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止まった時計の針  作者: Tiroro
中学二年生編 本編その1 止まった時計の針
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第73話 忍び寄る影

 すいへーりーべ……なんだっけ……?

 駄目だ! 化学とか全然わからん!

 もうすぐテストだって言うのに、これじゃ追試になっちゃうよ!


「何してんだ、玲美?」


 気が付くと、瑠璃が呆れた顔をしてこっちを見ている。


「化合式が全然覚えられなくて……すいへーがどうとか……」

「ああ、すいへーりーべ、ぼくのふね、だっけ?」

「それ! そもそもその謎の呪文みたいなのが何なのかわかんないの!」

「お前……そんなので躓いてたら、化学反応式なんてもっとわかんないんじゃないか?」

「なんだっけ、それ?」


 化学反応式……水がH2Oとかいうやつだっけ?

 水素がHで酸素がO2、水素と酸素を合わせたら水ができるんだよね、たしか。


「つまり、水はH2Oでしょ!?」

「残念ながら、2H2Oだ」

「どこからそのHの前の2が出てきたんだよ!」

「あたしが知るか! 式が2H+O2は2H2Oなんだから仕方ないだろ!」

「わけがわからないよ!?」

「落ち着け玲美っち」


 なぜか私を目隠ししてくる沙耶。


「……O3は何かわかるか?」


 なぜ私は目隠しされながらこんな質問をされているのだろう。


「……酸素」

「オゾンだ」

「化学式なんて大っ嫌いだぁぁああああ!!」


 私は教室を飛び出した。

 化学なんてもう嫌だ。そうだ、こういう時は由美と恵利佳に慰めてもらおう。

 あの二人なら、こんな意地悪はしないはず。

 私は隣の二組のクラスに逃げ込んだ。


***


「そう……そんな事が……」


 やっぱり恵利佳は優しい。

 瑠璃や沙耶と違って、意地悪な事を言ったりしない。


「恵利佳、甘やかしちゃ駄目。ここで私達が甘やかせてしまったら、玲美は困難から目を逸らして逃げちゃう子になってしまうわ」

「そんな大袈裟な……」


 由美は私の味方では無いらしい。

 たしか、私の無二の親友だったと思ったのだけど。


「……わかったわ。じゃあ玲美、酸化マグネシウムの化学反応式は言える?」

「言えるわけないよね?」

「2Mg+O2で2MgOなの」

「Oの後の2はどこに消えたの?」

「言われてみれば行方不明ね……どこに消えたのかしら?」

「恵利佳まで何言ってるの!?」


 そんな事を話していたら、いつの間にか貴重な20分休みが終わってしまいそうだ。

 私は、いったい何をしているのだろうか。


「玲美って、数学は得意なくせに化学は苦手なんだね」


 だって、化学ってどっちかというと暗記じゃん。

 暗記って、私苦手なんだよね……。


「ゆっくり覚えて行けばいいわ。まだテストまでは時間があるんだし」

「そうだね……そうするよ」


 私はうなだれながら教室へと戻って行った。

 まずは、すいへーりーべ……これを覚えなくちゃ。


***


 一日の授業が終わり家に帰った私は、久し振りに瑠璃達の居る河川敷に向かった。

 今日は塾も無いから、ここでのんびりと過ごそう。


「今日は珍しい客が居るな」

「あ、村瀬先輩」


 瑠璃とおしゃべりしていると、三年生に進級した村瀬先輩がやってきた。

 あれ? この人って眼鏡掛けてたっけ?


