第66話 焼きもち
「はいこれ、私のおごり」
「アザッス……」
手渡されたのはソフトクリーム。
加藤先輩が俺の言うことを聞かずに行っちゃうからついてきてしまったけど、そもそも中学生が帰りにコンビニで買い食いっていいのか?
「ほら、早く食べないと解けちゃうよ。それともソフトクリームは嫌いだった?」
「いえ、そんな事は無いっスけど……」
なんだろうな……これは、食べてはいけない気がする……。
先輩の方を見ると、満面の笑みでソフトクリームを食べているし、この状況でこれをつっ返すのも気が引けるなぁ……。
「遠慮しないで。それとも……私が食べさせてあげようか?」
「い、いえ! じゃあ、いただきます!」
仕方ない……これだけ食ってとっとと帰ろう。
「……美味いっス」
「でしょ? 疲れた時はこれに限るよね」
「お金、払いますよ」
「いいからいいから。こう言う時は先輩に甘えときなさい」
加藤先輩はそう言うと、漫画でよく見るような“任せなさい”的なポーズをとった。
あまり話した事の無かったけど、意外と面白い人なのかもな。
「ところでさぁ、伊藤君、動物占いって知ってる?」
「あー、聞いた事はありますけど、どんなものかは知らないです」
「じゃあ、見てあげるから生年月日教えてよ」
「7月28日っスけど……」
「私の一個下だから……これかな? 伊藤君はゾウさんだね」
加藤先輩は、持っていた占いの本をこちらに向けてきた。
ゾウ……信念を持って必ずやり遂げる……か。
「これね、誕生日によってみんな違う結果になるんだ。私はね……何だと思う?」
「どんな動物があるのかわかんないですけど……猫とか?」
「惜しい! 私は黒ヒョウだよ!」
「黒ヒョウねぇ……」
たしかに、言われてみればスタイルがヒョウっぽいかも……って、何考えてんだ、俺。
「知ってる? 黒ヒョウとゾウってね……相性がすっごく良いんだよ」
「そ、そうなんスか……」
そう言う先輩の表情が、一瞬本当に黒ヒョウのように見えた。
******
「……話は大体わかったわ。つまり、悠太郎君は焼きもちを焼いてるんだと思う」
「焼きもち……ですか」
なんだか由美に話してるうちに懺悔している気分になって、つい敬語になってしまう私。
「自分が知らないうちに、玲美がさっきの人としょっちゅう会ってるんじゃないかって思ったんじゃないの?」
「しょっちゅうって……昨日が幼稚園の頃以来初めてだよ? 私だってびっくりしたんだから」
「それ、ちゃんと言ったの?」
「言おうとしても聞いてくれないじゃん。勝手に勘違いして怒ってるなんて、いい迷惑だよ」
なんだかイライラする……とりあえず由美の作ったクッキーでも食べていったん落ち着こう。
甘くて美味しいです。
「私には恋愛経験無いからよくわからないんだけど……焼きもちを焼くって、それだけ玲美が愛されているってことだと思う……」
「そういうこと。恵利佳の方がよくわかってるじゃない」
自分で言っておいて、顔を真っ赤にして恥ずかしがる恵利佳が可愛い……じゃなくて、愛されてる……か。
そっか……私だって、悠太郎が別の誰かと一緒に居るところを見ちゃったらなんだかモヤモヤしちゃうもんね。
「まあ、悠太郎君にはちゃんと説明をして、あの人とはもう会わないことだね」
「私と哲ちゃんはただの幼馴染なんだけどなぁ」
「あんたはそう思っていても、その哲ちゃんとやらは本当にそう思ってるの?」
由美にそう言われて、昨日の哲ちゃんに腕を掴まれた時の事を思い出した。
あの時の哲ちゃんは……ただの幼馴染という感じじゃ無かった気がする……。
「幼馴染同士が恋をするってのもよくある話だよ。わたしだって、昔は近所の幼馴染のお兄さんに憧れたりしていたくらいだもの」
「へー。そのお兄さんに会ってみたいなぁ」
「……私、お父さんの件のせいで幼馴染自体が居ないんだけど……」
私と由美は、全力で恵利佳に謝罪した。
***
由美達と話してたら、ちょっと遅くなっちゃった。
里奈ちゃんも帰ってきたし、悠太郎もそろそろ部活が終わって帰ってる頃かな。
明日になったらちゃんと誤解を解いて、仲直りしなきゃ。
「二人とも、そろそろ暗くなってくるから気をつけて帰ってね」
「大丈夫、恵利佳は私が責任持って送り届けるから」
「あんたも気をつけなって言ってるの」
由美は心配性だなぁ。
恵利佳はともかく、私みたいなちんちくりんを相手してくれるのなんて悠太郎くらいだって。
「じゃあ、また明日学校でね」
「うん、また明日」
「クッキー美味しかったわ。ありがとう、由美……またね」
由美の家を出て、恵利佳と一緒に帰る。
陽も傾き始めたことだし、恵利佳みたいな美少女を一人で歩かせたら危ないもんね。
「そういえば……玲美」
「ん? どうしたの?」
「あなた……少し背が伸びた?」
そうなのかな……まだ、恵利佳の方が高いけど。
言われてみれば、少し背が伸びたような気がする。
これってつまり……ついに私の成長期が来たって事?
「この調子なら、いつか悠太郎くらいの背の高さになれるかな?」
「それは……さすがに無いと思うけど……」
いつもと違う帰り道を、恵利佳と歩く。
たまには、こうやって違うルートを歩くのも悪くないね。
「私はいいけど……あなたは大丈夫なの?」
「大丈夫だって。家まで走って帰るから」
恵利佳の家の近くにある、自動車の修理工場が見えてきた。
ここを過ぎれば角を曲がるともう少し。
空を見ると、だいぶ暗くなってきていた。
お母さんも心配するし、私も早く家に帰らなきゃ。
「私はここでいいから……玲美も気をつけて帰ってね」
「うん。それじゃ、また明日ね」
「ええ、また明日……」
恵利佳を無事送り届けた私は、大急ぎで家に向かった。
ここからなら、神社を抜けて行った方が早いかも。
そう思って、私は神社の裏道に続く道をひたすらに走った。
道路脇に見えるコンビニ。
恵利佳と出会ったのは、当時居酒屋だったここで、しょう油を買った帰り道のことだった。
瑠璃に因縁付けられたのもこのコンビニだったね。
ここの正面にある信号を渡れば、神社を抜けて家まですぐだ。
夕方の番組、まだ間に合うかな。
そんなことを考えながら信号待ちをしていると、聞き慣れた声が耳に入ってきた。
「今日はありがとうございました」
「いやいや、誘ったの私だし」
「おかげで、ちょっと元気が出た気がします」
悠太郎と、綺麗な女の人が……楽しそうに何か喋ってる……。
私はなんだか二人を邪魔しちゃいけない気がして、急いでその場を離れた。
家には遠回りになっちゃうけど、この先にある信号を渡って帰ろう。
急いで走ったからか、なんだか足が震えて上手く動かなくなっていた。
ここまで離れれば歩いても大丈夫だよね……。
って、何してんだろ、私……なんでこんな逃げるみたいなことを……。
あの二人、すごく似合ってたなぁ……。
お読みいただいて、ありがとうございます。




