第50話 真夜中の天井
お昼はみんなでそうめんを食べた。
夏に食べるそうめんって、本当に美味しい。
おばあちゃんが漬けたという漬物もポリポリ。
いろんな野菜が入った漬物なんだけど、ほんのり爽やかな香りがする。
「おばあちゃん、このお漬物ってなんていうの?」
「やたら漬けっていうんだよ」
やたら漬け……名前は変わってるけど美味しいね。
静岡に帰る前に、おばあちゃんに作り方教えてもらおうかな。
「さ、食べたら運動しなきゃね」
お母さんがさっそく食器を片づけ始めた。
私も手伝おっと。
「俺も手伝う」
明憲兄ちゃんも食器を運ぶのを手伝ってくれた。
私達が居る間は、おばあちゃんには少しでも休んでいてもらわなきゃ。
「なあ、玲美はじいちゃんの墓参り行くの初めてやろ?」
「うん。おじいちゃんの顔も知らないんだよね、私」
「じいちゃんな、俺が生まれる直前に亡くなったんや。だから、俺爺ちゃんの生まれ変わりらしいで」
「じゃあ、おじいちゃんは明憲兄ちゃんに転生したんだね」
「転生? なんや、難しい言葉知っとるんやな、お前……」
私とお母さんが洗った食器を、明憲兄ちゃんがどんどん拭いていく。
三人でやると洗い物もすぐに終わっちゃうね。
居間に戻ると、お父さん達はテレビを見ていた。
「お父さん、お寺にはいつ行くの?」
「もう少ししたら行くぞ」
お父さんと伯父さんは、テーブルにあったタバコを手に取ると庭のほうに出て行った。
***
お寺には車で向かうんだって。
歩いて行けるくらい近いところって聞いてたのに、なんで車で行くんだろうね?
おばあちゃんは、伯父さんの方の車に乗った。
「母さん、線香は持ったか?」
「お義兄さんが持ってくからいいって。数珠なら持ってきたけど」
「おお、そうだったか。じゃあいいな」
伯父さんの車が走り出し、お父さんもその後を付いて行く。
車は川の橋を越えて、ただ真っ直ぐ進んで行く。
そして五分もしないうちに車は脇道に入って行った。
お寺は本当にすぐ近くの場所だった。
「玲美にはお母さんの数珠を貸してあげるからね」
「うん」
お寺の脇にたくさんのお墓が並んでいた。
伯父さんがヤカンに水を汲んでいる。
おばあちゃんの手には、お墓に備える花が握られていた。
おじいちゃんのお墓の前に着いた。
お墓には『日高家の墓』って書いてある。
おじいちゃんは、ここに入ってるんだね。
伯父さんが線香に火を着けて、私にも渡してくれた。
お墓に線香を供えて、みんなで手を合わせる。
お母さんが数珠を貸してくれた。
おじいちゃん……お参りに来るの遅くなっちゃってごめんね。
「……テストで良い点取れますように……」
明憲兄ちゃん……そういうのは神社でお願いするものだと思うよ。
「おじいさん、お墓、綺麗にしてあげるからね」
おばあちゃんはそう言って、お墓を掃除し始めた。
お墓の周りに生えた雑草を取って行く。
私も手伝おっと。
「おじいさん……孫達もこんなに大きくなったよ」
おばあちゃんは、おじいちゃんのお墓に話しかけた。
一通り、綺麗にし終わったところでおばあちゃんはお花を供えた。
そして、また手を合わせて目を瞑る。
私ももう一度、おじいちゃんのお墓に手を合わせた。
***
お墓参りが終わって帰るのかと思ったら、このまま商店街に行くらしい。
車で来たのはその為だったんだね。
「お父さん、商店街って遠いの?」
「ちょっとここからは離れてるな。向こうに着いたら美味いもん食わせてやるぞ」
お父さんはそう言って笑った。
美味いもんってなんだろう? お昼食べたばっかだから、そんなにお腹空いてないんだけど。
車は山道を走る。
似たような道ばっかりで、どこを走ってるのかさっぱりわかんない。
それなのに道に迷わないお父さんはすごいね。
「もう少しで着くぞ」
商店街って静岡にもあるけど、福井の商店街ってどんな場所なんだろう?
