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止まった時計の針  作者: Tiroro
中学一年生編 その3 わたしのなつやすみ
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第51話 イワナを釣りに行こう

 今日もお味噌汁が美味しいね。


 この良い香りのネギみたいな野菜、ミョウガって言うんだって。

 お漬物にも入ってるミョウガ。

 もうすっかり、私はミョウガのとりこだ。


「玲美、魚釣り行くで!」


 朝ご飯を食べ終えた明憲兄ちゃんが、突然そんな事を言い出した。


「今から?」

「おう。また釣りに行くって約束してたやん。昨日は墓参りがあったから行かれへんかったしな」

「あ~、そうだったね」


 さっそく準備を始める明憲兄ちゃん。

 私も出掛ける準備しなきゃ……よし、ズボンを履いていこう。


***


 相変わらずの綺麗な川。

 今日は前に来た時よりももっと先に進んで行く。


「足元滑らんように気い付けえや」

「うん、大丈夫」


 川べりを進むと、木の生い茂る場所に出た。

 少し段になっていて、まるで小さな滝みたいに流れる川。


「よし、着いたな。今日は玲美の分も釣り竿持ってきたから、どっちが多く釣れるか勝負するで」

「勝負?」

「勝ち負けが決まってた方が面白いやろ?」

「別に」

「なんや、面白くないやっちゃな……」

「だって、勝てるわけないじゃん」


 なんだかんだ言ってるうちに、明憲兄ちゃんが私の釣り竿を用意してくれた。

 針にはちくわを小さく切ったものが付いている。


「レディーファーストな」

「ありがとー」


 明憲兄ちゃんから釣り竿を受け取り、川に向かって投げてみる。

 うん、いい感じ。


「さて、俺のも準備するか」


 そう言って、準備を始めた明憲兄ちゃんの釣り竿は、私の持っている釣り竿よりも大きくて立派な釣り竿だった。

 あれだけでかいと重そうだね。


「今日は絶対、イワナ釣ったる」


 イワナって、前に言ってた魚だ。

 たしか、食べれるんだっけ? どんな魚なんだろうね。


 そんなことを考えていたら、私の持っている釣り竿がビクビク震えた。


「あ、釣れたかも」

「マジか! 早いなぁ……上げれるか?」

「たぶん、大丈夫……えい!」


 釣り竿を立てて引き上げると、なんか魚が食いついていた。


「これって何だっけ?」

「ウグイやな。前にも釣った魚や」

「そっか」


 食べれないやつだ。残念。


「これで玲美は1ポイントやな」


 謎のポイントが私に加算された。


***


 魚釣りを始めてからしばらくたった。


 あれから明憲兄ちゃんは3匹釣りあげて、私は最初の1匹だけ。

 イワナって言う魚は釣れてないみたい。


「イワナおらんな~」

「なかなか釣れないって事は、珍しい魚なんだね」

「そうやな。あれは渓流釣りの醍醐味や」


 なんだか難しい言葉を言う明憲兄ちゃん。


「イワナが釣れたら100ポイントなのにな」


 ポイントの差が激し過ぎると言うツッコミはやめておこう。


 魚は全然釣れないけど、こうやってのんびり過ごすのは悪くないね。

 夏で暑いはずなのに、川の傍にいるおかげか、なんだか涼しいし。


「ちくわじゃ駄目か……」


 何度も釣り竿を上げては下げ、上げては下げを繰り返す明憲兄ちゃん。

 私も真似してみるけど、うんともすんとも言いません。


「それでは駄目だ」

「え?」


 振り向くと、そこにはいかにも魚釣りが上手そうな出で立ちをしたおじさんが立っていた。

 革のジャケットに革のブーツ、深く被った帽子に、そして、サングラス。


「イワナを狙うなら、もっと心を静めろ。自然と一体になれ」

「急に出てきて、あんた何もんや!?」

「俺は、さすらいの釣り師」


 さすらいの釣り師は、挨拶もそこそこに釣り竿の準備を始めた。


「お前達に、本物のイワナ釣りを見せてやろう」


 言ってることはかっこいいけど、そうやって地面にしゃがみ込んで、一生懸命釣り竿を伸ばしながら言われるとちょっと滑稽だ。

 

 釣り師は、釣り竿の先になんだかゴムみたいなものを装着していた。


「それは……ルアーか?」

「イワナもだんだんとグルメになってきているのでね……最近じゃこのくらいのものでないと食いつかないのさ」

 

 魚にもグルメとかあるんだ。

 進化してるのかな? とりあえず、ちくわじゃ駄目ってことなのね。


「あのおっさん……なかなかやるで……」

「ん?」

「見ろ、あの竿捌き……俺達のような遊びとは段違いや……」

「そうなの?」


 釣り師は入念に釣り竿をひゅんひゅんと動かし始めた。

 大きさは明憲兄ちゃんの釣り竿より小さいけど、しなる力が凄いのかな?


