばらくそこから動くことができなかった。
***
その夜、なかなか眠りにつけなかった私は洋菓子の箱のフタを開けた。
ここには私にとっていろいろな思い出が詰まっている。
「どうしよう……前世の私……」
私は、前世の私が描き残した両親の絵を見てそっと呟いた。
絵の中のお父さんもお母さんも、ただニコニコと笑っているだけだ。
「あの時は、あなたの残してくれたメモがあったからよかったけど……この先は、自分達でどうにかするしかないんだよね……」
箱を胸元に抱え、私はベッドの上に寝転がった。
少しだけ、気分が落ち着いたような気がする。
明日は恵利佳、学校休むんだよね。
私もその方がいいとは思うけど……でも、それっていつまでなの?
あの男がこの町にいる限り、それはずっと続いていくということ?
それだけじゃない……もしも、他の誰かが恵利佳の家のことを喋ってしまったら……?
家に閉じこもっていることは、何の解決にもなってないじゃないか。
だからと言って、じゃあ外に出ても大丈夫かといえば、そうともいえないわけで……。
私一人で悩んでちゃ駄目だ。
明日、仲間達に相談しよう。
もしかしたら、みんなで考えれば何かいい手が思いつくかもしれないし。
がんばるから……見てて、前世の私。
私は心の中で、洋菓子の箱に向かってそっと誓った。
***
翌日、恵利佳は学校に来なかった。
学校には体調を崩したとだけ言ってあるみたいだけど、前日までの恵利佳を見ていた由美は、何かおかしいことに気が付いたみたい。
由美にも話した方がいいのかな……どうしようか……。
「よお、玲美」
「謙輔……」
渡り廊下から外を眺めているとと、謙輔が後ろから声を掛けてきた。
「どうした? なんだか浮かない顔をしてるな。悠太郎のことか?」
「違うけど……」
悠太郎……悠太郎がこの場にいたなら一番に相談しているところなのに……。
悠太郎なら、私のどんな相談でも聞いてくれるのに……。
「何か悩んでることがあるなら俺が聞くぜ?」
「ありがとう……でも……」
みんなに相談しようって昨日は思ってたけど、今回の件は私達だけじゃやっぱり危険な気がする。
どうしたらいいんだろう……。
私は、いったいどうしたら……。
お読みいただいて、ありがとうございました。




