第3話 遭遇
私服に着替えて家で待っていると、悠太郎がやってきた。
シューズを買いに行くんだったよね。私も久しぶりに自転車を出さなきゃ。
「どこまで買いに行くの?」
「んー、隣の町のスポーツ用品店までかな」
「バレーのシューズって、そこにしか売ってないの?」
「そこのじゃないと調子が悪いんだよなぁ」
自転車を走らせ、近所の河原のサイクリングコースに入る。
ここの5キロ地点で上がると、ちょうど隣町に出られるんだ。
「ペース、早くないか?」
「全然大丈夫だよ。悠太郎のペースに合わせるから、遅かったら言ってね」
「急ぐ事も無いし、のんびり行こうか」
サイクリングコースは、近隣の住民達の憩いの場にもなっている。
犬の散歩をしてる人もいるし、ジョギングをしている人もいる。
ゴルフの練習は禁止ですよ、そこのおじさん。
***
スポーツ用品店には意外と早く着いた。
そんなに大きな店舗でも無く、いかにも個人経営と言う感じだけど、品揃えは豊富だね。
「いろいろ売ってるね」
「かゆい所に手が届く店って感じだろ? 大型店で無いような商品も売ってたりするんだ」
キョロキョロと見ていると、ドッジボールに使うようなボールまで売っていた。
私はあんまりやらなかったけど、男子はドッジボールが好きなんだよね。何でだろうね。
「玲美は、何か部活やらないのか?」
「どうしようかな……部活やると、ドラマの再放送見れなくなっちゃうし」
そんな事を話していると、ふと目に入ったものがあった。
これって、卓球のラケットだよね?
ずらっと並ぶゴム板の無いラケット。何だろう……これって修理用?
「嬢ちゃん、それが気になるのかい? なんなら、実際に触ってみてもいいぞ」
「あ、店長」
エプロンを付けた、体格のいいおっさんが立っていた。
元ラガーマンって感じの印象。この人がここの店長さんなんだ。
「今日は彼女と買い物か?」
「まあ、そんなとこです」
悠太郎は顔馴染みたいだね。
店長さんは口髭を触りながら、悠太郎と話していた。
「その何も付いていないラケットに、別売りのラバーを張り付ける事で、自分に合ったラケットを作る事ができるんだ」
私がラケットを見ていると、店長さんが話し掛けてきた。
「……ラバーって何?」
「俺も卓球はわかんないな。店長、専門用語はきちんと説明してくださいよ」
店長さんの説明によると、ラバーっていうのはゴム板のことらしい。
種類もいっぱいあって、まっ平らな物とか、イボイボの物とか。
「ラケット自体も種類があってな、その持ち手がでっぱったのがペンホルダーのラケットで、そっちの丸い感じのがシェイクハンドのラケットだ。シェイクハンドなら両面に異なったラバーが付けられるんだぜ」
「普段遊びに使うようなのは、ペンホルダーのラケットなんですね。それなら私も触ったことあります」
「ああ、おもちゃラケットだな」
卓球のラケットと言っても、色々あるんだね。思った以上に奥が深いスポーツみたいだ。
ただポンポンと打ち返すだけの遊びかと思ってた。
「店長さん、このラケットは何ですか? ペンホルダーっぽくて両面にラバーっていうのが付けられそうなんですけど」
「ああ、それは反転ラケットって言うんだ。嬢ちゃんの言う通り、両面にラバーを付けられるんだけど、扱いが難しくてな。持ち方はペンと一緒で、使いたい面にクルッと反転させて使うんだ」
「へー」
なんとなく、親指と人差し指を緩めて、スッと回転させて見た。
なるほど、こうやって裏側のラバー部分も使うわけね。
「ん?」
店長さんがじっと見ている。……なんかまずい事しちゃった?
