第38話 止まった時計の針(2)
結局、あれから何の行動も起こせないまま、一学期は終わりを迎えようとしていた。
今も僕は、のうのうと優等生を演じている。
だが、何も成果が無かったわけではない。
あいつは、やはり前世の時と同じ中学校に通っているようだ。
まさか、校外学習でニアミスしているとは思わなかったが……それがわかっただけでも良しとしよう。
どちらにしても、今の僕にはあいつを殺す為の武器が無い。
前世の記憶を頼りに、あいつが関わっていた不良グループをしらみつぶしに襲うつもりだったが、いきなり最初から躓いてしまった。
せっかく小遣いを貯めて買ったナイフは奪われ、それからは何も行動を起こせていない。
今でも前世の事を思い出すと腸が煮えくり返る思いがしてくる。
このまま復讐を成し遂げられず、中学を卒業してしまう事だけは避けたい。
そうなったら、あいつはもう手が届かないところへ行ってしまう。
僕が過去へ転生した意味が無くなってしまうんだ……。
「なーに、難しそうな顔してんだ、かっちゃん」
能天気な声に振り向くと、石川哲司がとぼけた面で立っていた。
「元々こういう顔だ。ほっとけ」
「かっちゃんったら、そんな顔ばかりしてたらお年寄りみたいな顔になっちゃうぞ」
そう言って指で顔の皺を引っ張って変顔をしている石川。
まったく……人がいろいろと悩んでるというのに、この男は……。
こいつといると、調子が狂う。
「あ、かっちゃん、どこ行くんだよ」
「便所だ便所。そういう趣味は無いから付いてくんなよ」
能天気な男を適当にあしらって、僕は教室を脱出した。
◆◇◆◇
職員室の前の掲示板に貼られているテストの順位表。
相変わらず、成績一番は僕の名前になっている。
まぁ、二度目の中学生をしているのに成績が悪かったら、それはそれで問題だと思うが……。
「あ、宇月君! 一位おめでとう!」
「中間も一位だったし、宇月君凄いよ!」
「顔もかっこいいし、勉強も運動もできて、向かうところ敵なしよね!」
女子達に黄色い声を掛けられる。
精神年齢的にもはるかに年下のガキどもに言われても嬉しくもなんともないが、どうやら今世の俺は前世と違ってやたらとモテるらしいな。
どうせ、あいつに復讐したら終える命だ。こんな能力を授かっても無駄なだけなんだが……。
「やっぱり、貴方には敵わないわね。今回は結構頑張ったと思ってたのに」
「河村さん」
河村智沙。
小学校の時転校してきた、どこかミステリアスな雰囲気の漂う女だ。
周りのガキどもとは明らかに違う何かを感じる。
もしかしたら、こいつも転生者かもしれないと思ったが、同級生と話す時なんかは年相応の態度で接しているようだし、僕の勘ぐり過ぎかもしれない。
「今回も、僕の方が運が良かっただけさ」
「全教科満点なのに、運も何も無いでしょう」
「ヤマ勘が当たっただけだよ」
そう言うと、彼女はそのキリっとした顔を緩ませ優しく微笑んだ。
「今度、そのヤマ勘のコツを是非教えてちょうだい」
「まあ……そのうちね」
「あ、かっちゃん! ちっとも戻って来ないから、大でもしてるのかと思ったらこんなところに居たのか!」
「石川……お前、大声で何言ってんだ、馬鹿が」
「石川君……お下品ですわ……」
また面倒くさい奴が来てしまった。
こいつは何だって、こんなに僕に付きまとって来るんだ。
能天気な上に馬鹿、テストの成績だって悪いし、脳味噌筋肉っていうのはこいつみたいな奴の事を言うんだろうな。
「石川君は、相変わらずね」
河村がそう言うと、石川はただヘラヘラと笑っていた。
「なあ、かっちゃん、ちーちゃん、今度僕に勉強を教えてくれよ」
「お断りする」
「前にも教えてあげたけど、貴方翌日にはもう忘れちゃってるじゃない」
僕と河村が呆れた顔で見ていると、周りに居た女子達が石川にすり寄っていった。
「じゃあ、私が教えてあげる!」