山道を抜けて、今度は街の中。
窓から見える景色は、だんだん賑やかな街並みになってきた。
***
商店街に着いた。
伯父さん達とも合流し、みんなで商店街を歩く。
「らっしゃーい!!」
あちこちから元気な声が聞こえてくる。
商店街って、どこも賑やかなんだね。
おばあちゃんの家の周りからは想像もできないほど、人がいっぱいだ。
「お、玲美! クワガタが売ってるぞ!」
明憲兄ちゃんは、ケージ越しに見えるクワガタを夢中になって見ている。
たしか源一兄ちゃん、クワガタたくさん捕まえてきたって言ってなかったっけ?
「兄ちゃん、普通のクワガタしか捕まえてこんかったもんな」
逆に普通じゃないクワガタってどんなんだ。
「ほら、これ! ミヤマやで」
「ミヤマ?」
明憲兄ちゃんの指差す方には、なんだか異様な形をしたクワガタが居た。
たしかに普通じゃないね、これは。
「これこそクワガタって感じやな。なあ、おとん、これ買ってくれ」
「クワガタなんてどれも同じやろ……」
「ちゃうねん、あんなコクワとかノコとかとは格がちゃうねん。なあ、玲美?」
いや、私に振られてもクワガタの格の違いとかわかんないよ。
「しゃあないな。大事に飼うんやぞ」
伯父さん、なんだかんだ言って買ってるし。
クワガタ一匹で800円って高くない? よくわかんないけど。
「やっぱり、男の子は虫が好きだなぁ」
「お父さんも虫が好きだったの?」
「まあなぁ。昔は兄さん……大作伯父さんと一緒にセミ取りとかよく行ったもんだ」
「へー」
悠太郎達もセミ取り好きだもんね。
そういう本能みたいなものが、男の子にはあるんだろうね。
「もう少しで、お目当ての場所に着く」
「美味しいものがあるんだっけ? 私、そんなにお腹空いてないよ?」
「大丈夫だ。カキ氷を食べに行くだけだからな」
「カキ氷?」
「もちろん、ただのカキ氷じゃないぞ」
しばらく歩くと、伯父さん達はお店の中に入って行った。
氷って暖簾に書いてある。ここがお目当ての場所なんだね。
カキ氷を食べるにしては、なんだか趣のあるって言うか……ちょっと老舗って感じのお店だね。
お父さんが注文を入れて少しすると、テーブルの上にカキ氷が運ばれてきた。
氷の上に、透明なお饅頭?が乗ってる。
「おかんがこれを好きでな。福井に帰るとここに連れてきてるんだよ」
スプーンで突くと、お饅頭はプルプルと揺れた。
「お母さん、これなに?」
「葛饅頭って言うのよ」
「くずまんじゅう?」
透明の中に入ってるのはアンコかな?
食べてみると、氷にかかったシロップとは別の甘さが口の中に広がった。
これは……甘くて美味しいね!
「生き返るなぁ……」
おばあちゃんは、カキ氷をパクパクと食べて行った。
よっぽど食べたかったんだね。
私もこのカキ氷好きかも。
「おおう! キーンと来た!」
明憲兄ちゃんが頭をワシャワシャとし始めた。
「急いでがっつくからだぞ」
「でも、美味いなぁ」
そして、また頭をワシャワシャとする明憲兄ちゃん。
お父さんはそれを笑って見ていたけど、その後すぐに頭を押さえてうずくまっていた。
「懐かしいわ……お父さん、デートでもここに連れてきてくれたのよ」
「じゃあ、お父さんとお母さんにとっては思い出の場所なんだね」
「ええ、そうね」
お母さんは、頭を押さえるお父さんを見てニコッと笑った。
***
その日の晩、私はふと目が覚めた。
時計を見ると、まだ夜中の2時だ。
なんでこんな時間に目が覚めちゃったんだろう?
