第69話 変わっていくもの
運動会は、結局上級生が白組に逆転され、赤組は負けてしまった。
とはいえ、俺にとっては勝敗などどうでもいい話で、悠希にいいところを見せられたのだからそれでいい。
表彰を兼ねた集会が終わり一度クラスに集まった後、簡易的なホームルームが行われ、解散という運びになった。
「宮下、お前頑張ったな」
「伊藤……いや、まあ負けちまったし……」
「宮下君のおかげで、怪我無く済んだよ。ありがとう」
俺に対してペコリと頭を下げる高山。
よくそんな真似できるな……俺は、お前のことムカついて殴ろうとしたりしてたんだぞ。
「僕達、良い友達になれそうだ」
そんな風に手を差し出されて、俺にどうしろというんだ……今更こいつと仲良くなんて……。
ふと悠希の方を見ると、何やら心配そうな顔で俺の方を見ていた。
さすがにもう、殴りかかったりなんてしねえよ。
「その……なんだ……、今まで、悪かったな」
仕方が無いから握手してやる。
そしたら、途端にだらしのない笑顔を見せる高山。
なんなんだろうね、こいつ。
「僕、友達が欲しかったんだ。ありがとう、宮下君」
「……おう」
よく考えたら、こいつ休み時間になると女子達には囲まれてるけど、クラスの男達と話しているところは見たこと無かったな。
転校してきたばかりだし、実はなかなか周りに馴染めていなかったのかも。
「まあ、よろしく」
更にだらしない笑顔になる高山。
単純に、感情表現が豊かなんだな、こいつ。
「悠希、たまには一緒に帰るか?」
俺は帰り支度をしていた悠希に思い切って声を掛けてみた。
「そうだね。たまには、ね」
「僕も一緒に」「お前は駄目だ」
一緒に帰りたがる高山を押しのけて、俺は悠希と一緒に教室を出た。
あいつとは仲良くなったが、それとこれとは話が別だ。
***
「あいつ、まだ悠希のこと狙ってんのか」
「なんで私なんだろうね。他にも可愛い子いっぱいいるのに」
こうやって、悠希と一緒に家に帰るのってどれほどぶりだろう。
家はすぐ隣なのに、近くて遠い存在になっていた気がする。
そうだ……いつの間にか、女である悠希と一緒にいるのが妙に恥ずかしくなって、離れて行ったのは俺の方だったんだ。
「えっと……ごめん」
「どうしたの? 急に……」
「いろいろと、ごめん。とりあえず謝らせてくれ」
「変なの」
悠希の横顔を見ると、切れ長の目と長い睫毛が妙に綺麗に見えた。
こいつ、こんなに美人だったんだな……。
「あの……さ、また一緒に遊びたいよな」
「はあ? また急にどうしちゃったの?」
「なんかさ、ガキの頃一緒に遊んでたのが、懐かしく思えちゃって……ほら、そこの空き地」
そこには、廃棄された白い石灰がたくさん積もったちょっとした小さな山があった。
子供の頃の俺達は、この滅多に雪の降らない地方で雪に憧れていた。
そんな時、見つけたのがこの空き地に積もった石灰の山だった。
「隆弘ったら、この山は雪の山だって言ってよく石灰を集めてたよね」
「この向こうに池があるんだよな。オタマジャクシもよく捕まえたもんだ」
「懐かしいね」
いつの間にやらできていた池には魚は棲んでいなかった。
小さく浅い池は、どこからかやってきたカエルとザリガニ達のかっこうの棲みかになっていたっけ。
「久し振りに、ちょっと寄って行かないか?」
「制服が石灰だらけになっちゃうでしょ?」
「反対側に回るだけだよ」
悠希を連れて、俺は池の方へと向かった。
そこには、あの幼い頃に見た池はもう無かった。
そこにあったものを思わせるような乾いてヒビの入った泥が、ただ残っているだけだった。
「いつの間にか、こんな風になってたんだな……」
「もう三年も前だもん。もともと池じゃ無かったしね」
あの頃に居た、オタマジャクシやザリガニ達はどこに行ってしまったんだろう。
「景色も、人も……私達だってどんどん変わっていくんだよ」
悠希はその軽く天然のパーマの掛かった長い髪を、耳元からスッとすくう仕草をした。
俺は、その姿に思わず釘付けになっていた。
「……どうしたの?」
「いや……お前、本当に綺麗になったなって思って……」
「急に何を言いますやら」
俺は、素直に思っている事を口に出した。
恥ずかしくなんてない。俺は、これからもっと恥ずかしくなるような事を言うのだから。
「悠希……あのさ、俺……」
いざとなったら、やっぱり気恥かしさがこみあげてくる。
悠希の目を見て話すつもりが、思わず目を逸らしてしまった。
「どうしたの?」
この気持ちは、やっぱりちゃんと伝えなくては……でも、もし振られてしまったら、俺は……。
「言いたい事があるなら、ちゃんと言って」
「悠希……」
このまま黙って気持ちを伝えなかったら、悠希はきっと誰かに取られてしまう。
そうなったら、俺はたぶん、もっと後悔する……!