「あたしが先よ!」
「ずるい! 私が石川君に教えるんだから!」
こいつも、馬鹿のくせして女子達にはモテる。
中学一年生の癖に背は既に170を超える長身だし、スポーツが得意でバスケ部でも期待されているらしいから、そんなところが女子達にはウケてるんだろうな。
スポーツに関してだけは、今世の僕でもこいつには敵わない。
「馬鹿は置いといて、行こうか河村さん」
「ええ」
「ま、待ってくれよ! 二人とも!」
立ち去ろうとする僕達を必死で追いかけてくる石川。
はー……、なんでこんなに僕に懐いてんだこいつは……。
◇◆◇◆
「勉強なら、あの女子達に教えてもらえばいいだろ?」
「うーん……何ていうか、やっぱり僕は二人に教えてもらった方が良いんだよな」
「何言ってんのよ、もう……」
校庭の片隅に腰を掛ける。
結局、この三人で貴重な昼休みを過ごす事になってしまうのか。
こんな年下のガキと友達ごっこなんてしている暇は無いのに……。
「なあ、聞いてくれよ。僕さ、たぶん失恋したんだ」
「お前がか? 相変わらずモテモテなのに、そんなお前を振る奴が居るなんて信じられんな」
「そうね。外見だけだったら、貴方を振る人が居るとは思えないものね。外見だけだったらね」
「何気に酷いな、ちーちゃん……」
僕は密かに河村の言った言葉に心の中で拍手を送っていた。
「もしかして、この前話していた幼馴染の子?」
「何の話だ?」
どうやら、石川は校外学習の日、幼稚園の頃離れ離れになった幼馴染と再会していたらしい。
そこで、その幼馴染に彼氏が居る事が発覚したのだとか。
中学生一年で彼氏が居るとか、そのガキも随分とませてるな。
「ちっちゃかった幼馴染が、あんなに大……いや、ちっちゃかったけどさ、成長して現れて、再会して早々彼氏を紹介されてさ……なんていうか、寂しかったんだ、僕……」
「それは、失恋じゃなくて……妹が彼氏を連れてきた時の兄の心境なんじゃないのか?」
「そうね……私もそっちの方が近いと思う。そもそも石川君は、その子の事を好きだったの?」
「好きと言えば好きだけど……そういう好きじゃないかもしれない」
「じゃあ、失恋じゃないな」
石川の馬鹿っぷりに、迂闊にも少し笑ってしまった。
そんな僕の顔を、河村がじっと見ていた。
「貴方……そんな風に笑えるのね」
「……僕だって人間だ。笑う事くらいはある。別に意外でも何でもないさ」
「でも、貴方は、もっと笑っていた方がいいと思うわ」
まったく……駄目だ、こいつらと居ると僕の信念が揺らいでしまいそうになる。
僕は復讐をする為に過去へと転生したというのに、このままこいつらと楽しい第二の人生を送るのも悪くないんじゃないかとすら思ってしまう。
気持ちを切り替えなくては……僕は頬を両手で叩いた。
「何してんだ? かっちゃん」
「もうすぐ休み時間も終わる。教室に戻るぞ、二人とも」
「ああ、うん」
「それと、その“かっちゃん”っていうのをやめろ」
「えー……でもさ……」
これ以上、ペースを乱されては駄目だ。
僕は、ただの復讐鬼。
こいつらのように、“陽のあたる場所”に居ていい存在では無い。
まだまだ、やる事はたくさんある。
この前の襲撃でわかった事だが、あいつを殺すにはもっと身体能力を上げなくては駄目だ。
そうだ。家に帰ったら母さんにお願いしよう。
「僕を空手教室に通わせて」と。
復讐のチャンスは、どちらにしてもそうそう多く訪れるものではない。
タイムリミットは中学卒業までだが、焦らずに、じっくりと準備を進める事も大切だ。
「かっちゃん、待ってくれよ!」
考えようによっては、こいつらも、何かに利用できるかもしれないな。
それまでは、せいぜい友達ごっこでも続けてやるか。
全ては復讐の為……そう割り切って、僕は教室へと戻って行った。
お読みいただいて、ありがとうございました。
次話からが新章となります。




