第64話 すれ違う二人
今朝は悠太郎の自転車が置いてなかった。
昨日はあれからすぐに帰っちゃったけど、哲ちゃんを見て怒ったような表情だったし、もしかしたら勘違いしてるのかも……。
私と哲ちゃんは、幼い頃は本当に仲が良かった。
小岩井もよく一緒に遊んでいたけど、三人の中で哲ちゃんはリーダーみたいな存在だった。
どこかに遊びに行く時、いつも中心に居たのは哲ちゃんだ。
哲ちゃんの一家が引っ越していって、もう会えないんだって思った私は哲ちゃんのことを思い出すたびに泣いていた。
それから、小岩井とは小学校に上がるまでは一緒に遊んでいたけど、次第にお互いに会うことも少なくなって行った。
やっぱり、私達は哲ちゃんが居ないと駄目なんだって思ったっけ。
幼い頃の私は、それくらい哲ちゃんの事が大好きだった。
恋心とは全然違う、友達として大好きだったんだと思う。
今では何とも思っていないし、ただの仲の良かった幼馴染だという程度の認識だ。
悠太郎に感じている気持ちのような感情は、哲ちゃんを見ても一切湧いてこない。
正直、昨日はちょっと焦った。
そもそも家に上げるつもりも無かったし、哲ちゃんの態度が明らかに昔とは違って、自分でも自意識過剰とかじゃなくて、何となく異性を意識されてるんだってわかった。
悠太郎は、学校がある日はいつもうちに自転車を置いていっている。
だから、あまり長居はしてほしく無かった。
悠太郎が自転車を取りに来る前に帰らせようと思ったのに、タイミング悪く悠太郎はそこに出くわしてしまった。
悠太郎は何か言いたげだった。
でも、その言葉は彼の口から聞く事ができなかった。
学校に着いて、会ったらまず謝ろう。
きっと、悠太郎は何か誤解してしまっていると思うし……。
***
教室に着くと、朝練が終わっていないのか悠太郎の姿はまだ無かった。
「よお玲美、おはよー!」
「おはよー、瑠璃……」
瑠璃が元気いっぱいに私に挨拶してきた。
申し訳無いけど、今の私にはそんな元気無いよ。
少しでいいから、その元気を分けて……。
「どうした? 元気無いな」
「ちょっとね……」
「あー、わかった。女の子の日か」
「ちゃうわ!」
瑠璃のデリカシーの無い言葉は置いておいて、早く悠太郎来ないかなぁ。
「玲美、おはよー」
「ああ、由美……おはよー……」
「元気無いね」
「だろ?」
由美は私の顔をじっと覗き込んできた。
そして、にっこりとほほ笑んでこう言った。
「悠太郎君と何かあった?」
「ほう……」
何この親友……エスパーか。
なんだか私、由美の前ではどんな嘘もつけないような気がする。
「喧嘩でもしちゃったの?」
「そんなんじゃないよ……ああ、でも、私が悪いんだ……」
「悠太郎君、まだ来てないね」
「あいつ部活してるだろ。もうちょっと時間掛かるんじゃないか?」
「そうだねぇ」
「何? 日高さん、伊藤様と喧嘩なさったの?」
石野さん(笑)……じゃなかった、石野さん。
今の会話が、めんどくさい人の耳に入っちゃったみたいだ。
「いったい何をしちゃったの」
「えっと……」
「ワタクシに何でも話して御覧なさい」
「いえ、結構です……」
石野さんの事は適当にあしらっておくとして、早く悠太郎来ないかなぁ……。
「あら、伊藤様」
「悠太郎……」
朝練を終えた悠太郎が教室に入ってきた。
いつもなら、すぐに私のところまで来てくれるのに、今日はチラッとこちらを見ただけで何も言わずにすぐ席に座ってしまった。
「これは重傷ねぇ……」
「伊藤の奴、なんか怒ってんのか?」
「玲美、一緒に悠太郎君のところに行こう」
「由美……」
由美に引っ張られて私は悠太郎のところに向かった。
「悠太郎君、おはよう」
「……ああ」
「玲美と話してあげて」
「……今はいい」
由美が言ってくれたけど、悠太郎はやっぱり怒ってるんだ……。
「悠太郎、あのね」
「あとでな。先生来るぞ」
「……うん」
結局、午前中は悠太郎とはこれ以上話す事無く終わってしまった。
***
帰宅時間になったけど、なんだかんだで悠太郎にはずっと避けられたまま。
最初は、私が悪いんだし会ったら謝らなきゃって思ってたんだけど、何もそこまで起こらなくてもいいじゃん。
そもそも、私って何か悪い事したっけ?
哲ちゃんが勝手にうちに遊びに来ただけだし、悠太郎が勝手に誤解してるだけじゃん。
なんか、よく考えたらムカムカしてきた。
「悠太郎君、なかなか話し聞いてくれないねぇ……」
由美が困った顔でそう言った。
もういいよ。そんなに怒っていたければ怒らせておけばいいよ。
「帰ろう、由美」
「え……?」
「部活もあるんだろうし、今日はもういいよ」
「でも……」
「よく考えたらあっちが勝手に勘違いして怒ってるだけなんだし、私は何も悪くない」
「そうだとしても……」
悠太郎がこっちを見てきた。
何か言いたげな顔してるけど、言いたい事あるならはっきり言ったらいいじゃん。
「じゃあね、悠太郎。部活がんばって」
「あ……玲美」
由美の制止を無視して私は教室を出て行った。
あー、もう……なんかイライラする。
***
「玲美、何があったか知らないけど、誤解なら早く解いておいた方がいいよ」
「何度もそうしたよ。でも、あいつ全然話聞いてくれないじゃん」
「こら、あいつなんて言って……大事な彼氏でしょ?」
「もういいよ、めんどくさい」
「もー……」
帰り道、由美はずっとこんな調子。
「悠太郎君と何かあったの……?」
恵利佳が心配そうな顔で聞いてきた。
「何にも無いよ。勝手に勘違いして怒ってるだけ」
「玲美もなんだか意固地になっちゃって……」
「そう……」
恵利佳はそれ以上深くは聞いてこなかった。
聞かれても、どこからどう説明していいのやらだけどさ。
「悠太郎君、寂しそうな顔してたよ」
由美のその言葉に、ちょっと胸がチクッとした。
たしかに、教室を出る時、悠太郎はそんな表情をしていた気がする……。
「ちゃんと、仲直りしようね」
「だって……あいつ私の話全然聞いてくれないじゃん……」
「明日になったらちゃんと聞いてくれるよ」
「……そうかな……」
「うん、わたしも付いててあげるから」
由美にそう慰められて、ちょっとだけ元気が出た気がする。
明日か……胸のもやもやは取れないけど、明日になったらちゃんと話をしよう。
それで、きっと仲直りできるよね。
「玲美ちゃん」
名前を呼ばれて振り向くと、そこにはあの長身の幼馴染が居た。
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