第62話 夢の中でなら……
悩むより当たって砕けろか……。
伊藤に言われたこの言葉が、頭の中をずっと回っている。
そもそも、本当に俺は悠希の事を好きなのだろうか。
ちょっと仲の良かった幼馴染を転校生にちょっかいだされて、嫉妬しているだけなんじゃないか?
悠希が何考えてるかもわからんし、幼馴染とはいえ疎遠気味になっていた俺があいつに対してああだこうだ言う権利も無いんじゃないだろうか。
あー……こういうのが“悩んでる”って状態なんだろうな。
悩んでるくらいなら当たって砕けてみるのも、伊藤の言う通り有りなのかもしれない。
それにしても、中学に上がってせっかく同じクラスになったのに、悠希とは会話らしい会話もしてなかったな。
この前見掛けたときは、つい勢いに任せてあんなことをしてしまったが……俺自身、自分の感情がわけがわからない。
……考えているだけで疲れた。
行動を起こすのはまた今度にしよう。
とりあえず、今日は帰って夕方からの番組でも見て過ごそうかな。
***
教室を出て下駄箱に向かう途中、あれは……同じクラスの中野か?
どう見ても不釣り合いな連中と一緒に居るようだが……俺には関係無いか。
中野と一緒に居るやつも見覚えがあった。
たしか、あいつは東之小で同じクラスだった事がある……中尾啓一だったか。
小学生の癖にしょっちゅう仲間とゲーセンでたむろしてるって話を聞いた事があるな。
そういえば、中野も同じクラスになった事は無かったが東之小出身だったか。
「よお、中尾」
「ん……おお、お前は宮下じゃねえか。久し振りだな」
一応クラスメイトだった奴だ。素通りも悪いと思い、とりあえず声を掛けてみた。
「こんなところで何やってんだ、お前」
「これから仲間達と一緒にゲーセンにでも行こうと思ってよ。なんならお前も来るか? 新しい格ゲーが入ったんだ」
「悪いが今日は用事があるんでな」
「そうか。じゃあ、また今度だな」
こいつはアホか。制服のままゲーセンなんて行ったら補導されちまうだろうが。
それにしても、中野もこいつらの仲間だったのか? こいつは意外だな。
……まあ、俺には関係無いか。
「無茶もほどほどにしとけよ」
「ああ、じゃあな」
中尾達に別れを告げ、今度こそ俺は下駄箱に向かった。
***
夕方になり、適当にテレビをつける。
別に見たい番組があるわけじゃないが、夕飯までの暇潰しだ。
「ただいま~!」
……うるさい奴が帰ってきやがった。
「あれ? 隆弘、もう帰ってたの?」
「中学生がこの時間に家に居るのは普通の事だと思うんだが……」
「相変わらず、ツンツンしちゃって~」
このうるさい女は俺の姉貴。
普段は残業で遅く帰ってくるくせに、今日に限って早く帰って来たんだな。
「最近可愛げがないぞ~、お姉ちゃんは悲しい」
「だぁ~! もう、ベタベタすんな! 俺はもう小学生のガキじゃねえんだよ!」
「ついこの間までランドセルしょってたでしょうが」
このうっとおしい姉は、昔から何かと俺にこうして絡んでくる。
いい加減、弟離れしてくれないだろうか。
「ねえ、あんたもうサッカーはやらないの?」
「あんなのやったって、将来何の役にも立たねえだろうが」
「サッカー選手になるって夢は?」
「そんなのは、一部の才能がある奴が全部かっさらっちまうだろ」
俺がサッカーをやってたのは小学五年生の頃までだ。
最初は練習だって頑張ってたけど、続けていくうちに世の中には才能が有る奴と無い奴がいるんだって、はっきりと知らされてしまった。
「せっかく早く帰ってこれたんだし、チャンネル変えていい?」
「好きにしろ」
騒がしい姉から逃げるため、俺は部屋に向かった。
***
部屋にテレビは無いけど……漫画でも読むか。
本棚を適当に漁っていると、買った覚えが無い漫画がある事に気付いた。
ずいぶん古ぼけた感じだ。変色もしているみたいだが……まあいいか。
暇を潰せたらそれでいいんだ。せっかくだし、これを読んでみるか。
くだらない漫画だなと思いつつパラパラとページをめくる。
ページに何か紙がはさまっている。なんだ、これは?
