第53話 祭りの夜と光のパレード
祭りの日、当日。
家の前を、浴衣を着た人達が通り過ぎて行く。
「いよいよ待ちに待った祭りや! これが無いと、ほんま退屈やからな!」
何やら張り切っている明憲兄ちゃん。
夜になると真っ暗だったこの場所も、今日は鮮やかなちょうちんで彩られていてとても綺麗。
「玲美は浴衣着ないんか?」
「まだ、お母さんのお下がりの浴衣のサイズが私に合わないんだよね。来年あたりなら着れるかも?」
「そうか。なら、来年は玲美の浴衣姿が見られるんやな」
「私の浴衣姿見たいの?」
「そりゃあ、俺の可愛い妹やからな。どんな風に成長してるのか楽しみやで」
妹か。私も、お兄ちゃんができたみたいで嬉しかったな。
明憲兄ちゃんよりも源一兄ちゃんの方が、本当にお兄ちゃんって感じだったけど。
そういえば、明憲兄ちゃんの着てる服、なんだかいつもと違う感じ。
「それって、なんてゆう服なの?」
「これか? これはな、じんべえっていうんや」
「ふーん。人の名前みたいな服だね」
「なんでじんべえっていうんやろな」
明憲兄ちゃんと話していたら、おばあちゃんの準備もできたみたい。
お父さんとお母さんもやってきた。
「じゃあ、俺達も行こうか。兄さんと源一君は先に出てったんだったな。明憲君も一緒に行こう」
「叔父さん、よろしくな」
「さ、お義母さん、行きましょう」
「おばあちゃん、行こう」
私とお母さんは、おばあちゃんと手を繋いだ。
ちょうちんで明るいけど、足元は暗いから気を付けて行かないとね。
***
祭りはたくさんの人で賑わっていた。
「特段変わったところの無い祭りだけど、これを見ると帰ってきたという感じがするなぁ。俺も子供の頃はよく親父に連れてきてもらったもんだ」
「お父さんにも子供の頃があったんだよね」
「そりゃあな」
屋台は先にあるお寺の方まで続いている。
おばあちゃんの手を引いているから、ゆっくり、ゆっくりと私達は歩く。
「おとん達、集会場にいるんだっけ?」
「うん。とりあえず俺達もそこに向かおうか」
「私はそこで少し休もうかねえ」
おばあちゃん、疲れちゃったのかな?
人も多いし、この中を歩くのはちょっとしんどいのかもね。
***
集会所に着くと、伯父さんと源一兄ちゃんが居た。
屋台の組み立てとか手伝ってたんだって。この後の撤去作業も手伝うみたい。
「おかん、疲れたか?」
「歳は取りたくないもんやねぇ……」
おばあちゃんは、ちょっと休憩。
お父さんとお母さんも残るみたい。
「ほんなら玲美、俺達は屋台回るで」
「二人だけじゃ危ないからな。源一君も付いて行ってあげてくれるかな?」
「いいですよ。じゃあ二人とも、行こうか」
お父さんに頼まれて、源一兄ちゃんも一緒に来てくれることになった。
お小遣いも貰ったし、どこから回ろうね。
「俺、腹減ったわ。兄ちゃん、なんか食い物あるとこ案内してや」
「晩飯食ってこなかったのか?」
「それとこれとは話が別や。アメリカンドック食いたいな」
「しょうが無いやつだな。玲美ちゃんはどこか行きたいところは無いか?」
「私? うーん……リンゴ飴が食べたいかも」
「じゃあ、まずはリンゴ飴からだな」
「俺もまずリンゴ飴食う! そんでアメリカンドックな」
「わかったよ。じゃあ、行こうか」
源一兄ちゃんに付いて、私達は屋台を回った。
真新しいものは無いけど、お兄ちゃん二人と一緒にこうやってお祭りを回るのは、一人っ子の私にはなんだか嬉しかった。
リンゴ飴も美味しかったし、輪投げにも挑戦してみた。
光るブレスレットも買った。暗くても薄らと光ってなんだか不思議なブレスレット。
明憲兄ちゃんは光るヨーヨーを買っていた。
「そうだ、ちょっと祭りから離れるけど、玲美ちゃんに良いものを見せてやろう」
「良いもの?」
「お、兄ちゃん、あれを見せるんか?」
良いものって何なんだろう?
源一兄ちゃんは民家の間を抜けて進んで行った。
その先には道路を挟んで川が流れていた。
前に釣りに行った川とは反対方向だ。
こっちにも流れていたんだね。川というか小川と言った感じ。
「もう少し先だな。足元に気を付けて」
「うん」
小さな橋を渡って、小川の方に降りて行く。
水の流れる音がさらさらと聞こえてくる。
「あっ」
暗闇に光る小さな粒。
これってもしかして……。
「蛍や」
小さな光は草むらの陰から飛び出すとふわふわと舞い上がった。
光は一斉に空中に上がって行く。
「光ってる……綺麗……」
黄色? ううん……緑かな?
はっきりとしたその光は、暗闇の世界を鮮やかに彩っていた。
「玲美、捕まえてきたで」
明憲兄ちゃんがそっと手を開くと、その中で脈打つような光が動いていた。
小さいけど、一生懸命に光るその姿に、儚さのようなものを感じる。
「逃がしてやろうな」
蛍は明憲兄ちゃんの手の平から飛び立っていった。
それからしばらく、私は暗闇の中の幻想的な光のパレードに見とれていた。
***
「さ、集会所に戻るか」
「おう。ほら玲美、行くで」
「うん」
ちょっと名残惜しいけど、私達はおばあちゃん達の待つ集会所に戻ることにした。
それにしても綺麗だったな……カメラがあったら撮ったのに。
悠太郎にも見せてあげたかったなぁ……。
「なんだあれは?」
戻る途中、たくさんの人が集まっているのが見えた。
なにかあったのかな?
近付いていくと、そこにはマイクを持った女の人と大きなビデオカメラを男の人がいた。
「今年はテレビが来とったんか!」
「え? じゃあ、今撮影してるの?」
「写りに行くで!」
カメラの向いた方向に走って行く明憲兄ちゃん。
飛び跳ねたりしてなんとか写ろうと健気に頑張っている。
「あいつ、ほんと目立ちたがりだな……」
「源一兄ちゃんは行かないの?」
「俺はいいかな。玲美ちゃんは?」
「私も別にいいよ」
明憲兄ちゃんを遠くから少し生温かい目で見守る源一兄ちゃんと私。
謙輔も、テレビ局が来てたらあんな感じではしゃぎそうな気がする。
「じゃあ、行こうか。ここまで来たらあいつも一人で戻って来れるだろ」
「そうだね」
私と源一兄ちゃんは、先に集会所に戻ることにした。
***
次の日のお昼頃、テレビの放送でピースをしまくる明憲兄ちゃんが写っていた。
それはもう、自慢げにこの時の状況を熱く語ってくる明憲兄ちゃん。
いい思い出ができて良かったね。
夏休みもあと少し。
残ってる宿題もちゃんとやろうね、明憲兄ちゃん。
お読みいただいて、ありがとうございました。
次で“私の夏休み”は終わりです。




