第65話 由美の機転
「哲……ちゃん……」
哲ちゃんを見た時、私の頭の中に昨日の事がフラッシュバックしたように流れてきた。
あの時掴まれた手の感触が蘇ってきたような感じがする。
「このくらいの時間なら玲美ちゃんに会えると思って、自転車で飛ばしてきたんだ」
よく見ると、哲ちゃんは息を切らせて肩で息をしているようだった。
学区外からここまで、きっと大急ぎで走ってきたんだ。
「あなたって、たしか校外学習の時の?」
「覚えてくれていたかい? 由美ちゃんだっけ」
由美が私の顔を見た。
そして、振り返ると哲ちゃんに向けてこう言った。
「もしかして、玲美に会いに来たの? 悪いんだけど、これからみんなで、わたしの家で遊ぶことになってるの」
「そっか……もし邪魔じゃなければ僕も行っていいかな?」
「邪魔です」
由美は切り捨てるように言った。
何か怒ってらっしゃる……?
「男の子のくせに女の子だけでの集まりに入りたいの? それに、来るなら来るでちゃんと相手に事前に伝えておくべきじゃない?」
「それもそうか……。うん、僕が浅はかだったよ……」
「悪いわね。じゃあ玲美、恵利佳、行きましょ」
「あ、うん……ごめんね、哲ちゃん」
「いや、僕も考え無しだった。邪魔しちゃってごめんよ」
寂しそうな顔してるし、ちょっと可哀想な気もするんだけど……昨日の事もあるし、今は会わない方がいいかな。
なぜか、少しホッとしてる……私。
***
「ごめんね、恵利佳。突然だったけど、とりあえずあなたも一緒に来て」
「うん、わかってる……」
由美と恵利佳は小声で話していた。
これから私達三人は、本当に由美の家に向かう。
「玲美……何があったか、わたしの部屋に着いたら聞かせてくれるかな?」
「う、うん……」
何となく怒ってるような予感もする……由美って怒ると怖いから……。
「もしかすると、本当にわたしの家に向かうのか見てるかも知れないからね」
……そんなまさか?
思わず後ろが気になったけど、由美に怒られそうなので振り向くのは止めた。
さすがにそこまではしないと思うけど……。
「悠太郎君との事、聞こうと思っていたところだったからちょうど良かったかも」
「マジで……? もうそのことはいいよ」
「よくないの。ちゃんと聞かせてね、玲美」
「……はーい」
そんなことを小声で話していると、由美の家の定食屋が見えてきた。
***
恵利佳は由美の家を見て驚いていた。
そういえば、ここに来るの初めてだっけ?
「ほら、恵利佳も上がって上がって」
「え? あ、うん……お邪魔します……」
由美にそう促されて、恵利佳もお店の裏手にある勝手口から入って行く。
おばさん達は仕込み作業をしているみたい。
「里奈ちゃんはまだ帰って無さそうだね」
「あの子居るとうるさいから、居なくてちょうど良いよ」
「由美って……妹さん居たの?」
「うん。そういえば言ってなかったね」
「何となく、お姉さんっぽいかなとは思っていたけど……」
由美の部屋のドアが開き、いつものようにクマのぬいぐるみ達がお出迎えをしてくれた。
……前に来た時よりも増えてない?
「じゃあ、適当にくつろいでて。わたしはちょっと玲美と恵利佳の家に電話入れてくるから。帰って無いままだと心配するでしょ?」
由美はそう言って部屋を飛び出し、バタバタと階段を下りて行った。
恵利佳はしきりに、部屋を飾るクマのぬいぐるみを見ている。
「これ……由美って熊が好きなのね……」
「校外学習の表紙もクマだったでしょ?」
「え……あれって、由美が描いたものだったの?」
「知らなかったの?」
恵利佳は“はぇ~”って感じで再びクマのぬいぐるみを眺めた。
「そういえば……伊藤君の事……」
「ん?」
「あまり聞いても悪いと思ったの……詮索してるみたいでしょ? でも、玲美が本当に困ってるなら……私も力になりたい……」
「ありがとう、恵利佳。でも、大丈夫だよ」
私がそう言うと、恵利佳は何かハッとしたように言った。
「大丈夫……本当にそう……?」
「え……?」
再び聞こえる階段をバタバタと上がる音。
「お待たせ、電話してきたよ。ついでにジュースとお菓子も用意してきたから。私が作ったクッキーの残りだけどね」
「ありがとう、由美……」
「とりあえず、玲美はちゃんと話してよね」
「……はーい」
由美の笑顔がなんだか怖くて、私は思わず怖気づいてしまった……。
******
さて……部活も終わったし帰るか。
今日はまっすぐ家に帰るだけだな。寄るところも無いし……。
「お疲れさまっス」
キャプテン達に挨拶し、俺は部室を出た。
三年生も引退だし、もうすぐレギュラー昇格に向けての部内試合もある。
頑張らないとな。
昨日の……、なんて言ったっけ……。
玲美の家から出てきたけど、たしか幼馴染だったよな。校外学習で見掛けたあいつだ。
もしかして、あの日再開して以来、俺が知らないだけで玲美の家にしょっちゅう遊びに来ていたというのか?
そんな話、俺は聞いていなかったぞ。おばさんも楽しそうに話していたし……幼馴染って言ったら特別な存在なんだよな……。
俺の勘繰り過ぎかもしれないけど、それでもやっぱり……あー、駄目だ駄目だ。
昨日からずっと、何を考えてんだ俺は……。
こんな調子であいつと話したって、かっこ悪いところを見せてしまうだけだ。それに、俺があいつを信じないでどうする。
今日は上手く話せなかったけど、明日はちゃんと話そう。
無視するみたいになっちゃったし、ちゃんとあいつに謝らないとな……。
「伊藤君!」
「ん? ああ、加藤先輩」
「どうしたの? 今日は調子が乗らないみたいだったけど」
女子バレー部の加藤好恵先輩だ。
一学年上で、たしか、女子バレー部の次期部長とも言われている人。
長身で長い髪が、玲美とは対照的な人だ。
そんな人が、俺に何の用なんだ?
「ちょっと考え事してまして……。明日は大丈夫っス」
「そう? ならいいけど……そうだ、ちょっとコンビニ寄って行かない?」
「え?」
「心身ともに疲れた時には、甘いものを食べるのが一番だよ」
「いや……俺はちょっと寄るところが……」
「いいから、後輩のケアも先輩の役目なんだから、遠慮しないの」
……なんて押しの強い人だ。
心配してくれているところを悪いけど、俺はそんなのに付いていく気は無い。
適当に言って断ろう。今日は早く帰ってのんびりしたい。
「ほら、行くよ」
「あ、ちょっと……!」
俺の返事も聞かずに、加藤先輩はどんどん先へと進んで行ってしまった。
お読みいただいて、ありがとうございました。




