第55話 止まった時計の針(3)
夏休みももう終わりかけた頃、うるさい奴から電話が掛かってきた。
『かっちゃん、一緒に映画でも見に行こうぜ!』
映画に行こうとか、小学生か。
というか、そういうのは中学生くらいになれば異性と一緒に行くもんじゃないのか?
石川の考える事はわからん……。
「なんで俺なんだ? クラスの気になる女子でも誘えばいいだろ」
『クラスに気になる女子なんかいないよ。それに、僕達親友じゃないか』
お前と親友になった覚えなど無いのだが……。
いかん……こいつと話してると、なんだかんだで調子が狂わされてしまう。
それに、俺はこの後行くところがあるのだ。
「悪いが、お前の相手をしてる暇は無い」
『えー、そんなぁ……ちょっとだけでいいから! なっ?』
こいつ……言い出したら聞かない奴だとは思っていたが、今回はやけに喰い下がってくるな。
「……わかった。だが、俺はこれから用事があるんだ。それが終わってからでいいか?」
『おお! で、何時ならいいんだ?』
「そうだな……夕方5時を過ぎてしまうが、それでもいいのなら」
『5時か……映画は終わっちゃうな。でも、実を言うと、かっちゃんにちょっと聞いてほしい事があってさ、映画はそのついでだったから別にいいか』
「聞いてほしい事?」
いつも騒がしいだけの馬鹿なのに、急に真剣なトーンになったな。
こんな奴でも、俺の復讐の為に何かの役に立つかもしれないし、今のところ仲良くしておくに越したことは無いか。
「何の事かは知らんが、お前の為に仕方なく時間を作ってやる。とりあえず、5時だ。どこで待ち合わせる?」
『やっぱり、かっちゃんは優しいな!』
「優しくなど無い。余計な事はいいから、どこで待ち合わせるんだ?」
『じゃあ……中学校の隣の公園、そこで待ってる!』
ようやく石川との電話が終わった。
さて、そろそろ準備して出掛けなければな。
◆◇◆◇
「そこまでっ!」
……よし、悪く無い仕上がりだ。
「宇月、お前凄いな! まだ始めて間もないというのに」
「いえ、まだまだですよ。運が良かっただけです」
親に頼んで通わせてもらっている空手道場。
珍しく実践的な技術を教えている道場ということもあって最初は大反対されたが、強くなるにはこっちの方が手っ取り早いと思ってこちらに通うことにした。
俺の記憶では、渡辺謙輔は相当喧嘩慣れしていて強かったはず。
もちろん、真正面から挑むつもりなど無いが、俺自身ある程度強くなっておく事は無駄では無いはずだ。
実際、短絡的な行動を起こしナイフを持って不良どもに挑んだ時は、己の非力さからあっという間にゲームオーバーになるところだったからな。
「謙遜するな。お前には間違いなく才能があるよ」
「ありがとうございます。慢心せずに精進したいと思っていますので」
館長の言う通り、どうやら俺には空手の才能があったらしい。
そういえば、この体に転生してから、やたらと才能に恵まれている気がする。
前世では苦手だったスポーツも軽々こなせるし、勉強だって前世の記憶があるからだけではなく、スラスラと頭に入ってくる。
これが、俗に言う転生チートというやつか。
アホらしい……何をガキみたいなことを考えてるんだ、俺は。
世の中、何でもできる体に生まれ変われば何でもできる。
生まれる時の優劣合戦に勝った、ただそれだけのことだ。
ただそれだけのことが、前世の俺を苦しめてきたのだがな……。
「今はまだ緑だが、お前ならあっという間に黒まで行けるぞ」
「ありがとうございます。これからもご指導のほど宜しくお願いします」
組み手を終えた後は、ひたすら型を繰り返し鍛錬する。
まだ中学一年生のこの体。
成長前ではあるが、ある程度の筋肉を付けるくらいなら問題ないだろう。
