第58話 甘く苦いクッキー
宮下君と二宮さんはどんどん路地裏を進んでいく。
「見失っちまう、行くぞ」
「あ、ちょっと! 瑠璃」
早く由美の家に行かなきゃいけないのに、何してんの?
「お、角を曲がったぞ」
瑠璃は意気揚々と二人の後をつける。
あの二人にどんな事情があるのかわからないけど、こういうのってそっとしといた方がいいんじゃないのかな。
恵利佳と一緒に瑠璃の暴走を止めようと追いかけていると、急に瑠璃が足を止めた。
「瑠璃、いい加減にしてよ」
「シーッ……見てみろ、あれ」
瑠璃が指さす方を見ると、宮下君が壁に手をついて、二宮さんはうつむき加減で彼を見ている。
これって、もしかして……。
「壁ドンだ……」
壁際に追い詰められて思わず目を逸らす二宮さん。
そして、興味津々に身を乗り出して見ている瑠璃。
隠れる気ないだろお前。
二人とも何かしゃべってるみたいだけど、遠くてよく聞こえない。
「何か事情があるようだし、あまり私達が見ていいものではないと思うわ」
「んー……チューくらいすると思ったんだけどな」
「そんなの期待してたのか、あんたは。ほら、もういいでしょ? 行くよ」
名残惜しそうな瑠璃の襟元を掴んで、私と恵利佳は路地裏を後にした。
それにしても、壁ドンって初めて見た気がする。
ああいうのって本当にあるんだね……見ててちょっとドキドキしたよ。
***
由美の家に着くと、すでに由美は何枚かクッキーを焼いていた。
室内に漂う美味しそうなクッキーの香り。
「玲美、つまみ食いばかりしてたら駄目だよ。クッキー作るんでしょ?」
「私は食べる役でいいよ?」
恵利佳の方を見ると、上手にクッキーの型を取っている。
恵利佳の作るクッキーも美味しそうだなぁ。
瑠璃は……なぜかクッキーの生地をじっと見ている。
「なにしてんの、瑠璃?」
「お前、生せんべいって知ってるか?」
「知らないけど、何?」
瑠璃の話によると、生せんべいっていうのは生で焼かずに食べるせんべいのことらしい。
焼いたせんべいとはまた違う食感が楽しめて、それはそれは美味しいのだとか。
「つまり……このクッキーも生のまま食べたら美味いとは思わないか?」
「……(ゴクリ)……」
「コラ、そこの二人……アホなこと言わないの! お腹壊すよ?」
由美にゲンコツを食らって、ようやく私と瑠璃はおとなしくクッキーを焼き始めた。
なんだかんだで、みんなでクッキーを作るのは楽しいね。
湯煎したチョコを混ぜたり、クルミを入れたり、ジャムを乗せたり、クッキーって言ってもいろんな作り方があるんだ。
「吉田さん、上手だね。初めてとは思えないわ」
「ありがとう。お母さんくらいしか、あげる相手も居ないのだけどね……」
「そんなの、あたしだって居ないぜ」
「恵利佳のは私がもらう! そんで瑠璃は村瀬先輩にあげたらいいじゃん」
「な……なに言ってんだお前!」
そのあとは、みんなでクッキーを食べながら他愛もない話。
由美の妹の里奈ちゃんも帰ってきて、私達の作ったクッキーを見て自分も参加したかったと悔しがっていた。
また今度、里奈ちゃんも一緒にみんなでクッキー作ろうね。
***
楽しい時間はあっという間に過ぎて、そろそろ帰ろうってなった時だった。
「……ねえ、吉田さん」
由美が恵利佳を呼び止めた。
「何? 明川さん……?」
「すごく今更な感じだけど……わたしも、吉田さんのこと、恵利佳って呼んでいいかな?」
「え……?」
由美を見たら、少しはにかんで恵利佳をじっと見つめていた。
「お? 愛の告白か? いかんな、女同士で」
瑠璃はなぜか顔を赤らめて二人を見ていた。
うん、違うから。そういうのじゃないから。
由美は小学生の頃からずっと、あの事件が解決してからも、恵利佳に対してどこかよそよそしい感じがあった。
小学四年生の夏、神社でみんなで遊んでいたときに由美の口から出た恵利佳を差別するような言い方。
みんなと一緒に恵利佳を助けようってなった時も、由美は本当のところ関わりたくなかったんだと思う。
その結果、私とも喧嘩したこともあったし……。
みんなで遊ぶようになっても、由美は恵利佳のことを“吉田さん”と言い続けていた。
「駄目、かな……?」
由美がこれまで、恵利佳のことをどう思っていたのかは私にはわからない。
「わたしも、玲美みたいに……」
でも、たぶん由美の中で、ようやく何かのわだかまりが解けたんだと、私は思う。
「恵利佳……いいよね?」
「……もちろん、明川さん……ううん、由美さえ良ければ……」
「……恵利佳!」
由美はそう叫んで恵利佳の手をギュッと掴んだ。
それを見て、無性に嬉しくなった私は二人に抱き着いた。
「恵利佳! あたしも吉田のこと恵利佳って呼ぶぞ!」
「え……? ええ、どうぞ……」
瑠璃の呼び捨て発言は、特に感動もなく普通に終わった。
下の名前で呼び合うことは、私達にとっては友達の証。
私の大事な友達の由美と恵利佳が、本当の意味で友達になれた瞬間。
嬉しくならないわけがないよね。
***
その日の夜。
「お父さん、今日、由美んちでクッキー焼いてきたんだ。食べる?」
「おお、ついに娘が娘らしいことを……」
お父さんは失礼なことを言い出した。
「いらないならあげないよ」
「もらうに決まってるだろ! 明日会社で自慢してやる!」
「そんな大袈裟な……」
お父さんに贈ったクッキーは予想以上に喜ばれた。
それ、あんまりいい形にできなかったやつなんだけどね……味は他のと一緒のはずだから、一応……。
私の机の上には、由美に教えてもらって綺麗にラッピングしたクッキーが置いてある。
もちろん、これは悠太郎にあげるクッキー。
私が作ったって言ったら驚くかな? 喜んでくれるかな?
早く明日にならないかな。
学校では渡せないから、帰りにうちに寄った時渡そっと。
その日、私はとても幸せな心地で眠りについた。
***
翌日、学校に行くと相変わらず高山君の周りには女子の山。
文字通り山だ。毎日毎日、ほんとよく飽きないよね、みんな。
「昨日のクッキーさ、お姉ちゃんすごく喜んでくれたよ」
瑠璃は美紀さんにクッキーあげたんだね。
喜んでもらえたのが嬉しかったのか、瑠璃もとっても嬉しそう。
「どうやって作ったのか、全然覚えてないんだけどな」
「私も、由美に教えてもらいながらじゃないと無理だわ」
瑠璃とそんなことを話していると、突然机やいすが倒れる大きな音が教室内に響いた。
何事かと思ってそちらを見ると、鬼のような形相で高山君の襟元を掴んでいる宮下君の姿がそこにあった。
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