第4話 接近
明日から中間テスト……。
一生懸命教科書に赤いライン引いて勉強中です。
私は典型的な理系脳。
小学生の頃から、暗記教科には散々苦しめられている。
社会科の教科は特に苦手。
最古の人類の名称とか、何年に何が起きたとか、私達の生活の何に役立つって言うの?
そして、○○時代とか、よく名前が付いてるけどさ、そんなの覚えて何の役に立つって言うのさ。
私はもう、過去は振り返らない。人間、常に前を見て生きなきゃ。
てゆうか、社会科ってなんでこんなに無駄にテスト範囲広いんだよ……。
範囲が四十ページ以上あるじゃん! どういうことなの!?
────待って。
そういえば、私って過去に転生してきたんだよね?
なんで前世の私は、勉強してきた記憶を残してくれなかったんだー!
その記憶さえあれば、私って天才になれたんじゃないの!?
こんな風にテストで苦しめられずに済んだんじゃないの!?
ああ、わかってる。世の中そんな都合良くいかないよね……。
勉強すればいいんでしょ? 勉強すれば。
緑の下敷きで赤いラインの場所を隠して、ひたすら一人でクイズを繰り返す。
このクイズは、スポンサーも私なので、賞品や賞金なんて出ない。
「玲美、イチゴ食べる?」
「今は要らない! てゆうか、気が散るから話し掛けないで!」
母と言うスポンサーから賞品が贈られそうだったけど、必死に勉強してる時に話し掛けられると気が散って仕方ない。
ほら、もう忘れたよ……アウストラなんとか。
結局、私はテスト勉強を中断し、スポンサーの圧力に屈してイチゴを頬張った。
***
「悠太郎、テスト勉強した?」
「一通りはしたけど……お前は?」
「教科書を赤く塗るだけ塗ってみたよ」
「塗ればいいってもんでもないぞ?」
社会科なんて滅んでしまえ。
それに、なぜかテスト期間中って、近くにある雑誌類が無性に恋しくなる現象が発生するよね。
この現象、何か名前を付けたいと思うんだけどどうだろうか。
「一つ問題出そうか? 脳が発達した人類は、何と何と何を使うようになった?」
「えっと……火と、お金と……気?」
「……火しか合ってない。お金はまだ先だし、気を使うって何だ」
「ご近所付き合いとか?」
「それは……! あったかも知れないけど。それ以前に必要な物があるだろ?」
悠太郎とそんな事を話しているうちに、学校に辿り着いてしまった。
駄目だ、このままでは特に歴史は全滅だ……。
なにテクスだっけ?
もー! わけわかんない言語で変な名前付けないでよ!
日本語で、最古の人類でいいじゃん!
こうなったら、わかんない答えは全部適当な言葉で埋め尽くしてやる。
***
「玲美ー、テストどうだった?」
机に伏せている私に、由美が駆け寄ってきた。
「ある意味、いろんな発見があったと思う」
「はい?」
わからなかったところは、今まで私が生きてきて得た知識を総動員して、それっぽい語句を書いておいた。
いいんだ……社会に出てから一番役に立ちそうな教科名してるくせに、うんちく雑学にしかならなさそうな社会科は捨てたんだ。
私は数学に賭けるよ! もう、私には数学しかない!
数学だけは、絶対に私を裏切らない。
「それじゃあ席に着け。テストを配るぞ」
大丈夫、数学の公式は全部覚えてる。数式の意味も理解してる。
さあ、かかってらっしゃい数学さん!
そして、私を癒してちょうだいな!
***
やはり、数学だけは私を裏切ることは無かった。
将来は数学と結婚しよう。
それはさておき、机に突っ伏したままの由美のところへと向かう。
「由美、数学どうだった?」
「ねえ玲美……数学なんてできなくてもさ、世の中には電卓だってパソコンだって、何でもあるんだよ?」
「……うん」
「わざわざ自分で計算して問題を解くなんて、無駄な事だと思わない?」
「由美、お前良いこと言うじゃないか」
「悠太郎君、わかってくれるの!?」
「ああ……!」
悠太郎も数学駄目だったんだな。
急に意気投合し始めた親友と彼氏を見て、私は席に戻り次の教科に備える事にした。
次は英語だっけ。
不思議と暗記教科なのに、英語と国語は覚えられるんだよね。
理科と社会の二教科だけは、これから先、一生わかりあえる事は無いだろうな。
***
一日目のテストが終了した。
明日もテストか……帰って勉強しなくちゃ。
そういえば、今日はあの小柳さんも来てたね。
不良でも、テストだけは大事なのかな?
