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止まった時計の針  作者: Tiroro
中学一年生編 その3 わたしのなつやすみ
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第47話 F県へGo!(1)

 暑い日々が続く中、夏休みも中盤に差し掛かり、いよいよお父さんの田舎へ行く日になった。

 宿題も日記と自由研究を除いて終わったし、残りの夏休みは自由に満喫できそう。


「玲美、準備はできたか?」

「うん。着替えも準備できたし、ドライヤーとかはあっちでもあるんだよね?」

「一応あるけど、他にも親戚が来るからな。まあ、その辺は母さんが準備してるから大丈夫だろ」


 部屋の向こうから、お母さんがバタバタしてる音が聞こえる。

 お母さんは化粧品も必要だから、荷物いっぱいだね。


「お父さん、荷物運ぶの手伝って!」

「おおっ……おう、わかったよ」


 お母さんに呼ばれて荷物を取りに行くお父さん。

 なんだか沢山荷物があるけど、あれだけ全部車に載せられるのかな……?


***


「久し振りのF県だわ」


 車はどんどん走り、見た事もない道を通って行く。

 お母さんにとっても、お父さんの田舎に行くのは久しぶりの事なので窓からの景色を見てポツリとそんな事を呟いた。


「お父さん、今何県なの?」

「まだA県あたりだよ。F県まではまだまだ遠いから、途中で休みながら行こうな」


 そう言って、タバコを手に取ろうとするお父さん。


「お父さん、玲美も居るんだし、タバコは休憩所まで我慢ね」

「一本だけ……駄目かな?」

「だーめ」


 お母さんにタバコを取り上げられ、お父さんはシュンとしてしまった。

 お父さんには可哀想だけど、タバコの臭いは正直苦手だし、車の中で臭いが充満すると普段乗り物酔いしない私でも酔いそうになっちゃうから助かったかも。


「ねえ、お父さん、F県って何があるの?」

「何があるって……そうだな……滝があるな」

「滝?」

「うん。その滝の水は、そのまま飲む事もできるんだぞ」

「へー、そんな綺麗な水なんだ」


 滝自体まだ見た事無いんだけど、その水をそのまま飲めるって事に驚いた。

 近くに住んでたら、水道代かからないね。


「お父さんが子供の頃は無料だったんだけどな、今は残念ながら有料だ」


 世の中そんなに甘くないらしい。


「そういえばお父さん、私達の他にも親戚が来るってさっき言ってたでしょ?」

「ああ、お父さんの兄、つまりお前にとって伯父にあたる大作(だいさく)兄さん、そこの家族が来てる。向こうもお前と会うのは随分と久し振りだ」

「全然記憶にないなぁ……」

「まあ、小さかったから無理もない。あっちには、お前より4つ上の子と1つ上の子が居てな。源一(げんいち)君と明憲(あきのり)君だ。今年は二人とも来てるらしいから、着いたらちゃんと挨拶するんだぞ」

「はーい」


 前にF県のおばあちゃんの家に行ったのって、私が3歳の頃って言ってたから、まだ私が()()()()の記憶だった頃の話だよね。覚えてないのも仕方ないか。

 それにしても、伯父さんと従兄弟のお兄さん達か……いったい、どんな人達なんだろ?


