第39話 ノスタルジア
待ちに待った夏休み!
約一ヶ月も学校を休めるなんて、夏休み……なんて素敵な休みなんだろう。
そう思ったあなた、甘いです!
夏休みにはね……切っても切れない“友”という名の悪魔がオマケでついてくるんだよ。
こんな奴と友達になった覚えは無いんだけど……。チラッと机の上に並べた課題集を見る。
私はいつも、夏休みの“友”とは早く別れを告げる為に三日ほどで全部片付ける事にしている。
日記や工作なんかは残っちゃうけど、こっちは勉強ってほどじゃないからそんなに苦にならないし。
早速課題集を開き、左上に今日の日付を入れる。
今日は、7月25日……と。
よし、とりあえず大好きな数学からやって士気を高めて行こう。
数学、あんただけは私の友だ。
次は苦手な社会と理科……お前らとは早々に絶交してやる。
「玲美、ちょっとお醤油を……って、宿題やってるの?」
「ん? 別に買い物なら行ってくるよ」
「そう? じゃあ、悪いんだけど、あと卵と白菜と人参もお願い。白菜は四分の一のやつね」
「はーい」
まだ朝の10時。焦るような時間じゃない。
買い物に行って帰って来ても、まだ充分に宿題をやる時間はあるね。
運動にもなるし、ちょうど良いかも。
「行ってきまーす」
「気を付けて行ってらっしゃい」
自転車に乗り、目指すは近所のスーパー。
今日は卵も買って来なくてはいけないので、帰りは割らないように慎重に運転しなくてはいけない。
外は暑いけど、ほんのり夏の香りがするね。
こういう夏の香りって、なんてゆうか昔?を思い出させるようなそんな気持ちになる。
もしかして、私の前世に関係しているのかも。
あの人も、こうして同じ道を歩いていたのかな。
***
スーパーに着くと、おいしそうなタコ焼きのにおいが漂ってきた。
……はっ! 気が付くと、屋台の前に来てしまっていた。
「毎度! 焼きたてのタコ焼きだよ!」
焼きたて……だと……!?
なんで、こう焦げた醤油のにおいって、こんなにも食欲をそそるんだ。
一応自分の財布も持ってきた。買えない事は無い。
「んー……今なら、二個おまけしちゃおうかな」
おまけだと!? 正気かこのおっさん!
いや、待て……タコ焼きもいいけど、隣の屋台のタイ焼きも捨てがたい。
「お、嬢ちゃん! うちのタイ焼きに目を付けるとはお目が高いね!」
「いえ……そんなつもりじゃ……」
なぜか、そう言って照れる私。
そんなつもりって、どんなつもりだったんだ。
あまりの事態に、自分がうまく制御できなくなってきた気がする。
「今だけ特別に、尻尾までアンコサービスしちゃおうかな!」
「マジッすか!?」
なんてこった。
早く買い物を済ませて帰らなきゃいけないのに、まさか入口からこんな罠が待ち受けてるなんて……。
「それなら、うちのタコ焼きは……うっかりカツオブシを増量しちゃうかもわからんね」
どういう事……!?
タコ焼きのおっさんも、実は自分を制御できてないって事なの!?
あと、カツオブシ増量ってお得なの!?
タコ焼きとタイ焼き……一文字しか変わらないのに、なぜこうも私を悩ませるのか。
でも、今はまだお昼前……どちらも食べたらお腹一杯になってしまう代物だ。
そんな事になったら、お母さんに怒られちゃう……。
「ごめんなさい……私、行かなきゃ……」
私はおっさん達に別れを告げ、逃げるように店内に駆け込んだ。
きっと、帰りにも同じ試練が待ち受けているけど、今度は心を強く持って対処しよう。
***
スーパーの中は涼しいね。
外の暑さが嘘みたいだ。
白菜はどこだっけ……あ、あった。
四分の一でも大きいな。とりあえず、カゴに入れましょ。
あとは醤油と卵か。
醤油はいつもので良いとして、卵っていろんな種類無かったっけ?