やはり、本格的に行動に移すのは二年生になってからだな。
その頃には俺自身も相当強くなっているはず。
今は、せいぜい平穏な日々を過ごしていればいいさ。
◇◆◇◆
公園に行くと、あいつは既に着いていたようだ。
俺が来たことに気付くと、満面の笑みで手を振ってきた。
「かっちゃん! こっち!」
「わかってる。いちいち呼ばなくていい」
まったく……こいつは四六時中騒々しい奴だな。
「聞いてほしい事ってなんなんだ?」
「ああ、それなんだけど……絶対誰にも言わないでくれよ」
いちいち念を押さなくても、俺は誰にも言ったりはしない。
口が堅いというか、あまり周りと関わりたくないのだからな。
「実は……やっぱり僕、あいつの事が好きみたいなんだ」
「……は?」
「この前話したろ? 幼馴染の……彼氏がいるってわかってるんだけど、もう考え出すとあいつの事で頭がいっぱいで……」
思春期のガキか……って、今まさにそうだったな。すまん。
「そう言う事なら、俺よりも河村さんに相談した方が良かったんじゃないか?」
「ちーちゃんにこんな事話せるかよ!」
こいつの判断基準がよくわからん。なんで俺なんだ。
「かっちゃんなら、恋愛経験豊富かと思ってさ。大人っぽいし、かっこいいし……」
「男に言われても嬉しくないよ。それに、別に俺は恋愛などした事は無い」
「え、そうなの? ちーちゃんといい感じだから、てっきり付き合ってるのかと思ってた」
「そう思っていたとしたら、お前は今までとんだお邪魔虫だったわけだ」
「ご、ごめん! ……あれ? でも、付き合って無いなら別にいいじゃん」
……相変わらずよくわからん奴だ。
「で、僕はどうしたらいいんだろう……」
「その話、まだ続いていたのか」
恋愛相談などされても、俺にはよくわからんぞ。
そもそも、中一で恋愛ごっこなんてしているマセた女に、なんでこいつがここまで執着しているんだか。
「相手はどんな奴なんだ?」
「玲美ちゃんの事? 一言で言うなら……犬?」
「……玲美……? おい、そいつのフルネームと特徴を話せ!」
「え? え? いいけど……なんで急にそんな大声上げてんの?」
石川に聞いた情報によると、どうやら俺の予想した通りだった。
まさか、こいつの言う幼馴染があの女だったとは……運はどうやら俺に味方をしているようだ。
「……わかった。お前に協力してやろう」
「本当に!?」
「ああ。だが、今すぐは無理だ。恋愛ってのは焦ったら負けなんだよ」
「そうだよな……玲美ちゃん、彼氏がいるんだもんな……」
「そんなのは関係ないさ……欲しければ力ずくで奪えばいい」
思わず黒い笑みが零れた。
あの女は、間違いなく渡辺謙輔と繋がっている。
きっと、俺の復讐の為に必要になってくるはずだ。
「かっちゃん……? なんだか顔が怖いよ?」
「……おっと、すまん。ちょっと考え事をしていた。ところで、その子の家とかどこの学校に通っているとか、お前はわかってるのか?」
「家はずっと変わってないみたいだし、学校もあの地域だったらそこしかないだろうし……」
「そうか。その時が来たら、俺がうまいこと取り繕ってやる。お前はせいぜい告白の練習でもしていろ」
「うん! やっぱりかっちゃんに相談して良かった!」
石川は、俺の言うことを真に受けて喜んでいた。
俺の復讐に利用されるとも知らずに、本当に馬鹿な奴だな。
病院で会った時は、親が一緒だった事と俺自身風が酷かった事もあって碌に話ができなかった。
無理にでも渡辺の情報を聞くべきだったとあの時は後悔したが、石川があの女と繋がっているのなら焦る必要は無くなったわけだ。
俺は着実に、復讐に向けて進んでいる。
止まった針が動き出すまで……もう少しだ。
お読みいただいてありがとうございました。
次回から新章です。