『たかひろくん、サッカーがんばってね ゆうき』
これは……悠希の?
拙い字で、そこにはそう書かれていた。
部屋の片隅に置いてあるサッカーボール。
親に頼んで買ってもらったシューズも、すっかり部屋のインテリアになってしまった。
そういえば、庭でサッカーの練習してると、悠希がいつも窓から身を乗り出して応援してくれてたんだったな。
サッカー部を辞めて、あの窓からあいつが顔を出さなくなってもう二年ほどが経った。
毎日頑張ったんだけどな……俺には才能が無かったみたいだ。
ごめんな……悠希。
あいつからの手紙らしきものを見て、俺は誰にでもなくそう謝った。
「隆弘、ご飯だよ」
「んな!? 急に入ってくんな!」
ちょっとは空気を読んでくれと思ったが、姉貴に言っても仕方ないか。
***
「今日は、あたしが作ったんだよ。たまにはいいでしょ」
「それで早く帰って来たのか」
「ううん、たまたまだよ」
食卓に並んでいたのはハンバーグだった。
食べてみると、意外と美味い。
付け合わせでマカロニサラダとスープも作ってあった。母さんが作るよりずいぶん豪勢だな。
「どう? 美味しい?」
「ああ……うん、美味い」
「よっしゃ、これであたしも安心して嫁に行けるね!」
「先に相手見つけなさいな」
母さんの冷静なツッコミは置いておいて……そうか、姉貴ももう社会人だもんな。
「ま、そのうちね。隆弘、お姉ちゃんに甘えておくなら今のうちだよ」
「遠慮しとく」
こいつが結婚して嫁に行くって想像もつかないが……いつか、いい相手が見つかればそうなるんだろうな。
そういえば、小さい頃の俺と悠希を、姉貴はいつも一緒に面倒見ていてくれたんだっけ。
受験で忙しい時も、文句を言わず俺達に付き合ってくれてたんだったな……。
「姉ちゃん……おかわり」
「おお……食べなさい食べなさい! あんた、いま育ち盛りなんだから!」
姉貴は山盛りのご飯を俺のお椀に乗せた。
いや……こんなに食うとは言ってねえよ。
***
あれ……?
なんだ、これ……夢か……?
気が付くと、俺はまるでゲームの世界のような街並みに立っていた。
これは……小学生の頃の俺か?
ガラスに映る俺の姿は少し幼く、背中には不釣り合いに大きな剣を携え、体には小さいながらも鎧を纏っていた。
『隆弘……』
呼ばれて振り向くと、そこには幼い頃の姿の悠希がいた。
『あなたが助けに来てくれなかったら、わたし……』
そう言って、俺に抱き着いてくる悠希。
胸元で泣きじゃくる姿を見てどうしていいのかわからず、俺は悠希の頭を撫でた。
『ありがとう……隆弘……』
これはきっと、夢の世界だ。
俺はそう思った。
『お前が悲しんでいたり辛いことがあったら、俺はいつだって駆けつけるよ』
夢の世界なら、俺はどんな恥ずかしい歯の浮くようなセリフだって言える。
悠希に何かあったら助けてやりたい。
夢の世界でも現実の世界でも、それは俺の本心なんだ。
ああ、なんだ……俺はやっぱり、あいつの事を……。
………………
…………
……
案の定、夢だったわけだが……しかし、なんつー夢だ……。
……こんな夢を見た事自体、なんだか恥ずかしい。
次にあいつと会うとき、どんな顔すればいいってんだよ……。
読んでいただいて、ありがとうございました。