「もうすぐS原インターだな。ちょっと寄ってくか」


 タバコをずっと我慢していたお父さんは、嬉しそうにそう言った。


***


 S原インターを出て、車はまだまだ走る。

 車にずっと座りっぱなしって言うのも、腰が痛くなってくるね。


「次はB湖あたりで休憩だな。二人とも、トイレは大丈夫か?」

「お母さんは大丈夫だけど、玲美は? ちゃんとトイレ行ってきた?」

「うん。たぶん大丈夫」


 それよりも、こうじっとしてるのがしんどくなってきた感じ。


「ねえ、お父さん。高速道路って信号無いんだね」

「あったら高速道路にならないだろ」


 休憩所で買ったカルピスを飲んで、なんとなく退屈を紛らわす。

 あとは風景でも見て気分転換してようかな。

 って、横は全部壁だし……。


「お父さん、次はどこで休憩するの?」

「次はB湖だな。日本で一番大きな湖なんだぞ」

「へー。湖見るのって、物心ついてからは初めてだわ」

「3歳の頃のお前は、そこで大はしゃぎだったんだぞ。どうやったのか、道具も無いのに小さな魚を捕まえて持ってきてたしな」


 本当に、どうやって道具無しでそんなの捕まえてたんだ、前世の私。


 それからしばらくすると、渋滞に巻き込まれたみたいで車が動かなくなった。

 少しずつ進んではいるけど、ぶっちゃけ歩いた方が早そう。


「珍しいところで混むな。どこかで事故でもあったのか?」


 お父さんは聴いていた音楽を切り替えてラジオをつけた。

 やっぱり事故で車線規制っていうのをやってるらしい。


「こりゃ、B湖に着くのは昼を回るな」

「ずっと乗ってるのつまらないし、ちょっと歩きたいよ」

「ここは高速道路だからな。歩くのは我慢な」

「そういうものなの?」

「そういうもんだ」


 退屈を持て余してお父さんと喋っていると、ふとお母さんが静かな事に気付いた。

 車にでも酔ったのかとお母さんの方を見ると、何やら厳しそうな表情で一点だけを見つめるお母さんの姿があった。


「ど、どうしたの、お母さん? 体調悪いの?」

「どうした? 酔ったのか?」


 お母さんは首をフリフリとし、それを否定した。


「……膀胱炎になる……」


 どうやら、お母さんは限界が近いようだ。

 さっきトイレ行ったんじゃなかったの?


「お父さん……急いで……」

「そうは言っても、この渋滞だ……次のインターで降りようにも、まだまだ先だしな……」


 お母さんは額の汗をぬぐった。

 限界が近いんだ……車は少しずつ進んでいる。


「ヒッヒッフー……ヒッヒッフー……」


 お母さんは謎の呼吸法を開始した。

 それって、こういう時楽になるの?


「あと少しで抜けるはずなんだけどな……」


 やがて、路肩でパトカーと車が止まっているのが見えてきた。

 そこを過ぎると、車のスピードが徐々に上がってきたのがわかった。


「母さん、大丈夫か?」

「……うるさい、話し掛けんな」


 いつも優しいはずのお母さんの口から、とても低い声が聞こえてきた。


***


 B湖のパーキングエリアに着いた。

 足を引き摺るようにしてトイレに向かったお母さんを尻目に、私は目の前に広がるB湖を眺めた。


 これが湖……湖って海みたいに大きいけど、海じゃないんだよね。


「とりあえず、遅くなったけど昼にするか。食べたら少し見に行ってみるか?」

「うん」


 時間が遅くなったからかもしれないけど、食堂はそんなに混んでいなかった。

 席に着いて待っていると、お母さんがいつも通りの爽やかな笑顔で戻ってきた。


「何にする? お父さんはラーメンでも食べようかと思ってるんだけど」

「じゃあ私もそれでいいよ。お母さんはどうする?」

「お母さんもラーメンでいいかな。こういうところで食べるの久し振りだし」


 お昼は家族揃ってラーメンに決定。

 たまにお休みの日に食べるインスタントラーメンもいいけど、こうして外で食べるラーメンも美味しいよね。

 チャーシューは最後に食べよう、うん。


「いつもは、田舎に帰るのは俺一人だったからな。やっぱり家族でこうやって来るのはいいな」

「今年はお父さん、休みもいっぱいもらえたもんね」

「そうだな。あー……もう仕事に戻りたくないな」

「駄目よ、お父さん。これからもいっぱい稼いでもらわなきゃ」


 そういえば、お父さんとこうやって食事をするのも久し振りな気がする。

 いつもお仕事ご苦労様だね、お父さん。


***


 食事の後、お父さんと一緒にB湖を見に行った。

 湖でも波って発生するんだね。あんまり海と変わらない気がする。


「お父さん、湖と海の違いってなんなの?」

「ん? 湖って言ったら……大きな池みたいなもんじゃないのか?」

「大きな池ね……」


 向こう側が見えないくらい大きな池。

 そういえば、前世の私はここで小さな魚を捕まえてたんだっけ?

 どこかに魚でも居るのかな?


「もう少し、この辺歩いてみるか?」

「うん」


 お父さんと一緒に、砂浜を歩いた。

 こうやってお父さんと一緒に歩くのって、小さな頃以来な気がする。


「お父さん」

「ん?」

「手を繋ごう」


 がっしりとした大きなお父さんの手。

 ゴツゴツしているけど、とても頼りがいのある手だ。

 悠太郎も、謙輔も、琢也も……みんないつかはこんな大きな手になるのかな?


 ふとお父さんを見上げると、なんだか照れくさそうな顔でニコッと笑った。

 たまにはこうやって、お父さんと過ごすのも悪くないね。


 B湖での休憩を終えて、車はまたF県へ向けて走り出す。

お読みいただいて、ありがとうございまいした。

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