「俺は……お前の事が……」
「うん」
「お前の事が、好き……みたいなんだ……付き合ってくれ!」
「……」
悠希は黙って俺を見ていた。
自分で言っておいてなんだが、“みたいなんだ”ってなんだよ。
もっとストレートに言えよ、俺……。
「……そう」
「そうって……お前……」
「隆弘が、私のことをねぇ……」
悠希は、何か真剣に考えるような仕草をすると、またしばらく黙って俯いてしまった。
なんとなく、気まずい空気が流れる中、悠希はやっとその口を開いた。
「その答え、今すぐじゃなきゃ駄目?」
「え? そう……だな、できればすぐに……」
「じゃあ……今回はパスで」
「んなっ!?」
返ってきた答えは、俺の予想をはるかに上回るもので、思わず変な声が漏れてしまった。
パスってどういうことだよ……しかも、今回はって……。
「そんな恋愛とか興味ないし、今の隆弘と付き合う私を想像してみて、無いかなって思っちゃったの」
「無い……のか」
「うん、無い」
もしかして、悠希は他に好きな奴が……やっぱり、積極的な高山の方がいいのか……?
「そんなに焦んなくてもいいんじゃない? 私達、まだ中学生になったばかりだよ」
「そうか……無いんだな……」
「ちゃんと聞きなさい」
「はい……」
“無い”という言葉が頭の中でこだましている俺に、悠希は続けて言った。
「別に、隆弘の事が嫌いってわけじゃないし、そこは勘違いしないで」
「そうなのか……なら、なんで……」
「たしかに、周りでも彼氏持ちの人は何人もいるし、中学生で付き合うのが早すぎるってわけじゃないのはわかってるよ。だけど、私と隆弘って幼馴染じゃん?」
「うん……」
「お互いに近過ぎるんだよ。小さい頃から知り過ぎてるし、付き合ってって言われてすぐに“はい、そうですね”とは言えないよね」
む……たしかに、そう言われてみればそうかもしれない。
「せめて来年まで待ってもらっていいかな? その時になって、隆弘がまだ私のことを好きだったら考えてみる」
「来年か……来年の一月になったらいいのか?」
「ううん。二年生になったら、ってことで」
「長いな……」
「もう二学期なんだし、そうでもないよ」
それでも、あと五ヶ月くらいか。
俺にとっては長い五ヶ月になりそうだ……。
「私達は、どんどん変わっていく。だけど、隆弘のその気持ちが変わらないままだったら、私はそれを受け入れようと思う」
「絶対に……変わらない」
「うん……そう信じてるよ」
見上げた石灰の山に、ふと無邪気に遊んでいた頃の俺達の姿が見えた気がした。
変わるものと変わらないもの、俺はこの先、本当にこの気持ちが変わらないって約束できるだろうか……。
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季節は移ろい、中学一年生の残りの期間はあっという間に過ぎていった。
「もうすぐ二年生だね、私達」
「次も由美と同じクラスになれるといいなぁ」
あと少しで三学期も終わり、一年間慣れ親しんだこの教室ともお別れが近付いてるんだね。
「ねえ玲美、気付いてた?」
「なにが?」
「いつの間にか、身長伸びたよね」
急に来た成長期で、私の身長は由美とほとんど変わらなくなっていたみたい。
体中の節々がずっと痛かったのは、このせいだったんだ。
お母さんも、私と同じように中学校に上がってから急に背が伸びたって言ってたような。
「もしクラスが代わっても、ずっと友達でいてね」
私がそう言うと、親友は優しく微笑んだ。
お読みいただいて、ありがとうございました。
次回から、ようやく本編に入ります。




