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止まった時計の針  作者: Tiroro
中学一年生編 その3 わたしのなつやすみ
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第49話 お散歩

 早朝、ふと目が覚めた私はお父さんとお母さんを起こさないように1階へ向かった。

 台所の方から小気味の良い包丁の音が聞こえる。まだ朝の5時だというのに誰か起きているのかな?


「おばあちゃん」

「おや、玲美かい? おはよう。まだ寝ててええんよ」

「んー……なぜか目が覚めちゃって……」

「そうかい。まあ、ゆっくりしてなさい」

「はーい」


 台所にいたのはおばあちゃんだった。

 美味しそうなお味噌汁のにおいがする。

 そういえば、昨日の晩に飲んだお味噌汁も美味しかったもんね。

 静岡と違って、白いお味噌汁。ナスと、なんだか香りの良いネギみたいな野菜が入ってた。

 あの野菜何なんだろうね。

 ……おっと、トイレ行かなきゃ。


***


 顔を洗って、髪も洗って、眠気も完全に覚めた私は、いよいよ本格的にすることが無くなってしまった。

 とりあえず、テレビを付けてみようか。

 うっ……3局しか映らない。

 テレビはいいや……そうだ。


「おばあちゃん、朝ご飯の準備でしょ? 私も手伝うよ」

「もうすぐ終わるよ。テレビでも見てなさい」


 テレビ……見るものないんだけど、どうしようね。


「お? おばあちゃん、もう起きてたのか」

「源一、帰ってたのかい?」


 誰この人……?

 源一……ああ、高校生の従兄弟のお兄ちゃんだっけ。

 昨日はいなかったよね。だから、顔を合わせるのは今日が初めてだ。


「おはよう、源一……兄ちゃんだよね。私、玲美です」

「おお、あのちっちゃかった玲美ちゃんか。大きくなって……は無いか。いま小学何年生だっけ?」

「……私、いま中学一年生ですよ」

「マジか……いや、すまん。月日が経つのは早いものだな」


 やっぱり、私って小学生に見えるのか……。

 去年までは小学生だったから、小学生に見えるのも当然なんだけどね。

 だから謝る必要なんてないのに、なんで源一兄ちゃん謝ってるんだ……。


「源一、昨日は何時に帰ってきたんや?」

「11時頃かな。親父以外みんな寝てるとは思わなくて……すんません、気を付けます」


 源一兄ちゃんは、おばあちゃんにペコペコ頭を下げていた。

 うちのお父さんよりも背が高く、オシャレな感じのお兄ちゃんだ。

 明憲兄ちゃんのお兄ちゃんなんだよね。髪の毛も少し長めで、スポーティーな明憲兄ちゃんとは、対照的な感じがする。


「明憲はまだ寝てるのかい?」

「ああ。起こしてこようか?」

「いや、ええよ。そのうち起きてくるやろ」


 そう言うと、おばあちゃんはまた野菜を刻み始めた。


「あんた、暇だったら玲美ちゃんと散歩行ってきなさい」

「え? 俺が……まあ、いいけど」

「源一兄ちゃん、いいの?」

「おう」


 準備も特に必要無いので、私と源一兄ちゃんは早速散歩に出かけることにした。

 玄関を開けると、山奥の澄んだ空気が流れ込んできた。

 早朝だからかもしれないけど、夏だと言うのに涼しいね。


「よろしくな、玲美ちゃん」

「こちらこそ、です」


 横に並ぶと、その背の高さがはっきりわかる。

 私の目線の高さは、源一兄ちゃんのお腹の辺りくらいまでしかない。


「しかし……ほんと、小さいな。身長幾つだ?」

「138ですけど……クラスではもっと小さい子もいますよ」

「そうか。まあ、がんばれ」


 がんばって身長って伸びるのかな……。


「従兄弟同士なんだし、敬語なんて使わなくていいぞ」

「そう……? うん、じゃあそうする」


 ポケットに手を突っ込みながら歩いていく源一兄ちゃんの後を付いていく。

 ここは、昨日明憲兄ちゃんと一緒に来た橋の付近だ。


「ちょっと山の方でも行くか?」


 源一兄ちゃんは橋を渡らずにその脇道の方を指差した。

 その先には、緩やかな上り坂が続いている。


「美味しい()()()が食えるぞ」

「イチゴ?」

「好きなだけ食っていいから行くか?」

「うん!」


 この先にイチゴが売ってたりするのかな?

 よくわかんないけど、イチゴは好きだし食べたい。

 源一兄ちゃんの奢り? お兄ちゃん、財布持ってきてたっけ?


