第44話 あらためて
この場所は……私にとってあまり来たくない場所だった。
悠太郎は、あの日私と謙輔の間に起こった事を知らない。
ボウリングで優勝した謙輔が言い放った命令は、『俺を振ってくれ』だった。
謙輔に突然告白されて……ううん、突然なんかじゃない。
小学生の頃からずっと、謙輔は私の事を好きだと態度で示してくれていたじゃないか。
私は、そんな謙輔の気持ちを……ある意味ずっと利用していたんだ。
あの時、謙輔は少しだけ泣いていた……。
私はなんだか居た堪れない気持ちになって、すぐに謙輔から目を逸らした。
いつも気高くて強かった謙輔は、泣くほど私の事を好きでいてくれたんだ。
悠太郎と私が付き合っている事に気付いていたのに……それでも私の為、恵利佳の為に危険を顧みずずっと助けていてくれたんだ。
「謙輔がさ、夜になると夜景が綺麗だって言ってたよな」
「うん……」
「いつか、夜景だって見に来たいな」
「私は……、いいよ……」
「え?」
思わず返してしまった返事に、悠太郎が驚いた表情を見せていた。
「玲美は……夜景が嫌いなのか?」
「ううん、そうじゃないよ……でも……」
言い掛けて胸の辺りが重苦しい気持ちになる。
この感覚は、嘘をついた時に感じる罪悪感に似ている。
私は……嘘をついている?
「海は嫌いだったか……? ごめん、お前の意見も聞かずに……」
悠太郎は私に謝ってきた。
とんでもない、謝るのは私の方だ。
悠太郎は、私を楽しませようと海まで連れてきてくれたのに……。
「ごめん、悠太郎……」
「いや、俺の方こそ……」
その後、お互いに無言が続く。
私達は石段に腰を掛けて、何も言わずにずっと海を見つめていた。
波の音と、辺りを走る車の音だけが大きく響く。
***
謙輔を振ったあの日、ずっと考えていた。
“私は本当に、謙輔を振りたかったのか”という事を。
悠太郎と謙輔は、どちらも私に対して好意を寄せてくれていた。
じゃあ私は、二人の事をどう思っていたのか。
悠太郎は、一緒にいて楽しかったし、私の事を理解してくれてずっと味方でいてくれた。
それを言ったら、謙輔だって同じだ。
最初の頃は色々あったけど、いつも私を楽しませようとしてくれたり……恵利佳を救う事ができたのは、謙輔が味方になってくれたところが大きいと思う。
二人とも、私の為に一生懸命になってくれたし理解だってしてくれた……そんな二人の事を私も好きだった。
じゃあ、違いは何? もし、悠太郎よりも先に謙輔が私に告白していたら……?
実際にそうなっていたらどうだったかわからない。
人を振るって言うのは、とても辛い事、苦しい事……とても悲しい事。
相手の事を嫌いじゃないなら、なおさら。
「ねえ、悠太郎……」
「ん?」
「恋愛って、なんなんだろね……」
「そりゃあ……言葉にしようとすると難しいな……」
私は悠太郎の事を好きだ。
その気持ちに偽りはないから、あの日謙輔の命令に応じた。
だから、何の後悔もないはずなのに、ずっと罪悪感に似たようなものが胸の奥にあるような気がする。
ここに来てから、その気持ちが再び強くなってきた。
こうなるとわかっていたから、悠太郎に海に行こうと言われた時、私は嫌な気持ちになったんだ。
「悠太郎……ちょっと聞いてくれる?」
「うん?」
「あの日、ここで……謙輔から出された命令の事なんだけど……」
悠太郎には全部話す事にした。
もっと早く、こうするべきだった。
私は悠太郎を選んだのだから、もうこんな気持ちは無くさなきゃいけないんだ。
「謙輔が、お前の事をそう思っていたのは知ってた……。あいつは、その想いにケジメをつけたかったんだな」
話を聞いた後、悠太郎は立ち上がってそう言った。
そう、謙輔はもうケジメを付けたんだ。
だから、私がいつまでもこんな事を悩んでいたらいけないんだ。
「ごめんね、こんな話しちゃって……でも、聞いてくれてありがとう」
「いや、そんな事があったとも知らず……連れてくるべきじゃなかったな。ごめん……」
悠太郎に全部話したら、なんだか気分がスッキリした。
心の奥にあった嫌な感じが消えて行った気がする。
「なあ、一度俺達の関係もここでリセットしようか」
「え……?」
悠太郎から言われた言葉に、周りの空気が凍りついた気がした。
でも、それが彼の選んだ答えなら私には何も言う資格は無い……。
「悠太郎がそう言うなら……」
「じゃあ決まりだ。そして、あらためて俺はお前に告白する」
悠太郎は、私の前に立って手を差し伸べた。
「お前の事が好きだ。謙輔に負けないように頑張るから……これからも付き合ってくれるか?」
私はその差し伸べられた手を握った。
「……喜んで」
少し陽が傾きかけた浜辺。
そのまま、悠太郎の胸元に引き寄せられた私は、ほっぺたとかじゃない本当の意味で、悠太郎と初めてのキスをした。
***
家に帰っても、思い出すとなかなかソワソワした気持ちが収まらなかった。
キスって、あんなにドキドキするんだ……。
「玲美、水族館は楽しかった?」
「え? うん」
お母さんに聞かれても、しばらく心は上の空だった。
「あんた……何かあったの?」
「え? ううん、何にもないよ!」
なんで親って、何かあった時に限ってこうやって聞いてくるんだろう……。
実はお母さんは超能力者なんじゃないだろうか。
そんな事を考えながら残った宿題を進めていると、ふいにリビングの電話が鳴った。
「玲美、電話に出てちょうだい。お母さん今洗い物してるから」
「はーい」
電話に出ると、由美からだった。
ああそうか、日曜日は神社でお祭りだったね。
『あと、朱音にも電話しておくから、玲美は悠太郎君と吉田さんと、瑠璃にも電話してもらっていいかな?』
「うん、じゃあ電話しとくよ」
みんなと一緒に行くお祭りか。
お祭りって良いよね。中学生である私達が、唯一夜も集まれるイベントっていう事もあるけど。
「ただいまー」
「あら、あなた、お帰りなさい。今日は早かったのね」
お父さんが帰ってきたみたい。
お母さんと玄関で話してるのが聞こえる。
「お父さん、お帰りなさい」
「おお、ただいま」
「玲美、お父さんお休みの日が決まったって」
「いつからなの?」
「8月の13日からだ。今年はなんと、一週間も休みが貰えたんだぞ」
たしかに、いつもより休みが多いね。
お父さんは本当に嬉しそうだった。
「これで、田舎に帰ってのんびり釣りができるぞ。そうだ、玲美にも釣りを教えてやらんとな」
「お父さん、この子は一応女の子よ……」
お母さん、一応って……酷くない?
「宿題は進んでいるか? なんだったら、お父さんが手伝ってやるぞ」
「大丈夫、ちゃんとその頃には終わってるよ」
「さすが俺の娘だ」
お父さんは上機嫌で部屋に入って行った。
毎日一生懸命働いてるんだもん……お休みを沢山もらえたことがよっぽど嬉しいんだね。
F県のおばあちゃんの家か……どんなところなんだろう。
お読みいただいて、ありがとうございました。




