第70話 止まった時計の針(4)
朝から無駄に長い朝礼も終わり、俺は教室へと向かった。
石川とは別のクラスになってしまったが、まあいい。
当初の計画では、石川を通じてあの女ともっと仲良くなっているはずだったんだが……あの馬鹿、いったい何を失敗したのやら。
ターゲットの友人達に邪魔をされて、近付く事すらままならないらしいな。
使えないコマはもういらない。もう一つの計画の方にシフトすればいいだけだ。
幸い、俺の方は武道を通じてある程度力を蓄える事ができた。
空手を習い始めてまだ一年未満だというのに、今や道場で俺に敵うものは居なくなってしまった。
そう……これが“転生チート”というやつだ。
何も頭の中に声が聞こえたり、多大なスキルが使えたりのようなファンタジーじみたものではない。
単純に、現代の人として持ちうる“才能”としてのチート。
俺に与えられたチートは、さしずめ“文武両道”と言ったところか。
今世の体は良くでき過ぎていて、学問の吸収能力は高いし、体も綿のように軽く感じる。
何も鍛えていないのにも関わらず、筋力も人並み以上に高く、まさに生まれ変わったとはこのことだ。
人は、体が変わるとこうも変われるものなのか。
しかも、人に好かれる才能もあるらしい。容姿も前世とは比べ物にならないほどよくなっているせいもあるかもしれないが、そのおかげか、コミュニケーション能力も自然と身についていった。
「宇月君と同じクラスで良かったー!」
「あたしもー! 裕子なんて“あたしも宇月君と同じクラスが良かったのにー!”って悔しがってたもんね!」
「あ! いま宇月君こっち見て笑ったよ!」
「違うよ! 私を見て笑ってくれたんだよ!」
……苦笑いだよ、馬鹿な奴らめ。
前世の俺は全くモテないどころか、ちょっとすれ違っただけで女子から嫌な顔をされてたもんな。
渡辺の奴が、罰ゲームとやらでクラスの女子に俺に告白させたこともあったっけ。
愚かにも鵜呑みにした俺は、その後散々笑いものにされ、惨めな思いをしたもんだ。
それにしても、この新しいクラスは本当にやかましい。
これではおちおち考え事もできんな。休み時間はあの場所で過ごすとするか。
◆◇◆◇
やっぱり、ここは落ち着くな……。
多くの書物に囲まれ、俺は図書室で物思いにふける。
ここなら、馬鹿共が騒ぎ立てることもないし、ゆったりと休み時間を過ごせるというものだ。
「あら? 宇月君」
「誰かと思えば、河村さんか」
聞きなれた落ち着いたトーンの声が響いたと思えば、そこに居たのは河村智沙だった。
まあ、勉強好きの彼女ならここに居てもおかしくは無いか。
「新しいクラスはどう?」
「まだそれほど経っていないもの。まあ、ぼちぼちね」
「そりゃそうか」
相変わらず、その大人びた仕草は同年代の子供とは思えないほど落ち着いて見える。
一年生の頃とはイメージを変えたかったのか、いつもしっかりと結ばれていた三つ編みも、優等生っぽさを際立たせていた度の強い眼鏡も外して、随分と垢抜けた姿になっていた。
「眼鏡、やめたんだね」
「コンタクトにしただけよ……変かしら?」
「いや……似合ってるよ」
そう言うと、意外な事に顔を赤らめる彼女。
照れている仕草は、やはり年相応と言ったところだな。
俺自身の件もあるし、もしかしたら彼女も……と考えたりもしたが、それは勘繰り過ぎだったか。
「宇月君も、すっかり男らしい体つきになったわね」
「成長期だからね。いつまでも子供の体のままじゃないさ」
河村は本棚から集めの本を取り出すとと俺の隣の席で読み始めた。
それは、輪廻転生について書かれている本だった。
「てっきり分厚い広辞苑でも持ってくるのかと思った。そんなものを読むとは意外だね」
「おかしいかしら? この本には人が死ぬまで、そして、死んだあとどうなるかが書かれていてとても興味深いの」
いつになく真剣な表情でそう語る河村。
転生に興味を持つなんて、やはり……彼女も俺と同じ転生者なのか?
「人が死んだあとが気になるのかい?」
「ちょっとね……。ねえ、宇月君は転生ってあると思う?」
「そんなのは、漫画や小説の世界の出来事だ」
「そう……でも、私は信じてるの。だって、実際にそれで……私は、救われたのだから」
「……え?」
この女……まさか、本当に……?
俺と同じ……。
深いダークブラウンの瞳が、俺の目を見てじっと逸らさなかった。
何やら自分の事を見透かされているようで、思わず目を背けそうになる。
「放課後……ちょっといいかしら?」
「……ああ、構わないよ」
なるべく不自然にならないように、俺はそう答えた。
もし、こいつが転生者だったとして……いや、だからと言ってそれで俺の計画に支障が出るわけでも無いとは思うが、いったい何を考えている……?
「じゃあ、そうね……教室に迎えに行くから、何組だったかしら?」
「一組だよ。わざわざ来てくれるのかい?」
「誘ったのは私だもの」
河村はそのまま書籍を棚に戻すと、図書室を出て行った。
◇◆◇◆
放課後、宣言通りに河村はやってきた。
手で合図だけされて、俺はそそくさと教室を出て行く。
「呼んでくれればいいのいに」
「変に勘違いされては困るでしょう?」
別に困る事など無いのだが……前世で散々嫌な思いをさせられたせいか、俺は同年代の馬鹿な女共に興味は無い。
まあ、彼女なりに気遣ってくれたのだとしておこう。
それよりも……どこへ連れ出す気だ?
「ちょっと人の居ないところに行きましょう」
そう言うと、河村は足早に廊下を進んで行った。
人の居ないところ……まさか……告白? では無いよな。
何を企んでいるんだ、この女……いよいよ少し用心した方がいいのかもしれない。
◆◇◆◇
海に繋がる河川が広がる場所。
その石段に、彼女は腰を掛けた。
「たしかに人は居ないけど……」
「ほのかに潮の香りがするでしょ? ここは、私のお気に入りなの」
「へえ……」
遮断物の無い海から吹く風が、潮の香りと共にまだ寒さの残る空気を運んでくる。
「貴方を見ていると気になる事があってね……その前に、話しておいた方がいいかしら……」
「……何を?」
「私ね……こっちに来てからはずっと優等生を演じてきたけど……」
そこで、彼女は息を呑んだように止まった。
優等生を演じてきた……? まあ、たしかに絵に描いたような優等生だったとは思うが……演じてきただと?
それは、つまり……。
「ごめんね……思い出すと辛くて……。でも、貴方には知っていてほしい……本当の私を……」
「……」
俺は何も言わず、河村を見た。
いつもの人当たりの良さそうな彼女とは違い、無感情……それでいて、どこか悲しさを湛えているような表情だった。
お読みいただいて、ありがとうございました。