とりあえず、トイレに行こう。
そう思って、リビングのほうに降りて行くと人影が見えた。
「明憲兄ちゃん……?」
「わっ!? 玲美か、おどかすなよ……」
なぜか私を見て驚く明憲兄ちゃん。
「どうしたの? こんな時間に」
「それはこっちのセリフや……いや、逆に良かったかもしれん。今起きてる現象が、夢かどうかこれで判明できる」
「え? あ、それよりトイレ行かなきゃ」
「早く行って来い」
明憲兄ちゃんが何を言ってるのかわからないけど、とりあえずその話はトイレ行った後だね。
私は離れにあるトイレに向かった。
用を済ませて戻ると、明憲兄ちゃんはまだリビングにいた。
「お、戻ってきたな」
「何かあったの?」
「付いてきてくれ」
そう言って手招きする明憲兄ちゃん。
どこに行くのかと思ったら、そこは仏壇のあるお部屋だった。
「なあ、ちょっと天井見上げてくれへんか?」
「天井……?」
言われるがままに天井を見てみる。
別におかしなところは……ん?
なんだか、天井がウニョウニョ動いてる……?
「……なにこれ?」
「お前にも見えるか? やっぱり、俺の見間違いとは違うんやな……」
まるで生き物のように動く天井……ほっぺをつねってみた。うん、普通に痛い。
「やっぱ、それやるよな」
「夢じゃないんだ……これって何なの?」
「いや、わからん……ただ、こんな天井が波打つ仕掛けがあるなんて事は聞いてへん」
「それは……そうだろうね」
しばらく二人で天井を見上げていると、そのうねうねが一か所に集まって行くのが見えた。
なんだろう……これ以上見てたら、何かよくないことが起こりそうな気がする……。
「うわ! ……なんやあれ!?」
「明憲兄ちゃん、あんまり夜中に大きな声上げちゃ……」
「いや……見てみろ、玲美……!」
「え……?」
天井のウネウネが集まって行った場所に、大きな顔ができていた。
それは、私達をじっと見降ろしているみたいだった。
「お……お化け!?」
「わからん……ほんま、何やねんなあれは……!?」
天井のお化けを見上げる私と明憲兄ちゃん。
二人同時に同じものを見てるって事は、夢とかじゃないんだよね?
「別に危害を加えたりはしないようやな……」
「うん……」
ただ、そのお化けは私達を見ているだけ。
私達も、それをただ見ているだけ。
「電気……付けてみる?」
「そうやな……」
天井のものが何なのかわかんないけど、とりあえず私は電気を付けた。
すると、そのお化けはスッと姿を消した。
「な……何やったんや……」
「わかんないけど……トイレ先に行っといてよかった……」
「俺、今から行くとこなんやけど……」
涙目の明憲兄ちゃん。
仕方なく、私もトイレまで付いて行ってあげた。
「れ、玲美、おるか!?」
「はーい、居るよー……」
いや、気持ちはわかるけどさ……。
***
「ああ、お前達もアレを見たのか」
翌朝、私と明憲兄ちゃんはお父さん達に昨晩見たお化けのことを話した。
「俺も兄さんも、子供の頃はよく見たな」
「おう、懐かしいな……いつの間にか見なくなったんやけど、まだこの家におったんやな」
なんと、お父さんも伯父さんも、あのお化けのことを知ってたみたい。
やっぱり夢じゃなかったんだね。
「ねえ、あれって何なの? お化け? 幽霊?」
「わからない……けど、お父さんは、あれをこの家の守り神だと思ってるよ」
「純粋な子供の頃にしか見えないお化けや。お前らも、まだまだガキちゅうことやな」
伯父さんはそう言うと大きな声で笑った。
いやいや、マジでビックリしたんだけど……あんなお化け、本当にいるんだ。
まあ、悪いお化けじゃないみたいだし、よく見たら愛嬌のある顔だった気がする。
夏休み、おばあちゃんの家で見た天井のお化けのこと。
帰ってから由美達に話しても、誰も信じてくれないんだろうなぁ。
お読みいただいて、ありがとうございました。
天井のお化けのこと……実話です。