「そして、あのリールや……」

「リール?」

「俺達の竿には付いてないんやけど、あれがあると遠くまで糸を伸ばせるしかっこいい」

「へー」


 かっこいいかどうかはわかんないけど、そんなに広くも深くもない川で、別にそんなのいらないんじゃない?って思う。


「そろそろか……」


 釣り師はこちらに目で合図を送った。

 何の合図かわかんないけど、固唾をのんで見守る私達。


 竿を振り上げ、しなりを付けて、軽やかに舞うように川に向かって投げる。

 そして、その先は音もなく水面に着水した。

 その投げた時に片手を水平に上げるのって何か効果があるの?


「あれなら、ほんまにイワナを釣りあげるかも知れん……」

「さすらいの釣り師だもんね」


 釣り師は静かにたたずみ、竿の先に神経を集中していた。


「さすが、言うだけのことあるな……」

「あ、明憲兄ちゃんの釣り竿、なんか動いてない?」

「ほんまや」


 立てかけてあった釣り竿の先がグイグイと動いている。

 明憲兄ちゃんが慌てて釣り竿を引き上げると、そこにはさっきまでとは違う感じの魚がついていた。


「これって、もしかして……」

「……イワナや!」


 赤っぽい色の入った魚。これがイワナなんだね。

 ガッツポーズをとる明憲兄ちゃん。


「良かったー……釣れんかったらどうしよ思ったわ」

「綺麗な魚だねぇ」


 バケツの中にイワナを入れると、スイスイと泳ぎ回っている。

 それを見て、満足そうな明憲兄ちゃん。


「これで、俺が優勝やな」

「あ、うん……勝負続いてたんだ……」

「さ、一匹しかおらんけど持って帰って食うか」

「うん」


 帰り支度を始める私達。

 別に自然と一体とか関係なく釣れるんだね。


 私達は、釣り師にそっと別れを告げその場を去った。

 釣り師はそのまま、こちらを振り向く事は無かった。


***


「ばあちゃん! イワナ! イワナ釣れたで!」


 意気揚々と玄関を開ける明憲兄ちゃん。

 いつものピピピピピという効果音が流れる。


「おかえり、二人とも。イワナなんかよう釣ったなぁ」

「俺にかかればこんなもんや」

「じいさんも、よう釣ってきとったなぁ……懐かしい……」


 おばあちゃんは、寂しそうにふっと笑った。


「……なあ、ばあちゃん、これ食ってや」

「え?」

「今日はこれ一匹だけしか釣れんかったからな。俺達はええからばあちゃん食ったって」

「でも……」

「ええんや。な、玲美?」

「うん。おばあちゃん食べなよ。元気が出るよ、きっと」

「そうかい……ありがとな、二人とも。でも大きいからばあちゃん一人じゃ食いきれへん。三人で食おうな」


 おばあちゃんはそう言うと、イワナの入ったバケツを持ってキッチンに向かっていった。


 晩ご飯。

 私と明憲兄ちゃんとおばあちゃんの前には、おかずが一品増えた。

 とは言っても、さすがに三人で分けたからそんなに量は無いんだけどね。


 それでも、おばあちゃんは本当に嬉しそうに食べていた。

 イワナって初めて食べたけど、身が柔らかくて美味しいね。

 小学校のキャンプの時の、アユに味が似てるかも。

 そんなことを考えていたら、ふとアユを前に逃げまくる森山さんのことを思い出した。


 その晩、布団を敷く準備をしていたら、お父さんの荷物が置いてあるところにあの釣り師が付けていたサングラスのようなものを見つけてしまった。

 うん……見なかったことにしよう。

お読みいただいて、ありがとうございました。

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