「玲美、待った?」
「ううん。私もさっき終わったところだよ」
恵利佳と待ち合わせして、一緒に帰る。
由美は、小学校に寄っていくんだって。妹さんに何か用事があるみたい。
「伊藤君と一緒に帰らなくて良かったの?」
そういえば、恵利佳も知ってるんだったね……。
「悠太郎は、琢也と一緒に帰るって」
「そう」
校門を出て、いつもと違うルートを行く。
ちょっと遠回りになっちゃうけど、せっかくだから恵利佳ともっとお話ししたいし。
「そういえば、恵利佳のクラスは何か困ったりすること無い?」
「んー……今は特にないかしら。渡辺君のお蔭で、虐められる心配も無いしね。過去に同じクラスだった人がいたけど、渡辺君が先に釘を刺しておいてくれたわ」
「へー、謙輔がんばってるんだね」
それにしても、恵利佳は本当に綺麗になったなあ。
切れ長な目も魅力的だし、長いストレートヘアも綺麗だし、背だって私よりも高いし、あれだけ学校を休んでいたのに頭だっていいし。
体力測定の結果を見る限り運動はちょっと苦手みたいだけど、そこがまた庇護欲をそそられるというか、虐めさえなくなってしまえば恵利佳はさぞモテるんだろうね。
「どうしたの?ジッと見て」
「恵利佳って、ますます綺麗になったなーって思ってさ」
「自分ではそうは思わないけど……」
「あー、なんで女に転生しちゃったんだろう……今世も男だったら、私絶対、恵利佳に告白してたよ!」
「私も、玲美が男だったら良かったなーって思う時があるわ。それとも、禁断の恋に走っちゃう?」
「い、良いんスか!?」
「あ、あなたは伊藤君がいるでしょ! ほら、手をワキワキさせない!」
他愛も無い会話をしていたら、あっという間に恵利佳の家の前に着いてしまった。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、お互いテストがんばろうね!」
恵利佳と別れて、再び歩き出した。
明日もテストか……一気に足取りが重く感じるわ。
テスト勉強する前に、何か甘いもの食べたいな。
そうだ、帰ったらまずはコンビニに行って、シュークリームでも買ってこよう!
三個セットのお買い得なのがいいね!
そうと決まったら、急いで帰ろっと。
***
家に帰るとさっと着替えて、私は近くのコンビニに向かった。
神社を抜けた先にあった酒屋さんは、今では大手のコンビニに変わってしまった。
小さい頃は、この神社を抜けてそこに醤油を買いに行ってたんだよね。
恵利佳ともその時出会って…………懐かしいなあ。
「らっしゃっせー」
そういえば、昨日はいつも読んでる雑誌の発売日だったな。
ついでに買っていこうか。
そう思って、雑誌コーナーに向かったら、誰かが私の買いたい雑誌を立ち読みしていた。
最後の一冊みたいで、この人が読み終わらないと買う事ができない。
立ち読み禁止って書いてあるのに、なんでみんな立ち読みしてるんだろうね。
諦めてシュークリームを買いに行こうとした時だった。
その人は、自分の持ってたカバンにその雑誌を入れようとしていた。
これって万引きなんじゃないの?
「ちょっと待って」
思わず声を掛けちゃった。
店員さんを呼んだ方が良かったかな?
「それ、買ってないんでしょ? カバンから出しなよ」
「うるせえな……」
振り返ったその顔を見て驚いた。
フードをかぶってたからわからなかったけど、そこにいたのは不良の小柳さんだった。
小柳さんはカバンから雑誌を戻し、早足でコンビニを出て行ってしまった。
不良なだけじゃ無く、万引きしようとするのは完全に犯罪じゃないか。
やなもの見ちゃったな……とりあえず、シュークリーム買って帰ろう。
「ありがとあしたー」
コンビニを出て信号まで行くと、そこにさっきのフードが待っていた。
「お前……たしか同じクラスの奴だよな? ちょっと顔貸せよ」
いきなり見降ろすように凄んでくる小柳さん。ふとあの橋の下で見た光景を思い出した。
助けを呼ぼうにも携帯電話は家に置いてきちゃったし、どうしようか……。
お読みいただいて、ありがとうございました。