「たまには、従妹とこうして散歩するのも悪くないな」

「源一兄ちゃんは、明憲兄ちゃんとこうやってよく散歩するの?」

「するわけないだろ。ああ、でも小さい頃は、よく俺の後を付いてきたっけ……大きくなって、だんだん俺の手を離れて、それが普通だよ」

「そうなんだ。私、兄弟いないから、その辺よくわかんないんだよね」

「まあ、ここにいる間は俺達を兄弟だと思っていればいいよ」


 そういうと、源一兄ちゃんはニコッと笑った。

 兄弟……この夏休み限定だけど、私には二人のお兄ちゃんができた。

 そう思うと、なんだか嬉しいかも。


「そういえばさ、源一兄ちゃんは方言じゃないんだね」

「ああ、高校が東京の方だからな。がんばって直したんだ。イントネーションまではすぐ直らないけど。それは玲美ちゃんだってそうじゃないのか?」

「え? 私?」

「イントネーション、こっちの言葉混じってるぞ」

「マジで……?」

「うん、マジ。自分ではなかなか気付かないだろうけどさ」


 私のイントネーション、普通じゃなかったのか。

 たぶん、お父さんもその辺は直って無くて、それを聞いて育った私もうつってしまったんだ。

 由美も悠太郎もそんなこと言って来ないから、全然気付かなかった……。


「まあ、気にすんな」

「そうは言うけど、これから話す時気遣っちゃうよ……」


 イントネーション……どこがおかしいんだろう……自分ではわかんない……。

 そんなことを考えて源一兄ちゃんの後を付いていくと、山の斜面がずっと広がる場所に出た。


「あれ? イチゴ販売所は?」

「何言ってんだ? ほら、こっち行くぞ」


 そう言うと山の中に入って行く源一兄ちゃん。

 木々の間を分け行っていく。


「どこ行くの?」

「もう少しだ」


 丘のような場所に出ると、小さな沢が見えた。

 水がさらさらと流れる音が聞こえる。


「よし、着いた。ほら、そこ見てみろ」

「ん……?」


 源一兄ちゃんの指差す先には、ツブツブの小さなオレンジ色の実がいっぱいなっていた。


「これなに?」

「キイチゴだ。好きなだけ食っていいぞ」


 そう言うと、源一兄ちゃんはその実を採って食べ始めた。


「これが……イチゴ?」


 私も一つ手に取り食べてみる。

 少し酸っぱいけど、美味しいかも。


「美味しいね」

「どうだ? 都会じゃこんなの味わえないよな」

「そうだね。福井って凄いね」

「棘には気を付けろよ」


 3個ほどイチゴを食べて満足した私。

 源一兄ちゃんは、沢で何かを探し始めていた。


「何探してるの?」

「サワガニ。お前、見たことあるか?」

「見たこと無い。ここにいるの?」

「おう。石をどかすと出てくるんだ。お前もやってみろ」


 沢の中の石をそっとどかすと、小さなカニが逃げていくのが見えた。


「いた! サワガニいたよ!」

「そうか、すばしっこいだろ?」


 サワガニを探して石をどかして行く。

 すると、今度は石の下から変な毛虫みたいな気持ち悪い生き物が出てきた。


「わぁ!? お兄ちゃん、これ、これ何!?」

「ん? ああ、これは……蛍の幼虫だ。珍しいのを見つけたな」

「ほ、蛍……!? 光るの!?」

「幼虫でも光るらしいぞ」


 蛍の幼虫って、こんな水の中にいるんだ。

 見た目はグロテスクだけど、これがあの可愛らしい虫になるんだね。


「去年もさ、都会から来たって言う女の子を、こうやって案内してやったんだ」

「へー」

「今の玲美ちゃんみたいに、初めて見るものに目をキラキラさせて驚いていたよ」

「その人、今年は来てるの?」

「来てない……もう、来ないんじゃないかな」


 そう言うと、源一兄ちゃんは寂しそうな目をした。


「俺……その子を傷付けちゃったから……」


 源一兄ちゃんは大きな石に腰を掛けた。

 私も近くにあった石に座る。


「源一兄ちゃんは、その子のこと好きだったの?」

「……どうだろうな。でも、どちらにしても俺には地元に彼女がいたんだ。だから、その子から告白されても……俺は振らざるを得なかった。もうさ、罪悪感半端なかったよ、あの時は」

「まあ……浮気は良くないよね」

「だよなぁ……だけど、俺はさ、必要以上にその子に優しくしちまったんだ……。そんなつもりはなかったが……それが逆にその子を傷付けることになっちゃったのさ。まあ、お子様の玲美ちゃんに話してもわからんよな。すまん、変な話しちまって」

「失礼な……私だって、地元に帰れば彼氏がいるんだよ」

「マジか……! 最近の子はませてんのな」


 沢で一休みした私と源一兄ちゃんは、山を降りておばあちゃんの家に戻って行った。

 源一兄ちゃんは、もしその子と再会できたら、その時の事を謝りたいんだって。


「ねえ、昨日はずっと夜までいなかったみたいだけど、どこか行ってたの?」

「オオクワガタを探しに行ってた」

「ああ、なんか高級なクワガタなんだよね」

「そう。見つけたら捕まえて、高く売ろうかと思ってさ」

「オオクワガタいたの?」

「いなかった。かわりに、普通のクワガタはそこそこ捕まえたけどな。帰ったら見てみるか?」

「え……それはいいや」


 悠太郎や琢也なら喜びそうだけどね。

 源一兄ちゃんといろいろ話してるうちに、いつの間にかおばあちゃんの家に着いていた。


 朝ご飯を食べに行くと、明憲兄ちゃんが、俺も行きたかったって言ってたけど、まだ寝てたんだから仕方ないよね。

 午後からは、みんなでお墓参りに行くんだって。


 私が生まれる少し前に亡くなったと言うおじいちゃん。

 この家には、それからずっと、おばあちゃんが一人で住んでいる。

お読みいただいて、ありがとうございました。

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