第56話 やってきた転校生
夏休みが明けて、新学期になった。
教室に着くと、みんな何やら騒いでいる。
「おはよう、由美。どうしたの? これ」
「ああ玲美、おはよう。なんかね、転校生が来るみたいだよ」
「転校生?」
その話の中心に居たのは小岩井。
なんでも、美野先生がその転校生らしき人物と話しているところに出くわしたのだとか。
「絶対あれアメリカ人だよ!」
「金髪ってだけでアメリカ人とは限らないだろ」
「肌も白かったし、名前だってきっとマイクとかだよ!」
なんだそのアメリカ人はみんなマイクみたいな決めつけは。
「よう、おはよう」
朝練を終えた悠太郎が教室に入ってきた。
「おはよう、悠太郎。朝からお疲れ様だったね」
悠太郎のカバンには、私があげた琵琶湖で買ったキーホルダーが付いていた。
良かった、気に入ってくれたんだ。
「なんだか騒がしいな」
「転校生が来るらしいよ。小岩井が見たんだって。外国人みたいなんだけど」
「外国人?」
悠太郎と話していると、女帝(笑)達がやってきた。
「悠太郎様、1ヶ月も会えなくて寂しかったですわ~」
「そうか。俺は平和に過ごせて万々歳だったが」
「クラスは外国人転校生で盛り上がっていますけど、どんな方が来ても私は悠太郎様一筋ですから!」
「お前達も転校すればいいのに」
やれやれと言った感じで、適当にあしらう悠太郎をよそに勝手に盛り上がる女帝達。
悠太郎の彼女達への対応も、だんだん雑になってきている気がする。
「お前ら、席に着けー!」
美野先生のその言葉で、みんなそそくさと席に座る。
あれ? 転校生は?
「セーフ!」
チャイムと同時にギリギリで入ってきた瑠璃が席に座るのを待って、出欠が始まった。
転校生はこの後かな?
それよりもっと早く来ようね、瑠璃。
「先生、アメリカ人の転校生はまだですか!?」
小岩井の声を筆頭にざわつく教室内。
「やかましい、静かにしろ。ってゆうか小岩井、なんでお前転校生のことを知ってるんだ」
「廊下で話してるのを見ました! アメリカ人なんですよね?」
「あー、まあ違うんだけどな……よし、じゃあ転校生を紹介するからお前ら静かにするんだぞ」
途端に静かになる教室内。外国人か……どんな人なんだろう?
「失礼します」
教室のドアが開き、そこには小岩井が言っていたような金髪で色の白い外国人が立っていた。
あれ? でも、いま日本語で“失礼します”って言わなかった?
外国人って片言のイメージなんだけど。
美野先生は、黒板に大きく転校生の名前を書き始めた。
「転校生の高山壮典だ。みんな、仲良くしろよ」
「高山です! よろしくお願いします!」
教室内に大きな拍手が巻き起こる。
そして、指笛を鳴らす小岩井。お前、ほんとそれ得意なんだな。
「よし、静かにしろ。高山が今から趣味と好きなタイプも教えてくれるぞ」
ああ、それ。やっぱり転校生にもさせるんだ。
普通ならここで戸惑ったりしちゃうんだろうけど、転校生の高山君は、臆することも無く堂々とした態度でこう言った。
「趣味はアウトドアで、好きなタイプは清純そうな人です」
女子達から黄色い声が上がる。
よくそんなキャーキャー声が出るよね。私がそんな声出そうとしたら絶対棒読みっぽくなるな。
てゆうかさ、女帝(笑)めっちゃ歓喜の声上げてんじゃん。悠太郎一筋じゃ無かったの?
「清純な……うちのクラスにそんなの居るか?」
女子達から総叩きにあう小岩井。
「居ますよ。例えば……」
つかつかと歩きだす高山君。
そして、一人の女子の前で足を止めた。
「そう……彼女のような」
二宮さんの手を取り、そこにそっとキスをする。
「な!? 何をするの!?」
「怒った顔も素敵だ」
フッと笑い、片手を上げて教壇の方に戻って行く高山君。
さすが外国人、やる事が大胆だ。
でもどうみても日本名だし、話してる言葉も普通に日本語だよね?
その時、ドターンと何かが倒れる音が聞こえた。
音のした方を見ると、宮下君が不機嫌そうに机を蹴り倒して座っていた。
宮下君の突然の暴挙に怯える前の席の村沢君。
「いけすかねえ……」
鋭い眼光で高山君を睨みつける宮下君。
その眼光から関係無いのに逃げ出す村沢君。
「何をそんなに怒っているのですか? 仲良くしましょうよ」
「……るせえな」
宮下君は席を立ちあがると、教室を出て行ってしまった。
「不良とか怖えな……」
瑠璃のその発言に、誰もがお前が言うなと心の中で呟いたという。
***
それから、休み時間になる度に女子達は高山君の前に集まっていた。
「高山君、日本語上手なのね!」
「母が日本人で生まれてからずっと日本で過ごしてきたんだよ」
「じゃあ、外国人とのハーフなんだ! お父様はどこの国の方なんですか!?」
「イギリスだよ」
なにこれ。記者会見か何か?
女子達がわいわい騒いでいるのを、男子達は冷めた目で見ている。
「好きな昆虫のタイプは!?」
そんな女子達に混じり一緒に騒ぐ小岩井。
当然高山君からも女子からも無視されてるけど……よくめげないな、お前。
「玲美、お前はあいつに興味ないのか?」
高山君達を眺めていると、悠太郎が話しかけてきた。
「別に。クラスメイトとして仲良くはしようとは思うけどさ」
「そっか」
それを聞いて、にこやかな表情に変わる悠太郎。
「みんな、騒いじゃって……」
同じように群がる女子達を眺めていた二宮さんが、ポツリとそんなことを呟いた。
「二宮さんも、ああいうタイプ苦手なの?」
「苦手って言うか、大っ嫌いかな」
引きつった表情で答える二宮さん。
「おお、愛しの君!」
二宮さんを見つけると、高山君はつかつかとこちらに向かってきた。
それを見て更に顔をひきつらせる二宮さん。
「僕はきっと、君のような人を探してたんだ。この転校はまさに運命だった」
「うわぁ……」
思わず声が漏れる私。
歯の浮くセリフってこういうのを言うんだろうか?
「あなたに興味はありません! 私に近寄らないで!」
「清純に見えて強気なところ……まさにヤマトナデシコだね」
「とにかく、私はあなたなんて大っ嫌いなんだから、金輪際関わらないで!」
そう言うと、二宮さんは教室を出て行ってしまった。
「やれやれ、随分と嫌われてしまったな……」
外国人が取りそうな、あの手の平を上にあげるジェスチャーをする高山君。
「なあに? 二宮さんのあの態度」
「高山君に失礼だよねぇ」
「気に入られてるからって調子に乗ってんじゃねえの?」
女子達からひそひそと二宮さんに対する嫌味が聞こえてくる。
このままじゃ、二宮さんが嫌がらせとかされないか心配だ。
そんな事を考えていると、ふと高山君がこちらを見ている事に気が付いた。
「君は……」
「な、何スか……?」
思わず身構える私。
「……小学生か」
「失礼だなこの野郎」
やっぱり私、この転校生嫌いだわ。
二宮さんは休み時間が終わると戻ってきたけど、宮下君はその日、教室に戻る事は無かった。
お読みいただいて、ありがとうございました。




