第54話 さよならF県
お父さんのお盆休みも明日で終わり。
つまり、今日、私たち一家は福井から静岡に帰る。
朝からその準備をしていると、明憲兄ちゃんがやってきた。
「今日、帰るんか?」
「うん。明憲兄ちゃんは、いつ滋賀に帰るの?」
「俺んとこは明後日やな。おとんの会社、無駄に休み長いんや」
「そっか。もう少し、ここの自然を満喫できるね。良かったじゃん」
よし、私の荷物はほとんど詰め終わった。
お母さんの荷物整理も手伝った方がいいかな? いっぱい持ってきてたから大変そうだもんね。
「何時に出るんや?」
「お父さんが10時には出るって言ってたよ」
「え、あと1時間も無いやん!」
「そう、だから準備急いでんの」
やんややんやと騒ぐ明憲兄ちゃんを尻目に、私はお母さんの荷造りを手伝いに向かった。
***
お母さんの荷造りも終わり、あとは帰るだけ。
おばあちゃんは、お土産にあの美味しいお漬物をたくさんくれた。
これで家に帰ってからも福井の味が楽しめるね。
「帰りに、ちょっと寄り道して行こうな」
「寄り道?」
お父さんは楽しみにしておけとだけ言い残して、車に乗り込んだ。
「佳恵さん、ちょっと……」
「なんです? お義母さん」
お母さんはおばあちゃんに呼ばれて、また家の中に入って行った。
私も車に乗って待ってたらいいのかな?
「玲美!」
「明憲兄ちゃん?」
「これ、やる!」
明憲兄ちゃんは、手に持っていた麦わら帽子を私にくれた。
初日で私に貸してくれたあの帽子だ。
「来年、また来るよな?」
「お父さんの仕事次第だけど……来れたら来たいね」
「絶対やで! まだ連れて行きたいところいっぱいあったんや!」
「そうなんだ。また来たら連れて行ってね」
「おう!」
明憲兄ちゃんは、私にとって兄というよりも友達に近い存在だったのかもしれない。
歳が近いこともあって、すぐに打ち解けることができたし。
もし明憲兄ちゃんが居なかったら、この福井での生活ももう少し退屈だったのかもしれないね。
「明憲兄ちゃん、ありがとう。この帽子、大事にするね」
「お前と一緒に過ごせて楽しかったで」
「玲美ちゃん、帰るんだね」
「源一兄ちゃん」
源一兄ちゃんは、原付のバイクに乗っていた。
これからどこかへ出かけるところなのかな?
「明憲が寂しがると思うけど、もう会えないわけじゃないからね」
「お、俺は別にさびしくなんかないで!」
「じゃ、俺はちょっとこれから出掛けるから、先にお別れを言っておくよ。またな、玲美ちゃん」
「またね、源一兄ちゃん。キイチゴ美味しかったよ」
源一兄ちゃんはバイクに乗って走って行った。
急いでいたみたいだけど、いったいどこに行くんだろう。
そうこうしているうちに、おばあちゃんとお母さんが戻ってきた。
「玲美、元気でやるんやで」
「おばあちゃんも、長生きしてね」
「お前が成人するまでは、がんばらなあかんな」
おばあちゃんとの別れも済んで、私もお母さんも車に乗った。
すっかり見慣れた福井の景色の中を車は走り出した。
「またなー! 玲美ー!」
「うん! 明憲兄ちゃんも、元気でね!」
源一兄ちゃんは、見えなくなるまでずっと手を振っていた。
***
「お父さん、これからどこに向かうの?」
「行きに話した滝のこと覚えてるか?」
滝……ああ、そういえばお父さん言ってたね。
そのまま飲むことができるんだっけ?
「やっぱり、福井に来たらあそこには寄らないとな」
「お父さんとよくデートに行ったのを思い出すわ」
そこも二人のデートコースだったんだ。
お父さんとお母さんって、どんな恋愛してたんだろう?