「いや、すまん……嬢ちゃん、初心者なんだよな?」
「そうですけど?」
「馴れてないと、そんな簡単にできないはずなんだけどな」
普段よくシャーペンを回しているからかな? そんなに難しく感じないんだけど。
このラケットを回すのって、なんだか癖になる感じ。
「そうだ、悠太郎! シューズ買いに来たんでしょ!」
「あ、そうだった。すっかり忘れてたよ」
卓球のラケットを元の場所に戻し、私達はバレーのシューズコーナーに向かった。
***
「じゃ、店長、また来ます」
「おう、いつでも来いよ! 嬢ちゃんも、真剣に卓球やる気になったら、いつでもおいで!」
「え? はい」
お店を出たら、悠太郎が話し掛けてきた。
「なあ、玲美」
「ん?」
「お前、卓球やるの?」
「やらないよ?」
帰り道。
土手を登り、私達は再びサイクリングコースに入る。
今日はドラマ見逃しちゃったな……。前に見たやつだから、別にいいんだけどさ。
「買い物付き合わせちゃって悪かったな。どっか寄ってくか?」
「いいの?」
「ああ、どこがいい?」
「そうは言っても、中学生の私達だけで行けるところなんて……。駄菓子屋なんてどうかな?」
「いいね。行こう」
サイクリングコースをのんびりと走る。その脇には、春先の花が咲いている。
「そういえばさ、悠太郎」
「どうした?」
「悠太郎が帰った後、クラスの女子の石野さんがやって来て、あなたのファンクラブ作るって私も誘われたんだよ」
「はあ!?」
悠太郎が変な声を上げた。
ファンクラブとか大っ嫌いだもんね、あんた。
「でさ、私言っといたから」
「なんて?」
「悠太郎は私の彼氏だって」
「そっか」
安堵した表情を見せる悠太郎。
なんとなく二人して付き合ってる事は内緒にしてたから、言ったら駄目かと思ってたんだけどそうでも無かったみたい。
「由美、私達が付き合ってるって気付いてたみたい」
「だって、俺が前に言っといたから」
「はあ!?」
思わず私も変な声が出た。
そういう事だったのか……。親友って凄いと思って驚いていた私は何だったんだ。
「ついでに言うと、琢也も知ってる。知らないのは渡辺くらいじゃないか?」
今日までの私の気苦労を返せ。
***
悠太郎と他愛も無い事を話しながら自転車を走らせ、橋の下に差し掛かろうとした時だった。
「待てやコラァ!」
急に野太い声の怒声が聞こえた。こんな所で喧嘩?
このまま走り抜けちゃって大丈夫かな……。
「遠回りになるけど、上に上がって抜けるか?」
「そうだね」
私達は自転車を押して土手を上がって行った。
少し道を下らないと反対側に渡れる信号も無いけど、物騒な事に巻き込まれるよりはいいよね。
橋の上から下を見ると、中学生か高校生っぽい人達が何やら争っているみたいだった。
「あの鞄、うちの中学校じゃないか?」
「ほんとだ。あの人達、中学生だったんだ」
私達より学年が上なんだろうか。体格も大きく見える。
その集団の中に、女子も混じっているのが見えた。
最初は喧嘩かと思ったけど、一人の男子生徒が集団に追いかけられているところを見ると、どうやらそうではないらしい。
「悠太郎、これって喧嘩じゃ無くて虐めじゃないの?」
「たぶん、そうだろうな……。嫌なもん見ちゃったな」
逃げていた男子生徒は、とうとう集団に捕まってしまった。
そして、ズルズルと連れられて行く。
どうしようか……こんな所を見てしまったら、黙って見過ごすわけにもいかないし……。
「警察に電話するか」
「え?」
悠太郎は、自転車を止めて携帯を取り出した。
***
しばらくすると、遠くからサイレンの音が聞こえた。
パトカーが近くに停まり、中から警察官が降りてきた。
河原にいた不良達は、それに気が付くと散り散りになって逃げ始めた。
そして、虐められていたと思われる男子生徒も逃げ出して行った。
何であの人も逃げるんだろう?
逃げ出した集団の中に、見知った顔があった。
あれはたしか、同じクラスの……小柳さん?
学校に来てないと思ったら、こんな所にいたのか。
私と悠太郎は、駆け付けた警察官に軽く事情聴取を受け、その場を後にした。
結局その日は駄菓子屋には寄らず、悠太郎は私を家まで送り届けるとそのまま帰って行った。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