「村瀬さん、受験に向けてイメージを変えるために必死なんだ」

「へー。たしかに賢そうに見えるかも」

「あの人、ああ見えて結構頭いいんだぜ」


 村瀬先輩は木箱で作った机に何やら難しそうな参考書を広げると、そこにマーカーで線を引き始めた。

 そして、透明の緑色のシートを置いて勉強を始めたようだ。


「家でやればいいじゃん」

「家にいると、おふくろが店を手伝えってうるさいんだよ」


 だからと言って、ここで勉強する必要は無いような……。


「それに、今日はお前が居るからいいけど、俺がここに居ないと瑠璃が寂しがるだろ?」

「べ、別に、あたしはそんな事……!」


 瑠璃ったら顔が真っ赤だ。

 わかってるんだよ。瑠璃は村瀬先輩のことが大好きなんだよね。


「ここなら勉強に飽きた時、気分転換もできるしな」


 村瀬先輩は、大きなあくびをしながら参考書をパラパラとめくった。


「そう言えば玲美、あれからあいつから連絡はあったか?」

「あいつ……? ああ、悠太郎のこと?」

「ああ。急に転校になって、あいつも寂しがってるだろうし」

「そうだね。週に一回くらいは電話してるよ」

「元気そうか?」

「うん。新しい学校にももう慣れたって」


 悠太郎は、私達が二年生に上がる前、お父さんの転勤が決まって東京に転校していった。

 もともとは東京に住んでたんだから、転校って言うより戻ったって言った方が正しいのかもしれない。


 春休み。

 私と悠太郎は、二人きりで出掛けた。

 思い出の場所は全部回った。

 タコ公園、小学校、喫茶店、スポーツセンター、駄菓子屋、そして、神社。


 悠太郎はいつも身に付けていたマフラーを私にくれた。

 少し遅いホワイトデーのお返し。


 私達は、まだまだ子供だ。

 いくら好き同士でも、親に養ってもらっているのだから、お父さんの転勤が決まれば悠太郎は付いていかなくてはいけない。

 私達だけで生活していく事なんてできないんだから。


『離れても、俺の気持ちは変わらない』


 悠太郎はそう言ってたっけ。

 私ももちろんそうだけど……それでも悠太郎はモテるから、私なんかじゃなくってももっと良い人見つかるよって言ってあげようと思った。

 でも、私の口から出た言葉は、自分でも思っていた言葉とは全然違うものだった。


『……離れたくない……』


 それ以外の言葉は声に力が入らなくて出て来なかった。

 こんな事を言って悠太郎を困らせて、私はどうしたいんだろう……。

 そう思った瞬間、悠太郎に強く抱きしめられ、何度も頭を撫でられた。

 その度に、私の目からは涙が溢れてきて……。


『俺はきっとここに帰ってくる……』


 聞こえた声は、涙声の混じった声だった。

 悠太郎も泣いてるんだ……そう思って見上げた途端、私の口は温かいもので塞がれた。

 しばらくそうしていて、お互いに離れた時には、悠太郎は取り繕ったような笑顔を見せていた。


『あっちに着いたら電話するよ』

『うん……待ってる……』


 次の日、悠太郎の家族は引っ越して行った。

 それからも、悠太郎はこまめに電話をくれる。

 受話器から聞こえる彼の声は近いのに、お互いの居る距離は遠い。

 そう考えると寂しいと思う時もあるけど、悠太郎を困らせない為にも私はいつも元気いっぱいでいなくちゃいけない。


「お前も、彼氏が遠くに引っ越したっていうのに、思った以上に元気なんだもんな」

「悠太郎がこの世から居なくなっちゃったわけじゃないもんね」

「寂しかったら、無理するなよ」

「ありがとう。でも、大丈夫。私は平気だよ」

「そうか」


 空は少しずつ夕焼けに近付いてきていた。

 そろそろ帰らなきゃ。ふと見ると、河川敷の不良達も帰り支度を始めてるみたいだ。


「あんまり遅くまで騒ぐと、近所迷惑になるからな」


 そう言って、村瀬先輩も分厚い参考書を閉じてカバンにしまっている。

 ……不良って、なんだっけ?


***


 家の近くまで来た時のこと。


「ちょっと聞きたいんだが……」


 後ろからガラの悪そうな男の声が聞こえた。

 私に言ったの? 変質者かな……もしそうだったら、どうしよう……。


「そこのお前だよ。お前、この辺の中学生だろ?」


 後ろを見ると、やっぱり声と同じくガラの悪そうな……かと思ったら、そうでもない?

 スラっとした色付き眼鏡のお兄さん? が立っていた。

 ああ、でもあまり良い人には見えないな……。


「……私に、何か用ですか?」

「別に取って食いやしねえよ。この辺に、吉田っていう奴が住んでる家は無いか?」


 吉田……恵利佳? いやいや、別に恵利佳じゃなくても吉田っていう姓は他にもいるし。

 それに、恵利佳はアパート住まいだもんね。家って、たぶん一軒家みたいな所を言うんじゃないかな?


「知りませんけど……」

「使えねえガキだな」


 失礼な……やっぱりガラの悪い奴だ、コイツ。


「あーあ、あいつら、どこ行っちまったんかね……親戚にあたっても誰も教えてくんねえし」

「用が無いなら、もう行きます」

「あー、質問変えるわ。お前の通う学校に、吉田恵利佳って奴いねえか?」


 恵利佳……!?

 今コイツ、吉田恵利佳って言ったの!?


「……わかりません。人の名前覚えるの苦手だし……」

「お前、さては馬鹿だろ。もういい、とっとと行け」


 なんで初対面の人に馬鹿だと言われなきゃいけないんだ。

 でも、私はそれ以上何も言わずにそこを立ち去った。


 コイツは恵利佳を知っている……しかも、恵利佳を探してる?

 いったい、この人は誰……?


 嫌な予感がする……。

 悠太郎……私、なんだか怖いよ……。

お読みいただいて、ありがとうございました。

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