ちょっと気になるね。今度聞いてみようかな。
「そこでも葛饅頭が食えるぞ」
「マジで?」
「お父さん、玲美……お昼前だからほどほどにね」
車は滝のある場所を目指して進んで行く。
***
そこは大勢の人で賑わっていた。
ポリ容器の販売なんかもしてるみたい。あれに水を汲んで入れるのかな。
「ここが、瓜割の滝だ」
「うり……わり……?」
水の流れる山道を進む。
ところどころ降りれるようになってるね。
流れる水にそっと触れると、すごく冷たかった。
「真夏だというのに、ここはいつ来ても涼しいわね」
「うちの近所もこのくらい涼しいといいのにな」
子供達が滝の水に触れて遊んでいる。
さすがに中に入ったりはしてないみたい。
飲める水だもんね。入ったら怒られちゃうね。
「そこの杓子で水が飲めるぞ」
「これ? どんな味なんだろう……わっ、冷たい!」
「どうだ、健康になる気がするだろう?」
「うん、なんとなくそんな気がする」
どんどん上まで登って行くと滝があった。
もっとこう、ナイアガラの滝みたいなのを想像してたんだけど、普通に考えてそんなに大きいはずはないよね。
なんだか癒やされる気がする。
お父さんが言ってたことじゃないけど、近所にこんな場所あったら毎日でも通ってるわ。
「さ、葛饅頭でも食って帰るか」
「うん」
「お昼食べられなくなっても知らないわよ。……私も食べるけど」
なんだかんだでお母さんも食べたいんじゃん。
***
葛饅頭は、カキ氷と一緒に食べた時とはまた違ってとっても美味しかった。
その後、滋賀県にある琵琶湖に立ち寄った。
ここで軽く昼食を食べて、お母さんはご近所に配るお土産を買っていた。
可愛いキャラのキーホルダーが売ってる。
そんなに高くないし、買っちゃおうかな。
ふとバイクのキーホルダーが目に入った。
源一兄ちゃんもバイクに乗ってたし、男の子はこういうの好きなのかも。
悠太郎へのお土産はこれにしよっと。
車は琵琶湖を出発した。
静岡にはあとどれくらいで着くのかな?
行きはちょっと渋滞していたけど、帰りは空いてるといいね。
「お母さん、ちゃんとトイレに行った?」
「同じ失敗を二度もするほどおバカじゃありません。あんたこそ、ちゃんとトイレ行ったの?」
「もちろん。お父さんは?」
「二回ほど行ってきた」
お父さんは頻尿らしい。
「ここからまだ時間かかるから、眠かったら寝てていいぞ」
「うん。でも眠く無いから大丈夫だよ」
トンネルを抜けて、滋賀の大自然の中を走る。
せっかくだし、少しはこの景色を満喫しておこうね。
………………
…………
……
……いつの間にか寝ちゃってたみたい。
変な姿勢で寝てたせいか、ちょっと体が痛いな……。
気が付くと外は真っ暗。まだ家に着いてないの?
「お、玲美、起きたか?」
「お父さん、どうなってるの? これ……」
「渋滞にはまった……」
窓の外を見ると、そこはまだ高速道路の途中だった。
ラジオからは渋滞のニュースが流れている。
「まいったな……全然進まねえ……」
「もう7時半じゃん! 家に着くの何時になるの!?」
「うーん……9時前くらいか?」
マジで……!?
なんてことだ……こんなことなら目を覚ますんじゃ無かった……。
人間、寝て起きたら誰でも自然に催すものがある。
それは、今の私でも例外では無かった。
「お父さん、どこか休憩所みたいなところって無いの?」
「サービスエリアか? もう少し先だな。俺もタバコ吸いたいんだけどずっと我慢してるんだぞ」
ふとお母さんの方を見てみる。
そこには、無言で脂汗を掻きながらか細く呼吸を繰り返す母の姿があった。
あれは……、少し未来の私の姿でもある……。
「ねえ、サービスエリアってどのくらいで着くの?」
「あと1時間くらいかかりそうだ」
「1時……そんなにもたないよ!?」
私ですらギリギリな感じなのに、お母さんはもっともたないだろう。
念仏のようなものを小声で唱え始めるお母さん。
「俺もトイレに行きたいし、途中で降りるか」
「お願いします! お母さんがピンチなんです! 私もだけど……」
緊急のことなので、つい父に対して敬語になる私。
なんだか行きと帰りはこんな話ばかりですみません。
私は誰にともなく、とりあえず謝ることにした。
高速道路を降りて、コンビニを探す。
ここまででも20分くらいかかった。
「こういう時に限って、コンビニってなかなか見つからないんだよなぁ」
「お母さん、しっかりして」
「……覚悟はできたわ」
「な、なんの覚悟なの!? 早まっちゃ駄目だよ!」
「お、コンビニあった。ついでに何か食べ物でも買うか」
お母さんの顔が、パァっと明るくなった。
いやいや、私も結構ギリギリだったよ。
とりあえず、お母さんから優先してトイレに行ってもらおう。
内股で歩くお母さんを介助しつつ、私も内股でコンビニに向かった。
***
家に着いたのは、夜の9時を回っていた。
今日の晩ご飯は、ラーメン屋さんで食べた餃子とラーメン。
たまにはこういうご飯もいいよね。
お母さんが、福井でみんなで獲った写真を見せてくれた。
短い間だったけど、お兄ちゃんが居る生活を送ることができて楽しかったな。
私は、麦わら帽子を壁にかけた。
また来年、福井に行くことができたらかぶっていこうね。
お読みいただいてありがとうございました。
次回、閑話を挟んでから新章に入ります。




