第59話 宮下君、怒る
「この手を離してくれないか?」
「……」
無言のまま高山君に掴みかかっている宮下君。
それをじっと見据える高山君に、怖がって騒ぐ女子達。
宮下君は、昨日二宮さんと何か話してたみたいだし、高山君は二宮さんにご執心みたいだし、昨日の“壁ドン”が何か関係してるのかも?
「僕にはにこうして喧嘩を売られている意味が分からないのだが……暴力に訴えないと何もできないのか?」
「……お前のせいで……」
宮下君はそう言ったきり、高山君を掴んでいる手を離そうともせずただ黙ってしまった。
「何が原因かは知らないが、喧嘩みたいな馬鹿な真似はよせ」
委員長の山本君はそう言って、高山君と宮下君のところまで近付いて行った。
宮下君の腕を引き離そうとしたとき、宮下君の払った腕が山本君の顔に当たりメガネが飛んだ。
山本君はそのまま体制を崩し、朝練を終えて教室に入ってきた悠太郎がそこへ出くわした形になった。
悠太郎は倒れそうな山本君を受け止め、訳が分からない風で高山君と宮下君の方を見ていた。
「何の騒ぎだこれは?」
「伊藤様! 宮下君が暴れてるんです!」
「宮下が……? 朝っぱらから何やってんだお前ら」
女帝(笑)達がワーワー騒ぎだし、悠太郎に必死で訴える。
宮下君は悠太郎に目線を移し、しばらく睨んだ後ようやく高山君からその腕を離した。
「おい、宮下。なんで高山に突っかかってたんだ?」
「お前には関係ないだろ」
宮下君はそう言うと、自分の座席にドカッと座った。
その勢いで前の座席が少し狭くなって、村沢君はビクッと震えた。
「あ、いつもスマン……」
「いえ……馴れてますので……」
そう言って、宮下君は座席を少し後ろに戻した。
意外と悪い奴ではないらしい。
あと、村沢君は馴れちゃ駄目だろ。
***
休み時間になると、宮下君は何も言わずに教室を出て行った。
そういえば、今日は二宮さん来ていない。
美野先生によると体調不良らしいけど。
「それにしても、伊藤様強いわねぇ。宮下君相手に一歩も引かずに」
女帝(笑)がなんか急に話しかけてきた。
「ほんと、あなたが羨ましいわ。あんな素敵な人、絶対に離しちゃ駄目よ」
「え……? うん?」
前までは何かにつけて私に突っかかってきてたのに、なぜか励まされる私。
「その代わり、高山君は私が落としてみせるから!」
「あ、そうなんだ……がんばってね」
「石野さんなら絶対大丈夫ですって! あたしらも応援してます!」
「石野さん、ファイトー!」
そうそう、石野さんだ。
女帝(笑)の名前、石野さんだったね、そういえば。
「ねえ、日高さん。どうやったら高山君を落とせると思う?」
「そんなの聞かれてもわかんないよ」
「伊藤様の時はどうやったら落とせたの?」
「落とすとか落とさないじゃないと思うけど……」
なんか、今日の女帝(笑)……じゃ無かった、石野さん、やたらと話しかけてくるなぁ。
落とすっていう考えがよくわかんない。
人を好きになるって、お互いにその人に惹かれて、それでお互いに好きになっていくもんじゃないの?
うーん……私にはよくわかんない。
「でも、高山君を落とすには、二宮さんに勝たなきゃいけないのよね……」
「休んでる今日こそがチャンスですぜ!」
「……あ、そっか」
「ん? どうしたの、日高さん?」
石野さんが言ってて気付いたけど、もしかして二宮さんが今日休んでるのって、高山君の件が何か関係あるんじゃないかな。
宮下君と二宮さんがどういう関係かはわかんないけど、そのことで何か相談してて、宮下君がキレたとか?
「ねえ、もしかして、その事で女子達の間で二宮さんに何かしてたりしない?」
「二宮さんに……? ああ、なんだか二宮さんの事絶対無視とか、そんなことを言ってる人は何人かいたわね」
「それだよ! きっと宮下君が高山君に怒ってるのは二宮さんのことが関係してるんだよ!」
「何でそれで宮下君が? 繋がりがよくわからないし、だいたいそれなら、宮下君が高山君に対してああなのは初日からじゃない?」
石野さんはそう言うけど、初日の件だって高山君が二宮さんにちょっかい出したからじゃないかな?