卵のコーナーに来ると、白と赤の卵が並んでいる。
うちで使ってる卵は、たしか赤いのだったような……。
値段を見ると、赤の方がほんのり高い。
赤い方が良い卵なんだね。
パッケージに育てた人の笑顔の写真が付いてるもんね。
で、どっちなんだろ……お母さん、どっちとも言ってなかったし。
たぶん、いつものだと赤だよね……赤でいいんだよね……?
ふと横を見ると、お一人様一パック限り! と書いてあるお買い得な卵が並んでいた。
99円(税抜き)……!?
もしかして、お母さんの言ってた卵って、こっちのセール品の事だったのか?
やばい……不安になってきた。
結構値段も違うし、こっちが正解かもしれない。
「あら、安い卵!」
悩んでいたら、主婦の方達が卵のセール品に群がりだした。
主婦の力って凄い。あっという間にセールコーナーから押し出されてしまった。
そして、さっきまであったはずの卵は1パックも残さず売り切れてしまった。
……怖かった。
売り切れちゃったら仕方ないよね。
いつもの赤い卵を買いましょう。日付だけ長く持つものを選んで……と。
きっと神様が、正解の卵はこっちだよって教えてくれたんだ。
今回はそう思っておこう。
もし違ってても、売り切れちゃったって言えばお母さんも許してくれるよ。
実際、売り切れちゃったんだし。
***
任務完了、さあ帰りましょう。
醤油重いな……。
帰りに待ち構えていた誘惑を潜り抜け、私は自転車にまたがった。
醤油のせいで前輪がガクガクと揺れるけど、家に着くまでの辛抱だ。
帰りの道は、少しだけ上り坂。
思った以上に醤油の反動が重い。
がんばれ私、負けるな私。
そう粋がってみたものの、あっさりと諦めて自転車を押す事にした。
卵があるから、無理して割れちゃったら大変だもんね。
帰り道の途中、また妙に懐かしい感じに襲われた。
普段は通り過ぎていただけの道。
その向こうに見える一軒家。
なんだかそこを見ていると、妙な感覚になる。
どう言ったらいいのかわからないけど、髪の毛の先までざわつくような感じ。
いつもはそんな事しないんだけど、今日に限って気になった私は、近くまで行って表札を見てみることにした。
そこに書かれていたのは『笹田』という苗字。
なんて読むんだろう……ササダ?
その時、家の玄関が開く音がした。
私は慌てて自転車に乗り、そこから立ち去った。
別に悪い事をしてたわけじゃないんだけど、家の人と顔を合わせるのもなんだか気まずいもんね。
もしかして、あの家って前世の私に関係してるのかな……。
……考えても仕方ないか、私は今の私なんだし。
さ、帰ってお昼ご飯食べよう。
タコ焼きとタイ焼きを我慢したから、お腹がペコペコだ。
***
「ただいまー」
「お帰りなさい」
お母さんにお釣りと買ってきたものを渡す。
卵、それでよかったのかな?
「お母さん、これで合ってる?」
「うん。よく覚えてたね」
ほっ……良かった。
「そういえば、さっきお父さんから電話あってね。今年は少し多めに休み貰えるんだって」
「へー。お父さんの夏休みって、いつも三日しかなかったもんね」
「お盆休みって言うのよ。それでね、今年は久し振りにお父さんの実家に行こうって事になったのよ」
「お父さんの実家って、F県の?」
実は、私にはお父さんの両親・つまり、お父さんの方のおじいちゃんおばあちゃんと直接会った記憶が無い。
十年くらい前に一度行った事があるらしいんだけど、全然覚えてないんだよね。
お正月になると毎年お年玉が届くんだけど、どんな人なんだろうっていつも思ってた。
「遠いからなかなか行けなかったんだけど、あんたも中学生になったんだし、おじいちゃんとおばあちゃんに成長した姿を見せてあげないとね」
「そうだね。私もおじいちゃんとおばあちゃんに会ってみたかったし」
私の夏休みの予定が一つ決まった。
お父さんの実家に行く事。
とは言っても、それはお父さんが休みに入ってからの話だ。
それまでは、何して過ごそうかな。
私の夏休みは、まだ始まったばかりだ。
お読みいただいて、ありがとうございました。




