第72話 新学期の始まり
新学期になって一カ月。
由美達とは別のクラスになっちゃったけど、瑠璃とはまた同じクラスになれたし、新しいクラスにもそろそろ慣れ始めてきた感じがする。
「今回も、俺と同じクラスで嬉しいだろ?」
そうおっしゃる腐れ縁の幼馴染を冷ややかな視線で見つつ、私は次の授業の準備をしていた。
***
新しいクラスの仲間達。
一年生の時と比べたら、わりと普通の人達って感じがする。
いや、あのクラスが異常に濃ゆい感じだっただけなんだろうけど。
そういえば、二年生は野外キャンプがあるんだっけ?
そろそろ班決めとかするのかな。
瑠璃とは同じ班にしようと思うけど、あとは誰と組もうね。
「お前、真理子とはどうなったんだよ~」
「あ? あんなのもう別れたに決まってんだろ?」
「もったいねえ! あいつめっちゃ可愛いじゃん!」
「じゃあお前が付き合ってやれよ」
クラスの男子達の会話。
一年の時に比べて、こういうのが増えた気がする。
男子達の体格も、二年生になってからだいぶ変わった感じ。
声もみんな低くなって大人っぽい感じがするし、もう男子と喧嘩しても絶対勝てないね。
「玲美っち、何ボーっとしてんの?」
「もうすぐキャンプなんだなーって思って」
彼女は山本沙耶。
新しいクラスになって、初めてできた私の友達。
ちょっと大人びたところのある子で、由美をもっと活発にした感じ?
見た目もボーイッシュで、ショートボブがよく似合ってる女の子。
「あのキャンプね、あそこ……出るらしいよ?」
「なにが?」
「……幽霊」
「マジで!?」
「マジマジ。お兄ちゃんの時は、幽霊を見た子がおかしくなっちゃって大騒動になったらしいもん」
大きな声で笑いながら話す沙耶。
てゆうか、本当に出るの? それってやばくない?
「そんなの出るわけねーだろが」
「じゃあ瑠璃にはぜひ、本当に出るかどうか確かめてきてもらわないとね」
「そ、そんなの出るわけないだろ!」
瑠璃は絵に描いたようなグヌヌ顔で、沙耶を見ていた。
それを見てニヒヒと笑う沙耶。
これが、今の私の日常の風景。思ったより、楽しくやれてます。
***
帰りの時間になると、私はいつも由美達のクラスに立ち寄る。
そこには由美と、そして恵利佳が居た。
二人は同じクラスになったんだよ。
最初は私も同じクラスが良かったなーって思ったけど、今はあまりそう思わなくなってきた。
由美と恵利佳は二組、私は一組。
隣のクラスだから授業でも会う機会多いし、クラスが離れたって挨拶だっていつも通りしてる。
思ったほど不自由は無いね。
「お待たせ。あれ? 瑠璃は一緒じゃないの?」
「今日は村瀬先輩と一緒に帰るんだって」
「あら、二人は付き合ってるのかしら?」
「本人は思いっきり否定してたけどね」
***
二年生になり、私は塾に通い始めた。
だから、今日は帰ったらすぐに準備して出掛けなければいけない。
私だけじゃなくて、由美も塾には通い出したみたい。
私達、もう中学二年生なんだ。
中学校の生活は、小学校とは違って三年間しかない。
日本の義務教育は、中学校で終わる。
中学校を卒業したらすぐに働き始める人だっているんだ。
「玲美さ、なんだか雰囲気変わったよね」
「そう?」
「うん。少しお淑やかになった気がする」
「いつまでも、お転婆でいるわけにはいかないでしょ?」
「……自覚はしてたのね」
高校にだって、勝手に好きなところに入れるわけじゃない。
一生懸命勉強をして、受験をして、そして合格して、そこまでしてやっと高校に入学することができる。
楽しく夢を見ていた時間は、もうすぐ終わり。
私達は、少しずつ大人への階段を登り始める。
「じゃあ、また明日学校でね」
「うん、じゃあね」
「またね」
由美達と別れ、私は急ぎ足で家に向かった。
塾まで結構遠いから、あんまりのんびりできないんだよね。
あーあ、小学校の頃に戻りたいなぁ……。
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──
* * * * * *
玲美達と別れ、家に帰った私はカバンから教科書を出し、早速勉強を始めた。
裕福でない私が高校に行くには特待生を目指すしかない。
お母さんがパートで居ない今のうちは、この古びたテーブルが私の勉強机。
夕方になったら、晩御飯も作らないとね。
静まり返った部屋で、私はただひたすら勉強を進めた。
しばらくすると陽が傾き始め、私はまだ洗濯物を取り込んでいなかったことに気付いた。
いけない、急いで取り込まないと。
取り込んだ洗濯物をたたみ、タンスに入れて行く。
そうだ、お風呂も掃除しなきゃ。
お母さんが帰ってくるまでもう少し。勉強はここまでね。
家は裕福じゃないけれど、私はお母さんに感謝している。
女手一つでここまで私を育ててくれて、辛いこともいろいろあったけど、私は今幸せだ。
一息ついて、私は棚にあるアルバムに手を伸ばした。
ページをめくっていくと、小学校の卒業前に渡辺君達と行ったキャンプの時の写真があった。
そこには、渡辺君のお父さんに言い寄られて照れているお母さんの写真もあった。
渡辺君のお父さんはお母さんに本気で惚れてしまったみたいで、たぶんあれはプロポーズだったんだと思う。
お母さんはペコリと頭を下げると、それを断った。
私のこともあるから、再婚は考えられないって言ってたっけ。
もし本当に再婚をしてしまっていたら、私と渡辺君は兄妹になってしまい、それはそれでいろいろと気まずかったのだけど……。
お母さんには幸せになってほしい。
だから、私はしっかり勉強をして、良い高校を出て早く独り立ちをしたい。
そうすれば、お母さんも私のことは考えずに幸せになれるよね。
アルバムを片付け、次に私は晩ご飯の準備を進めることにした。
冷凍庫を開けると、鶏胸肉が残っていた。
玉ねぎも卵もあるし、今日は親子どんぶりにしようかな。
◆◇◆◇
すっかり暗くなった町を進む人影が一つ。
男は手に持っていたビールの缶を乱暴に投げ捨て、足を投げ出してその場に座り込んだ。
ただの酔っ払いに見えるその男に近付くものは誰もいない。
「やっと出て来られたぜ……」
男は誰にともなくそう呟く。
「やっぱ、久し振りのシャバの空気はうめえな……塀の中とは大違いだ」
男はポケットから煙草を取り出し火をつけた。
もくもくと上がる煙の中、男は再び呟いた。
「さて……。久し振りの我が家に帰るとするか」
男は立ち上がり、ズボンの砂を払うと、よろめきながら歩き出した。
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