私は二人の“壁ドン”を見ちゃったから、余計そう思えるのかもしれないけど。
「もしかして、石野さんも二宮さんの事無視しようとか思ってる?」
「まさか……私は正々堂々と勝負いたしますわ。そんなやり方には参加しません」
そう言ってふんぞり返る石野さん。
この人にはこの人なりのポリシーがあるらしい。
ちょっと石野さんを見る目が変わったな。
それにしても、このクラスに高山君が転校してきたことでそういう苛めが発生してるかもって思うと穏やかじゃないね。
二宮さんの事はあまり接点がなくて詳しくは知らないけど、そういった苛めに屈しそうなタイプじゃないと思う。
だから、休んだ理由は先生の言った通り体調不良なんだろうけど。
「石野さん、がんばってね。応援してる」
「ありがとう、日高さん」
とりあえず、苛めみたいなことには参加していない石野さんを素直に応援することにした。
この人って私が思ってる以上に良い人なのかもしれない。
***
お昼休み、由美と瑠璃と三人でお喋りしていたときの事。
「マジありえなくね? 二宮って」
「ちょっと高山君に気に入られたからって、いい気になってんじゃないの?」
「もう絶対、あいつ今後一切無視だよね」
クラスの女子達が二宮さんの悪口を言っているのが聞こえてきた。
石野さんの言っていた通り、女子達の間で二宮さんを無視するって出回ってるんだ。
私も女子だけど、女子のこういう陰湿な苛めみたいなの好きじゃない。
「ねえ、明川さん達も二宮さんの事無視しない?」
「わたし達が? なんで?」
由美は何でもない風にそう返した。
「だって、あの子、高山君に気に入られて調子に乗ってるとこあるでしょ?」
「そうなの? そう思ったことなんて全然ないけど」
呆れたようにそう言う由美に、女子達はあまりいい顔をしていないようだった。
「日高さんも、お願い、私達に協力すると思って」
由美が駄目なら、今度は私か。
そんなの協力するわけないじゃん。
「協力って、二宮さんを無視するのがなんであんた達に協力することになるんだよ」
「あんな子よりも、うちらの方がいいって高山君もわかってくれるでしょ?」
「……アホか」
つい思ったことを口に出してしまった私に、女子達がギョッとした顔でこっちを見た。
「そう、あなたも伊藤君がいるからって調子に乗ってるもんね。うちらを敵に回すと大変なことになるよ?」
「ふーん……じゃあ、どう大変なことになるのか見せてみろよ」
つい売られた喧嘩に口調が荒くなってしまった私。
それを見て、由美が落ち着いてと促してくる。
「由美と玲美には話しかけて、あたしは無視か!」
なぜか、私とは違うベクトルでキレる瑠璃。
「こや……坂本……さん、じゃあ、あなたは二宮さんのこと協力してくれるというの?」
「するわけねーだろ、バーカ」
絵に描いたようなアカンベーをする瑠璃を見て、思わず吹き出してしまいそうになった。
女子達はなんかキーキーと声を上げて怒り出す。
まったく……アイドルの追っかけじゃないんだから、なんでそんなに一人の転校生に必死なんだろうね。
「どうでもいいけどさ、二宮のこともそうだけど、玲美や由美にまでなんかしようってんなら、あたしだって黙っちゃいないぜ?」
「……」
瑠璃のその一言で、女子達は黙ってしまった。
それを見て、ニヤリと笑う瑠璃。
「あなた達、本当に高山君のこと好きだったら、そんな陰湿なことしないで女子力で頑張ってみたら?」
由美は女子達にそんな提案を出した。
女子力か……なんか、久しぶりに聞いた気がする。
「女子力……例えば……?」
「もっと内面を磨くとか、そんなに騒ぎ立ててないでもっと女らしく振舞うとか、いろいろあるでしょ?」
女らしく振舞う……いろいろと、私には耳の痛い話だ。
よくわかんないけど、女子達は納得したらしく、由美にお礼を言って教室を出て行った。
「さすが由美だね」
「玲美も、もっとおしとやかにしないとね」
「そうだぞ」
うん、わかってる。でもね瑠璃、いくら私でもあんたには言われたくないよ?
二宮さんの件は、これで解決してくれるのかな?
お読みいただいて、ありがとうございます。
登場人物もずいぶん増えてきたので、近いうちに登場人物の一覧みたいなの作ろうと思います。




